第260話 同じベッドで眠るんだろな

 グオングオンとドラムが回転する音がサロンに響いている。それほど大きな音ではないが、周囲が静まり返っていればさすがに気にはなる。


「すぐには終わらないみたいだね」

「三十分ほどかかります。これでもずいぶんと短くなったんですよ?」

「そうですわ。最初は終わるまでに二時間ほどかかっていましたもの。でもユリウスお兄様のすごい思いつきで三十分になったのですわ!」


 うむ、相変わらずロザリアの「ユリウスお兄様推し」が強いな。確かに一番時間がかかる乾燥の部分を大幅に短縮した方法は俺の発案ではあったが。

 大したことではない。単純に熱風だけで乾かそうとしていたところに、除湿の魔道具を組み合わせただけである。……ついでに除湿の魔道具を開発したことがバレないといいな。


「たったの三十分で洗濯が終わるのですか? しかも乾くところまで!?」

「そうです。たったの三十分ですべてが片付くのです。しかも洗濯機に放り込んでボタンを押すだけで!」

「な、何ですってー!」


 調子に乗った俺がそう言うと、ミーカお義姉様が驚きの声を上げて、口を大きく開けていた。それ、淑女がやったらダメなやつ。せめて口元を扇子で隠しなさい。

 俺がどうしようかと思っているとダニエラお義姉様が「めっ」って叱ってくれた。さす姉。アレックスお兄様も思わず苦笑いだ。


 そんな話をしている間にキレイになったハンカチーフが洗濯機から出て来た。しかもすっかりと乾いた状態である。カインお兄様とミーカお義姉様、そして使用人たちが歓喜に沸いたのは言うまでもなかった。


「この洗濯機の中に入る量の洗濯物が一度に洗えるんだよね? それも三十分で」

「そうですわ。すごいでしょう? カインお兄様」

「すごい、すごすぎるよロザリア! ロザリアは天才魔道具師だ!」


 カインお兄様が大喜びしてロザリアを高い高いしている。どうやらよほど学園で困っていたようである。恐らく学園では熱心に剣術の訓練に励んでいたのであろうカインお兄様は、汚れ物を大量に排出しているはずである。そしてそのお友達も。室内訓練場は剣道場のような香ばしい香りになっていたことだろう。……これ以上考えるのはやめよう。


「この魔道具は君たちの役にも立ちそうかな?」


 アレックスお兄様が振り向いて、壁際に控えていた使用人たちに話しかけた。顔を上げた使用人たちの顔はうれしそうにうなずいている。


「もちろんでございます。これは素晴らしい魔道具ですわ。最近ではお湯が自由に使えるようになったとはいえ、大変な作業であることには変わりませんでしたから」

「何か要望はないかな?」

「その、たくさんのシーツが一度に洗える大きさのものがあればうれしいのですが」


 遠慮がちに使用人がそう言った。それを受けて、アレックスお兄様がこちらを向いた。


「どうだい? できそうかな?」

「もちろん可能ですよ。これは家庭用に開発したものですからね。大きな屋敷で使えるように大型の洗濯機も用意しておきますよ。ロザリア、できるよね?」

「もちろんですわ!」


 よしよし、これでロザリアに丸っと投げることができたぞ。俺はその間に魔法薬として「液体洗剤」を作っておこう。消耗品だからお金になるぞ。




 洗濯機のデモンストレーションが終わったあとはみんなで夕食の時間だ。もちろんダニエラお義姉様は大喜びである。ハイネ辺境伯家に来てからずっとご機嫌だ。どうやら家族と一緒に食事をすることも夢だったようである。


「ユリウスお兄様と一緒に寝るのが楽しみですわ!」

「キュ!」

「ユリウス?」

「待って下さい、アレックスお兄様。これには深いわけがあるのですよ!」


 洗濯機の披露でテンションが上がった状態のロザリアがあまり他の人には聞かれたくないと思っていたことを口にした。あわよくば忘れてくれていれば、と思っていたのだがダメだったようである。残念無念。


「ほう? 聞かせてもらおうか、そのわけとやらを」

「う……実は今日、お父様とお母様が夜会に出席する話を聞いていなくてですね」


 こうして俺はかくかくしかじかとお兄様に事情を話した。その結果、「悪いのはユリウスだよね?」と身も蓋もないことを言われた。デスヨネ。

 だが約束してしまったからにはしょうがない。だれかが止めてくれると良いのだけど。


「アレックスお兄様、何とかなりませんかね?」

「……ユリウスお兄様は私と一緒に寝るのが嫌なのですか?」

「嫌とか、そう言うわけじゃないんだよ。ただ、世間体的にあまり良くないのではないかと思って……」

「あら、家族なら一緒に寝るのは当然ですわよ」


 ダニエラお義姉様が参戦してきた。本気の目をしている。でもその当然って、物語の中での話ですよね? スペンサー王国の一般的な家庭の話ではないですよね? だれかダニエラお義姉様を止めるんだ。そして一般常識を教え込むんだ。


「確かに庶民の間では家族で同じ布団に寝るのは普通なんだろうけど」


 眉をハの字に曲げたアレックスお兄様が使用人たちに確認すると、「そうだ」とうなずいた。

 あれ、そうなの? もしかして一般常識がズレているのは俺の方だったのか。いつから自分が常識人だと錯覚していた? ここは異世界だぞ。それなら良いのかな?


「それじゃあ、問題ないですか……ね?」

「うーん、庶民ではそうかも知れないけど、貴族だとちょっと問題があるかも。でも家族だしなぁ」


 アレックスお兄様も困っているみたいである。家族とは言え、嫁入り前の子供が男の人と一緒に寝て良いものか。あとで両親に何か言われるんじゃないかと思っているのかも知れない。

 お父様がいない今、この家の最高責任者はアレックスお兄様である。すなわち、何かあればアレックスお兄様の責任である。末弟で良かった。


「どうして問題があるのですか? お父様とお母様は同じベッドで寝てますわ。アレックスお兄様とダニエラお義姉様もそうなのでしょう? カインお兄様とミーカお義姉様も。それならどうして私だけがダメなのですか!」


 ロザリアが理不尽を訴えた。……あれれ~? お兄様たちが否定しないぞ~? お義姉様たちも。まさか俺の知らないところでそんなことになっているなんて。

 驚き戸惑っている俺の前で、アレックスお兄様が俺とロザリアが一緒に寝ることを許可していた。

 そして先ほどの発言を外では絶対にしないようにと口を酸っぱくしてロザリアに言っていた。

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