第256話 本当に聞いてないよ
ハイネ辺境伯家の馬車がアンベール男爵家に到着した。門の前ではアンベール男爵たちが並んで待っていた。
遅刻しなくて良かった。直立不動で待たせるとか、最悪な印象しか与えないだろう。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いえ、つい今し方、外に出たところですよ。ようこそ、アンベール家へ。歓迎致しますよ」
「お待ちしておりましたわ。ユリウス様」
男爵が軽く挨拶をすると、すぐにファビエンヌ嬢も挨拶をしてきた。その顔はどこかうれしそうである。それを見てちょっと安心した。
王都から送った手紙には魔法薬の作り方や、病が流行するかも知れないといった、決して明るい話題ばかりではなかった。どちらかと言えば、聞きたくない話ばかりだったことだろう。心配させただろうし、嫌な思いもさせてしまったはずだ。
だがしかし、ファビエンヌ嬢の表情には、そのような暗い面影が一切なかった。
俺の訪問に合わせて着飾ってくれたのだろう。フワリとふくらんだ袖、胸元を美しく見せる襟。スカートは薄手の生地が幾重にも重なっており、まるでバラのようである。
王家主催の社交界に参加しても問題ないほどの装いであり、俺の衣装が全く浮いていない。ネロの見立て通りだったな。さすがはネロ。もし普段着で訪問していたら幻滅させることになっていただろう。
ファビエンヌ嬢のドレスは淡いブルーが基調となっている。対して俺はいつものように紺色の貴族服だ。並ぶとなかなか良い感じになっているのではないだろうか。カメラがあったら写真に残しておくのに。
「ファビエンヌ嬢、会える日を心待ちにしていましたよ。今日のドレスはまた一段と美しいですね。本物の雪の妖精ではないかと見間違えそうでしたよ」
「まあ、ユリウス様ったら」
ほほを赤くして笑っている。冗談ではないんだけどな。外での長話するのもアレなのでと言うことで、アンベール男爵から早々に屋敷の中へと案内された。
ファビエンヌ嬢がちょっと寒そうだったもんね。無理せずに屋敷の中で待っていてくれて良かったのに。でも高位貴族が訪問するとなると、どうしてもそうなってしまうのかな。
案内されたサロンで再度、アンベール男爵夫妻と挨拶を交わすと「あとは若い二人で」と言わんばかりにご両親は去って行った。もちろんファビエンヌ嬢にお付きの使用人はいるし、俺の後ろにはネロが控えている。
「紹介が遅れたけど、新しく俺の専属の従者になったネロだよ」
「ネロです。以後、お見知りおき下さいませ」
ネロが深々と紳士の礼をする。その姿はとても美しかった。もしかして俺、負けてない? ネロの成長、早くない?
「ファビエンヌですわ。ユリウス様からのお手紙に何度か書かれておりましたわ。自分の従者にしたいと。きっとそれだけ素晴らしい方なのですね」
「いえ、それほどでは」
ネロが恐縮しきっている。そう言えば、ここまで面と向かって褒められたのは初めてかな? ファビエンヌ嬢に良い印象を持たれたているようなので良かった。ネロはかわいい顔をしているし、一緒にいて不愉快な思いになることはないだろう。
「ファビエンヌ嬢、改めて、ありがとう。ファビエンヌ嬢のおかげで領都での流行病の被害を抑えることができたよ。王都ではそれなりの患者が出たみたいで、一時的に薬が足りないところもあったみたいなんだよ。それに、さらに症状が悪化して肺の病を患う人も多かった」
「お礼など、やめて下さいませ。私のできることをしたまでですわ。ユリウス様が教えて下さった魔法薬のおかげで、私の魔法薬師としての腕もずいぶんと認められるようになったのですよ」
そう言って力こぶを作った。あまりレディーがするところを見たことがないが、ファビエンヌ嬢なりの、俺に対する気の使い方なのだろう。俺はありがたく笑わせてもらった。
「ハイネ辺境伯家でもファビエンヌ嬢の魔法薬師としての腕は認められているよ。何でも無理なお願いを何度かしたみたいで……本当に申し訳ない」
「私は無理をしたなどとは思っておりませんわ。皆さんの役に立ててうれしかったです」
ファビエンヌ嬢が目を細めた。一人の貴族の女性ができることは限られている。その中でも、他者に貢献することができる女性は極わずかだろう。そんな一人になれたことを、本当にうれしく思っているようだ。
将来的にはロザリアも社会に貢献できる貴族女性の一人になるんだろうな。きっとロザリアもやりがいを持った人生を生きられるはずだ。
「たくさん無理を言ったおわびに、ファビエンヌ嬢に何かプレゼントしたいと思っているんだけど……今度、一緒に領都に出かけて、プ、プレゼントさせてもらえないかな?」
「そ、それってもしかして……も、もちろんですわ。ご一緒させていただきますわ」
ファビエンヌ嬢の顔がまっかなバラのように染まっている。たぶん俺の顔も同じようにまっかなバラになっていることだろう。デートに誘うのがこんなに大変だったなんて知らなかった。
「良かった。領都が雪に埋もれる前には行きましょう。あ、そう言えば、もう領都が雪に埋もれることはないのかな?」
「それはどう言うことですの?」
ファビエンヌ嬢が小動物のようにちょこんと首をかしげた。何だろうこの、「守ってあげなくては」と思う感情は。
それから俺は王都からの帰りの道中にあった出来事を話し、ついでに実家に精霊がやって来た話もした。
大層その話に興味を持ったファビエンヌ嬢は「自分も精霊様に会いたい」と言っていたが、俺は言葉を濁しておいた。だってきっと、実物の精霊を見たら幻滅することになるだろう。だって、パッと見変態なんだぜ?
ファビエンヌ嬢とのデートの約束を取り付け、意気揚々と家に帰った俺に驚愕の事実が待ち受けていた。
「え? 今夜、お母様は夜会に出席しているんですか? もしかしてお父様も……?」
「もちろんそうだよ。ユリウスは一体何を言っているんだい。お母様がお一人で夜会に出席するはずがないだろう。それにもしかしたら、そのまま宿泊するかも知れないって言っていたよ」
「そ、そうですか」
思わぬアレックスお兄様の言葉に動揺して、目が虚空をさまよった。チラリとネロの方を見ると驚愕の瞳を浮かべている。……まさか知らなかったのは俺だけ? 本当に聞いてないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。