第206話 氷室と社交界

 問題なく魔道具を設置し終わると、イジドルのご両親がお茶とお菓子を用意してくれていた。せっかくなので遠慮なくいただくことにする。


「本当にあのような魔道具をいただいてもよろしいのでしょうか?」

「もちろんですよ。そのために作ってきたのですから。先日は無理を言って、一緒に王城に泊まってもらいましたからね。ほんのそのお礼ですよ」

「お礼にしてはちょっと」

「そうよね?」


 どうやらご両親を困惑させてしまっているようだ。ここは本音をぶつけておいた方が良いだろう。アクセルとイジドルもそう思ったのか、申し訳なさそうな顔になっている。


「これからの時期は私も社交界に参加しなければならないのですよ。そこで友達がいないのでは、ちょっと困ることになりますからね。そのためにも二人とは良い関係を築いておきたいと思いまして」


 下心があってやってますよアピールだ。これなら遠慮なく受け取ってくれるだろう。本当に納得してくれたのかどうかは分からないが、うなずきを返してくれた。


「イジドルには色々と指導して下さっているようで、お礼をするのはこちらの方なのですよ。息子がユリウス様のお役に立てるのなら、遠慮なく使って下さい」

「旦那様の言う通りですわ。ユリウス様が考案したライトの魔法を使う魔力制御の訓練が、とても良い訓練になるのですよ。私たちも実践してますわ」


 そう言ってコロコロと笑った。イジドル君、きみ、ご両親にも俺が言ったことを教えているのかい? そこから変なウワサが立ったらどうするつもりなのかな?


「ちょ、お母様! その話は内緒にしておくって言ったじゃないですか」

「あら、本人の前でなら問題ないでしょう?」


 どうやらイジドルは一応、口止めはしておいてくれたみたいである。ギリギリ及第点をあげておこう。ご両親は笑顔で俺たちの方を見ていた。


「しかし残念ですな。教えていただいた方法は本当に良くできた手法です。世に広げれば多くの人が恩恵を受けることになりますよ」

「私の名前を出さないのであれば、別に広げてもらっても構いませんが……」

「それは……」


 イジドルの父親が顔を曇らせた。どうやら人の手柄を取るのは嫌なようである。俺は一向に構わないんだけど。これで当分の間は「ライトの魔法を使った魔力制御方法」は出回ることはないな。


 そのうちだれかが考案するだろう。これ以上、俺がアレックスお兄様の胃袋を痛めつける必要はない。最近ではダニエラ様の胃袋も痛めることになりかねないので、ますます慎重にならざるを得ない。


「そろそろ王城に戻ろうと思います。ごちそうになりました」

「いえいえ、とんでもないわ」

「わざわざ訪問していただき、ありがとうございました」


 イジドルの家から帰る前に、建物を良く観察させてもらった。どうやら王都の近くには非常に良質な石があるようだ。それを使えば千年保つことができる氷室を作ることができるかも知れない。


 アクセルを家まで送り届けると王城に戻った。昼食の前に調合室の様子を確認する。特に問題は起きていないようだ。これなら明日には問題なく完成することだろう。万能薬を三つ完成させることができれば、国王陛下も安心することができるはずだ。


 午後からの訓練を終えて調合室に行くと、氷室の改良に使う素材が届いていた。さすがに全てではないがそれでもありがたい。手に入らないかもと思っていた木材も、わずかだが届いていた。


「ありがとうございます、ジョバンニ様。これで氷室の改良を開始することができますよ」

「とんでもございません。例の木材ですが、何とか手に入りそうです。在庫の分だけ持って来てもらったのですが、残りも数日のうちに切り出して来てくれるそうです」


 にこやかにジョバンニ様がそう答えた。氷室の改良にめどが立ったのでうれしいのだろう。俺もうれしい。氷室の改良が来年に持ち越しにならずにすみそうだ。


「ちょっと無理を言ってしまいましたかね?」

「いえ、逆に喜んでいましたよ。使い道がなくて困っていたようですからね。それがお金になるのですから」


 そんなに使い勝手の悪い木材として認識されているのか。断熱性と遮音性はものすごく優秀なんだけどな。防音室を作るには持って来いの素材なのに。もしかすると、これを機に売れるようになるかも知れないな。


「そうだ、追加で欲しいものがあるのですが。この石なんですけど、手に入りそうですか?」

「フムフム、これならすぐに手に入りますよ。王都で一番使われている石材ですからね。すぐに手配しておきます」


 知らなかった。もしかすると、王城もその石を積み上げて作られたのかも知れないな。単に俺が知らなかっただけなのか。領都に戻ったら、石材についても調べて見ることにしよう。

 せっかく素材が手に入ったことだし、早速氷室を改良しようかな。


「ユリウス、これから何をするんだ?」


 調合室の扉の前で待っていたアクセルが聞いていた。アクセルとイジドルは前回の臭いで懲りたらしく、調合室の中までは入ってこなかった。扉を開け閉めするときに臭いがすると思うんだけど、そのときだけ呼吸を止めているのかな。


「氷室を改良するのに必要が素材がいくつか届いているから、それを使って少しだけ改良するつもりだよ」

「午前中に注文してもう届くのか。さすがだな」


 その早さに感心しているようだ。確かに早い。ジョバンニ様は俺からの依頼を受けるとすぐに手配してくれたのだろうな。もしかすると、ジョバンニ様みずからが買い出しに行ったのかも知れない。

 王宮魔法薬師団長をあごで使う。そんなことになっていないことを祈るばかりだ。


 氷室の隣の部屋に必要な素材が置いてあった。ジョバンニ様の話によると、この部屋を拠点にして良いとのことだった。まだまだ空きスペースがあるが、全ての素材がそろえば手狭になることだろう。そうなる前に、ある物からどんどん使っておかないといけないな。


「この木材は見たことあるよ。確か切り倒すとすぐにもろくなる変わった木だよね?」

「もろくなるんだ。でもそれなら薪として使えそうだけどな」

「知らないのか、ユリウス。その木は燃えにくいんだよ」

「なるほど、そう言えば耐火性もあるんだったな」


 ポテンシャルは高いけど、とても使いにくい木材のようだ。特にもろいのが致命的だな。やはり間に挟んで緩衝材として使うのが最適だろう。その分、建築コストがかかるけどね。道理であまり使われないわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る