第202話 下準備
ダニエラ様は忙しい合間を縫ってこの場に来てくれたようである。要件が済むとすぐに次の仕事へと向かった。アレックスお兄様ともここでお別れになる。タウンハウスでの仕事と、学園での仕事があるらしい。どうやら学園での風邪は先日よりもさらに流行りつつあるらしい。
「学園はどうしても人が密集してしまうからね。広がりやすいんだよ」
「講義を休講にするのは無理なのですか?」
「難しいね。他の学年と差が出てしまう。だからといって休講にした授業を夏期休暇に振り返るわけにはいかないんだよ。みんな予定があるからね」
学園に通う生徒は貴族が多い。貴族は夏期休暇中に実家に帰って、家業の手伝いだけでなく、お茶会やパーティーに出席しないといけないのだ。その計画はかなり前から決まっているのだろう。
「手の打ちようがないみたいですね。肺の病はどうなっていますか?」
「今のところ、学園で二人の生徒が新たに肺の病にかかっていたよ。ユリウスが広めてくれた魔法薬のおかげで事なきを得たみたいだけど、ものすごく味の悪い魔法薬だったみたいだね。その後に飲んだ初級回復薬もひどい臭いと味だったらしい。ちょっとした伝説になってるよ。そのおかげで手洗いとうがいをする人が増えたけどね」
どうやら俺が作ったものではない魔法薬を使ったようだ。やっぱりゲロマズになってしまうのか。作り方は教えているはずなのに、どうしてこうなってしまうのだろうか。これまでの常識を変えることができないのかな?
お兄様と別れるのと同時に俺たちも別の談話室へと移動した。さすがにこの部屋を俺たち子供だけで使うわけにはいかない。どこかの高位貴族に見られでもしたらあとから難癖をつけられそうだ。
全員がハイネ辺境伯家に好意的ではないのだ。中にはダニエラ様を奪われたと思っている貴族がいるとか、いないとか。この関係を見ればそんなことがないことはすぐに分かるのに。
今日の午前中は手が空きそうだったので、少しだけ氷室を改良することにした。設計図はタウンハウスにあるのだが、全て頭の中に入っている。問題はない。だがしかし、魔道具を作るための道具はない。ひとまずは旧氷室内の片付けから始めた。
「こんなところに入っても良いのかな~」
「良いんだよ。万能薬の作成が終わればみんなに頼むけど、今は負担をかけたくないからね。悪いけど、手伝ってよ」
「もちろんさ。任せなさい」
二人と協力して今後の改良の邪魔にならない場所に素材を運んで行く。動かしやすいように、なるべく木箱に詰めていく。中に何が入っているのかを箱に書いておくことも忘れない。
「ずいぶんと寒い部屋だけど、この寒さでもダメなの?」
「ダメだね。もっと凍えるような寒さが必要だよ」
「逆に素材が痛むんじゃないのか?」
「痛む素材もあるから、氷室内で分けるつもりだよ。できれば外で保管できる場所も欲しいかな」
これまで素材の明確な保存方法が分からなかったのだろう。全ての素材が氷室に入れてあった。素材の中には常温で保存した方が良い物も、もちろんある。今後はその辺りを徹底させたいと思う。
王宮魔法薬師団から外側の魔法薬ギルドや魔法薬師たちに広がってくれるとありがたいのだが。
素材保存用にミニ氷室でも作ろうかな? でもそれって冷凍庫だよね。それなら冷蔵庫を作った方が庶民の役にも立つので良いかも知れない。
「どうしたの、ユリウス? 何だか悪いことを考えていそうな顔をしてるけど」
「失礼な。新しい魔道具を考えていたんだよ」
「それならいっそ、魔道具師になったらどうなんだ?」
「そうは言うけどね、アクセル。そう言えば、魔法薬師と魔道具師の両方になるのは有りなのかな」
両方を名乗っている人はあまりいないような気がする。権威が弱まるのかな? それとも法律で規制してあるのか。良く分からないな。
「聞いたことないけど、ユリウスならなれるさ」
「そうだよ。ユリウスならなれるよ」
どこから出て来るんだ、その自信は。こら、そんな目で見つめるんじゃありません。その気になってしまうじゃない。
部屋の片付けが終わると、改めて寸法を測り直し、部屋の壁の様子を調べた。一応、熱が逃げていかないようにするためか、壁が厚くなっているけど、それだけじゃ物足りないな。できれば断熱材を敷き詰めたい。何か代わりになりそうなものはないかな。木材を間に挟むか?
「これは下準備が必要だな。思ったよりも氷室の改良に時間がかかりそうだ。もしかすると、春になるまで無理かも知れない」
「そんなに時間がかかるの?」
「うん。ちょっと木材が必要になりそうなんだよ」
「木材が調達できるかどうかか。今からすぐに注文すれば何とかなるんじゃないのか?」
確かに今なら間に合うかも知れない。本格的な冬になると無理だろうが、今なら雪は山頂付近だけでとどまっているだろう。急いで注文しよう。そのためには寸法が大事になってきたぞ。その後、俺たちは協力して部屋の寸法を測定した。
「今日の午前中の作業はこのくらいかな。あとは木材の調達を頼んでおくよ」
「俺たちの任務もここで終わりだな。初仕事だったけど、何事もなく終わって良かったぜ」
「無事に完了した、で良いのかな?」
「良いとも。俺からアレックスお兄様に二人には大変お世話になったって言っておくよ」
きっとお兄様から報酬が贈られて来るはずだ。それによって、俺と二人の関係をさらに深めて、つながりがあることを周囲にアピールするはずだ。ある意味、貴族の戦いに参加することになったことに気がついているのかな? まあ、そのうち気がつくだろう。貴族はしたたかで恐ろしい生き物なのだ。この私のようにな。
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