第216話 手合わせ
午後からの訓練も終了し、いつもの様に談話室でのおしゃべりの時間になった。なんだかんだ言って、俺はこの時間を気に入っていた。領都に戻ればこの時間がなくなるかと思うとちょっと寂しい。
「あと何日くらいで氷室は完成しそうなんだ?」
そう言いながらお茶菓子をつまむアクセルのマナーは、なかなか様になっていた。これは家で鍛えられているな。アクセルの母上が教えているのかな? もしかすると、貴族の出なのかも知れないな。肝っ玉カーチャンみたいな感じだったけど。
「うーん、早くてあと二日、遅くても三日かな」
「そんなに早くできるの!?」
イジドルが目を飛び出させている。今にも転げ落ちそうだ。
「うん。そんなに驚くことかな?」
「そりゃ驚くよ! ボクの伯父さんが魔道具師なんだけど、一つの魔道具を作るのに半月近くかかってたよ」
「そっかー。でもそれって、すごい魔道具を作っていたんじゃないの?」
「え? ランプの魔道具だったような気がしたんだけど……」
その時のことを思い出そうとしているのか、しきりに首をひねっている。それはマズいわ。そう言えば、他の人が魔道具を作っているところはあまり見たことなかったな。制作期間なんて考えてたことがなかった。大概が数日で作り上げるからね。
「これだけ早く作れるのはアクセルやイジドル、他にもみんなが手伝ってくれるからだよ。そうでなければ、一ヶ月くらいかかっていたかも知れない」
「そうなのか? 俺たちも少しは役に立ってるってことだな」
うれしそうにアクセルが笑っている。イジドルはまだ首をひねっていた。あとで聞いて回ったりするのかな。どうか騒ぎになりませんように。
二人と別れてタウンハウスに戻ると、カインお兄様とミーカお義姉様が学園に戻る準備をしていた。
「お帰り、ユリウス」
「ただいま戻りました。もう学園に戻るのですね。寂しくなります」
「私もユリウスちゃんと離れるのが寂しいわ」
そう言ってミーカお義姉様がギュッと抱きしめてくれた。別に俺は抱っこを催促したわけじゃないぞ。だからそんな目で俺を見るんじゃない、カインお兄様。そしてニマニマするんじゃない、アレックスお兄様。
「ユリウスはなかなか人をたらしこむのが上手だね」
「誤解を招くような発言はやめて下さい」
「そうかな? ダニエラ様もユリウスのことをとても気に入っているみたいだよ。今回のこともダニエラ様にちゃんと話しておくよ」
「今回のことって、何ですか?」
何だか嫌な予感しかしないぞ。まさか、俺がミーカお義姉様の胸に挟まれて、だらしない顔をしていたとか言うんじゃないだろうな? やめてよね。
「何って、義姉になるミーカ嬢と、とても仲良くしていたってことだよ」
「どうしてそんなダニエラ様を挑発するようなことを言うのですか」
「それは私だって、ユリウスとダニエラ様に仲良くなって欲しいからね」
「仲は良いですよ」
「ふうん?」
あの目は信じていない目だな。俺がダニエラ様に遠慮していることを見透かした目だ。でもね、お兄様。ご令嬢とお姫様を同じ扱いにするのは無理だと思うんですけど。
お兄様には弟の気持ちなんて分からないのかも知れないな。
「そうだわ、ユリウスちゃん。帰る前に、手合わせしましょう!」
「はい?」
どうしてミーカお義姉様はそんなに手合わせしたいんだ。バトルジャンキーなのか? 俺が返事をする間もなくタウンハウスの庭に準備が整えられた。そのあまりの早さに思わず舌を巻く。もしかしなくても、アレックスお兄様も俺の実力を見たかったようである。これはマズイ。かなりマズイ。
「ほ、本当にやるのですか? 十歳の子供ですよ?」
「剣術の練習をするのに年齢は関係ありません。私がユリウスちゃんの年のころには、もう真剣を使って練習していましたよ」
バトルジャンキー一歩手前である。ラニエミ子爵は大事な娘に一体何をやらせているのか。
「ラニエミ子爵は剣術に熱心だからねぇ。王都で開催される剣術大会に毎年参加して、入賞している実力者なんだよ」
「左様ですか」
俺の疑惑が顔に出ていたのか、あまりうれしくない情報をアレックスお兄様が教えてくれた。カインお兄様の婚約者になる人物の家系がどのようなものなのか、しっかりと調べているようである。
「それでは、行きますよ~」
俺が返事をする間もなく、ミーカお義姉様が突っ込んで来た。はええ! 見た目からは想像できないスピードだ。しかも胸がブルンブルン揺れて、こっちもヤバイ!
ガッと木剣と木剣がぶつかり合った。見た目通り、パワーはあまりないようだ。これがゴリラ令嬢だったらと思うと、思わず冷や汗が背中を流れた。
「受けました、ね?」
あら? 受けたらマズかった? ミーカお義姉様の目が本気(マジ)になっている。さっきまでの優しい目つきはどこに行ったんだ!? マズイ!
ミーカお義姉様の猛攻が始まった。それを俺は難なく受け流す。パワーはないのだ。軌道を変えることなど造作もなかった。
カウンターするか? でもなあ、これだけ動きが激しかったら、変なところに当たりかねない。そうなると、剣をたたき落とすしかないかな?
「全然、当たりま、せん」
さすがに息が切れてきたようだ。これはチャンス。俺は反撃する素振りを見せた。集中力を切らしたのか、そのフェイントに見事に引っかかるミーカお義姉様。防御の構えを見せたその木剣を、自分の木剣の軌道を変えて別方向から思い切り打ち払った。
ミーカお義姉様の手から木剣が離れて宙を舞う、はずだったのだが、俺の木剣はミーカお義姉様の木剣を切断していた。思っていたのと違う。目をまん丸くしているミーカお義姉様と目が合った。
切断された木剣がクルクルと回りながら、コンと乾いた音を立てて地面に落ちた。真冬の早朝のような静けさが庭に満ちた。
「ま、負けましたわ」
「あ、あの、ミーカお義姉様……」
「すごい、すごいわユリウスちゃん! さすがは私の義弟!」
残った木剣の柄を投げ捨てたミーカお義姉様がものすごい力で抱きしめてきた。
おっぱいに、おっぱいに潰される! いや、おっぱいで窒息死する! 助けて。
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