第251話 貴族らしく

 ヒートアップしたお義姉様たちは、今度はこれまでの俺に関する出来事を話し始めた。直接本人から生で聞くのはこれが初めてだったようで、お父様とお母様の耳が大きくなっていた。いや、耳が大きくなっていたのは両親だけではない。ロザリアの耳も、ミラの耳も大きくなっていた。


 俺が木剣で木剣を切断した話をミーカお義姉様がしたときにはお父様から軽くにらまれた。「聞いてないよ」と言いたそうである。俺だって、こんなことにならなければ秘密にしたかった。これは明日には騎士団たちの間でも広がることになるだろう。


 後半、生きた心地がしなくなった夕食が終わり、部屋に戻ったときには精根尽き果てていた。だらしなくベッドにグッタリと横たわるとミラが乗っかってきた。

 そんなミラをあやしている間に、ネロが便箋を用意してくれた。


「ありがとう、ネロ。ファビエンヌ嬢への手紙の続きを書かないとね」

「あの、ユリウス様、従者である私にお礼を言うのは、あまりよろしくないかと……」


 遠慮がちにネロがそう指摘した。そうだった。この世界には上に立つ者は下の者にお礼など言わない世界だった。これまでは専属の従者がいなかったからそれほど気にしていなかったが、これからは気にしないといけないのか。正直、面倒だ。早く平民になりたい。


「そうだったね。気をつけるよ。何か俺が貴族としてふさわしくない言動をしたら、今みたいに指摘して欲しい。俺も完璧じゃないからね」

「分かりました。ですがユリウス様は素晴らしいお方ですよ」


 うん、どうやらネロはかなりの「ユリウス信者」みたいだな。ユリウス教を設立したらいの一番に入信しそうだ。ちょっと気をつけないといけないな。「俺の身代わりになって死ぬ」とか言われたら困る。ネロが死んだらリーリエがかわいそうだ。


 慎重に言葉を選びながら手紙を書いていく。夕食の話題をファビエンヌ嬢の耳に入れるわけにはいかない。そんなことをすれば、俺がトラブルメーカーであると認識されて距離を置かれるかも知れない。そうなったらツライ。


「ネロ、ちょっと読んでみてよ。問題ないかな?」

「えええ! それはちょっと……ユリウス様の恋文を読むのはどうかと思うのですが……」

「大丈夫だよ。きっとお父様も、恋文を代筆してもらっていたはずだからさ」

「……分かりました」


 ある事ない事を言って何とかネロに手紙を確認してもらった。だってしょうがないじゃないか。ラブレターなんて書いたことがないんだから。常識外れの手紙を送って相手が引いたらどうするんだよ。

 ドキドキしながら待っていると、読み終えたネロが小さくうなずいている。


「問題ないと思います。ですが、確実性を高めるためには奥様かダニエラ様にも見てもらった方が良いかと」

「一理あるな。よし、明日、お母様に見てもらおう」


 ここでミーカお義姉様の名前を出さないところはさすがである。主思いだな。ミーカお義姉様なら、俺がどんな悪文で書いた手紙を見せても満点をくれるだろう。ミーカお義姉様はユリウス教の信者、第二号だな。こっちも気をつけないと。三号は……ロザリアかな?


「キュ、キュ!」

「あー、はいはい。ミラも読んで感想を聞かせてね~」

「キュ!」


 三号はミラかも知れない。どうかその鋭い爪で手紙を破らないでね、ミラ。

 危険だから爪を切った方が良いかも知れないな。そう思った俺はミラの爪を切ってあげた。巻き爪になりかけていたのでちょうど良かった。これは爪とぎが必要だな。段ボールの代わりになりそうな紙を探しておかないと。


 翌日、朝食のあとでお母様に手紙を見せ、合格点をもらうとすぐに使用人に託した。会いに行く日は後日知らせると書いておいたので、なるべく早くプレゼントを探さなくてはいけない。待たせるわけにはいかないからね。


 午前中に鍛錬をするべきか、それともダニエラお義姉様と一緒に領都へプレゼントを買いに行くべきかと思っていると、お母様がやって来た。


「ユリウス、午後から宝石商が来るわ。時間を空けておいてね。ダニエラ様には私から伝えておくわ」

「分かりました。それでは午前中に鍛錬を終わらせておきますね」

「ああ、そのことなんだけど、午前中はロザリアを見てもらえないかしら? 午後からは時間がないと思うわ」


 なるほど。午後からはずっと宝石選びをすると言うことですね。もしかすると宝石商以外にも商人が来るのかも知れない。新しい服を作ることになるのかな? これは非常に疲れる一日になるぞ。


 午前中を無難にこなし、「お昼からも一緒に作りましょう!」と目を輝かせたロザリアを何とかなだめ、午後からの大事な時間が始まった。

 ここでファビエンヌ嬢へのプレゼントを決めてしまわないと。俺には後がないのだ。


「あれ? お兄様たちも一緒なのですか?」

「やあ、ユリウス。当然だよ。知らなかったのかい?」


 そう言うアレックスお兄様の隣でカインお兄様が驚愕の表情をしていた。どうやら知らなかったようである。

 何となくカインお兄様も一緒に呼ばれるような気はしてた。ミーカお義姉様にも何か光り物をプレゼントしてあげるべきだよね。剣という光り物ではなくて。


 集まったのはハイネ辺境伯家で一番の広さを持つサロンだった。日当たりはまあまあだが、大人数で何かするのには打って付けだ。すでに午前中から準備をしていたのか、いくつものテーブルが用意され、その上には様々な宝石が並んでいた。


「みんなそろっているようだな」


 サロンの扉を開けて、お父様が入って来た。


「お父様! お父様も参加するのですね」

「もちろん。私だって愛する妻に何かプレゼントをしてあげたいさ」


 ……ウソっぽい。あんまりうれしそうな顔をしていないぞ、お父様。きっと俺たちがプレゼントを贈るから、当主もやらねばと家令あたりに言われたのだろう。忙しいだろうに、申し訳ないことをしちゃったな。


「さあ、みんなそろったことだし、始めるわよ~」


 ノリノリのお母様がうれしそうにそう言った。……ロザリアを呼ばなくて良いのかな? あとからごたごたになっても知らないぞ。俺はひそかにネロにハンドサインを送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る