第215話 冷蔵庫から冷凍庫
翌朝、俺が王城に行く準備をしているとアレックスお兄様がやって来た。
「おや、今日も王城に行くのかい? ちゃんと休まないといけないよ」
苦笑いしながらそう言った。自分でもその言葉に説得力がないことに気がついているのだろう。お兄様もずっと休まずに動き続けているからね。
「ありがとうございます。もちろん、ちゃんと休みますよ。でも、今日は氷室の冷却方法についての試験をすることになっているのですよ。みんな楽しみにしているはずです」
してるよね? たぶん。楽しみにしているのが俺だけだったらどうしよう。ションボリしそうだ。だって楽しみだよね? 新しい魔道具が生まれるかも知れないのだ。あれ? 俺、もしかして魔道具師の方が向いているんじゃ……。
「そうなんだね。分かったよ。でも、あまり無理をしてはいけないよ」
お兄様が笑顔でそう言ったが、その言葉の裏には「無理してやり過ぎるな」という思いがあるように感じた。ちょっと後半部分の声のトーンが低い。
気をつけないと。氷室を改良して、冷蔵庫から冷凍庫にするくらい大丈夫だよね?
「ユリウスちゃん、お出かけするんですか? ユリウスちゃんとお手合わせをしようかと思っていましたのに」
「申し訳ありません、ミーカお義姉様。王城に呼ばれておりますので」
「残念ですわ」
危なかった! タウンハウスまでやって来たのは俺の剣術の実力を見たいという側面もあったのか。俺の剣術の実力を見てどうするつもりだったんだろうな。魔法薬のお礼に俺を鍛えようと思っていたのかな?
「ユリウスと一度、手合わせしてみたかったんだけどなぁ」
残念そうな顔をしたカインお兄様がやって来た。なぜ俺の実力を知りたがるのか。悪い予感しかしないぞ。二人の強さがどのくらいかは分からないけど、領都にいる騎士団長のライオネルよりかは弱いと思う。それはつまり、俺よりも弱いということになる。
これは手合わせしたら対応が難しくなるぞ。アレックスお兄様を含む三人に、バレないように手加減しなければならない。何としてでも逃げなければならぬ。
「私と手合わせしても面白くなんかありませんよ。それでは行ってきます」
「気をつけて行って来るんだよ。ふふふ、うまく逃げられたね」
こら! アレックスお兄様、そんなこと言うんじゃありません。俺が本当に逃げたかのように二人が思うじゃないですか。
馬車に乗り込むと、逃げるようにタウンハウスを出発した。
「ひどい目に遭うところだった」
「朝から大変そうだな。何があったんだ?」
「カインお兄様の婚約者がタウンハウスに泊まっていてね。どうやら俺に稽古をつけるつもりだったみたいなんだ」
それを聞いたアクセルとイジドルの顔が引きつった。女性騎士は当然いるのだが、貴族の女性騎士はまだまだ少ない。ほとんどの女性騎士は平民の出である。そんなパワフルなお義姉様がいることに驚いたのだろう。もしかすると、ゴリラみたいなご令嬢を想像しているのかも知れない。見た目はどう見てもウサギなんだけどな。
「ユリウスも大変だね」
「うん、まあ、そうだね」
あやふやに言葉を濁した。ミーカお義姉様のことをあまり悪く言いたくない。あの胸はけしからんからな。
氷室改良用の素材が置いてある部屋に行く。そこには着々と必要な物資が集まりつつあった。
「これは早いところ冷却試験を終わらせないと、足の踏み場がなくなるぞ」
「木がずいぶんと集まっているよ。みんな頑張ったんだろうね」
「役立たずがお金になるからな。売るなら今しかないと思ってもおかしくはないかもね。それじゃ、早いところ試験を始めよう」
「待ってました!」
良かった。試験を待ってくれている人がいた。俺だけが楽しみにしていなくて良かった。ウキウキといった感じでアクセルが準備を始めた。イジドルも楽しみにしていたのか、喜々として手伝ってくれた。
「よし、それでは試験を開始する。魔法陣から離れるように。それじゃいくよ」
最初に一番小さな魔法陣を試した。冷却効果を確かめるために、冷却の魔法陣のすぐ近くに水を入れたコップが置いてある。すぐにコップが結露しはじめた。
「うん、まあまあだな。小さい大きさの部屋なら十分に冷やせそうだね」
さすがに全体が凍るまではいかないが、コップの中の水は指を入れると痛いほど、冷たくなっていた。
次はそれよりも少し大きな魔法陣を使って試験を行う。今度は表面に薄い氷ができた。
「すごいね、氷ができたよ。面白い」
イジドルがツンツンと触っている間にも、少しずつ氷の層は厚くなっていた。このくらいの速度なら良さそうかな? 今回の氷室に使うならこのサイズが良さそうだ。
最後にさらに大きくした魔法陣を試す。今度は一気にコップの中の水が凍りはじめた。これは下手すると、氷室の中に入った人が氷漬けになるな。危険だ。
昨日、ダイヤモンドダストを発生させた魔法陣は試験しないことにした。危険過ぎるからね。
「下から二番目の大きさの魔法陣を使おう。これなら十分な効果を発揮してくれるはずだよ」
使ってみた感想は、やっぱり強化の魔法陣は使いにくい。調節が大変だ。これは使われなくなるはずだ。そんなことに納得しながら氷室の壁の一面を完成させていく。
三つの魔法陣を木の板の上に組み込み、それを長方形に切り出した、丈夫な石で覆っていく。王宮魔法薬師たちも手伝ってくれたので、思ったよりも早く完成した。
「これで一面が完成か。あと三面……いや、天井と床もあるからあと五面か」
ちょっと遠い目をしたアクセル。そう考えるとまだまだのような気がするが、あとは同じ作業の繰り返しなのだ。工事スピードはどんどん早くなるだろう。
「一歩前進だよ。ほら、次の作業を始めるよ。まずはたくさん集まっている木の加工から始めよう」
素材置き場に戻った俺たちは早速届いた木材を板状に加工していった。俺が切断して、アクセルとイジドルがそれを所定の場所に運んで行く。その日の午前中の間に、四面の板を張り終えることができた。
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