第257話 やるなら今しかない

 平静を装ってサロンでお茶を飲んでいるがやってしまった感が半端ない。まさか両親が夜会に出席することになっていただなんて。


「ネロ、俺、知らなかったんだけど」

「朝食の席で旦那様がおっしゃっておりましたが――ユリウス様は別のことで頭が一杯だったようですね。気がつかなくて申し訳ありません」


 すまなそうにネロが頭を下げた。違うんだよネロ。ネロを責めているわけじゃないんだよ。ちょっと現実逃避したかっただけなんだよ。


「そう言えば朝食のときはファビエンヌ嬢のことで頭が一杯になっていたような気がするよ。何を食べたかも覚えていないや。だからネロの責任じゃないよ。それよりも」

「それよりも?」

「ロザリアと一緒にお風呂に入って、一緒に寝る約束をどうにかならないかな?」

「……アレックス様に相談するしかないかと」

「だよね」


 果たしてアレックスお兄様がどれだけ強くロザリアに出ることができるかだな。アレックスお兄様もロザリアを溺愛しているし、おねだりされたらすぐに陥落するだろう。期待はしない方がいい。それならお義姉様たちに相談してみるか?

 俺はお義姉様が使っているサロンへと移動した。


「ダニエラお義姉様、ミーカお義姉様、相談があるのですがよろしいですか?」

「あら、ユリウスちゃん、いらっしゃい。その様子だと実家訪問はうまく行ったみたいだけど、何か問題でもあったの?」


 実家訪問! まあ確かにそうなんだけど、さすがにまだ早くないか? 現代に戻すと、俺はまだ小学生の高学年だぞ。


「いえ、アンベール男爵家への訪問は問題なく終わりました。ファビエンヌ嬢とのデートの約束も取り付けて来ましたし」

「やるじゃない、ユリウスちゃん。それじゃ、どこにデートに行くのかのお話なのかしら? それならアレクに聞いた方がいいわよ。さすがにまだ領都の地理には詳しくないもの」

「それもあるのですが、それとはまた別に……」


 俺は午前中にあった、ロザリアとの一連のやり取りを二人に話した。ロザリアの暴走を止めることができるのは、きっとお義姉様たちしかいない。頼んだぜ!


「……ずるいですわ」

「は?」

「ええ、本当に。ミーカさんの言う通りですわ。ロザリアちゃんだけ一緒にお風呂に入るのを許すだなんて、ずるいわ」


 一体何を言っているんだ。訳が分からず後ろを振り向くと、ネロも何が起こったのか分からないのか、目と口を丸くしていた。いや、ネロだけじゃない。この部屋にいる使用人が等しく同じような顔をしていた。


「妹のロザリアちゃんが一緒にお風呂に入るのを許されるのなら、義姉である私たちも一緒にお風呂に入っても良いはずだわ」

「ミーカお義姉様、ちょっと何を言っているのか分からないですね」

「ミーカさん、とても良い考えだわ。ロザリアちゃんとも一緒にお風呂に入って、もっと交流を深めなきゃいけないわ」


 本当に何を言っているんだ。どうやら相談する相手を間違えたようである。最初からアレックスお兄様に相談しておけば良かった。だが、今さら気がついてももう遅い。これは何としてでも阻止せねば。


「お二人とも、そのようなことをアレックスお兄様とカインお兄様が許すはずがないでしょう?」


 俺はすぐに切り札を切った。躊躇していてはダメだ。やると決めたらバッサリやらねば。そうでなければ俺が二人に殺される。


「それなら二人も一緒にお風呂に入れば良いのよ。だって、私たちはもうすぐ本物の家族になるのですもの」

「ダニエラお義姉様の言う通りですわ。家族の絆を深めるためには裸のお付き合いをするのが一番ですわ」


 ダニエラお義姉様のあり得ない提案に、すかさずミーカお義姉様が同意した。さすがは体育会系。裸のお付き合いがデフォルトのようである。できれば男女間で分けて欲しかった。


「そうですわよね、ミーカさん。今日はハイネ辺境伯夫妻もいらっしゃいませんし、ちょうど良いですわ」

「ダニエラお義姉様、今、ちょうど良いって言いましたよね!? 本当はダメだってこと、分かっていますよね!?」

「……もしかして、ユリウスちゃんは私たちが家族の一員になるのが嫌なのかしら?」


 う、まずい。ダニエラお義姉様が瞳を潤ませて、上目遣いでおねだりしてきた。お姫様のおねだり、マジ半端ないッス! ここで「NO」と言える男がいたら見てみたい。


「もちろん嫌じゃないですよ。大歓迎ですよ」

「それなら良かったわ!」


 パチンと手をたたくダニエラお義姉様。

 え? 何が良かったの? 何だがものすごく良くないことに合意してしまったような気がするんだけど、気のせいだよね?




 目の前にはテーブルに肘をつき、両手を顔の前で組んでいるアレックスお兄様の姿があった。その隣にはダニエラお義姉様がおり、反対側にはカインお兄様が「どんな顔をすれば良いのか分からない」といった表情で、ミーカお義姉様に腕を抱かれていた。笑えば良いと思うよ。俺も笑えるものなら笑いたい。


「ユリウスがみんなで一緒にお風呂に入ることを大歓迎したそうだね?」


 糸のように目を細くして、アレックスお兄様が笑った。

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。これは罠だ。ダニエラお義姉様の罠だ。だがあのうれしそうな顔を見る限り、悪気があってやっているわけではなさそうなのでたちが悪い。


 そしてそのことにアレックスお兄様も気がついているのだろう。だから余計に否定できないようだ。なんでユリウスは止めてくれなかったんだい? そんな言葉が今にも聞こえてきそうである。


 俺だってこんなことになるだなんて思ってもみなかったんですよ! お許し下さい、アレックスお兄様!

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