第180話 知らぬ間に

 アクセルとイジドルに魔法の練習方法を教えてから数日が経過した。その間に「魔法薬素材台帳」も作っておいたし、魔法薬関連の事については順調だと言えるだろう。

 そして明日は休みである。ようやく孤児院に行くことができそうだ。


「お兄様、明日は大聖堂の孤児院に行ってきます」

「分かった。石けんの準備はしてあるよ。お菓子の手配もしておいた方がいいね。午後からの訪問で構わないよね」

「はい。問題ありません」


 夕食の席でこうやって今日の出来事と、明日の行動予定を報告するのが日課になっている。アレックスお兄様の最終試験も終わったようであり、少し表情に余裕があるように見えるんだけど、何か微妙な顔をしているな。


「ユリウス、王城でちょっとしたウワサがあるのを知っているかい?」

「何のウワサですか? 特にそんな話は聞いてないですね」


 思わず首をかしげる。アクセルとイジドルからは何かあったというウワサは聞いていない。子供たちの間では広がっていない話なのかな。そうなると、大人向けの話題なのだろう。アレックスお兄様とダニエラ様のことかな?


「ダニエラ様から聞いたんだけど、騎士団長がユリウスのことを絶賛しているみたいだね。ダニエラ様はこの話を国王陛下から聞いたそうだ」

「何で!? そんな話、初めて聞きましたよ」


 どうしてそんなことになっているのか。剣術の練習のときにはそんな話、なかったはずだぞ。確かにアクセルには色々と負担をかけて、バレないように鍛えているけど……それがバレたのか。

 もしかすると、気がつかないところで俺たちのことを見ているのかも知れない。何も言って来ないから油断した。


「その顔、身に覚えがあるみたいだね。少しずつ騎士団の中で広がっているようだよ。それから、イジドル・カピュソン。知ってるよね、ユリウス?」

「ええ、もちろんですよ。友達ですからね」


 何だ、どうした。今度はイジドルか。イジドルに関しては特に何もしていないはずだぞ。強力な魔法を教えたわけでもないし、妙な魔法を教えた覚えもない。首をひねっているとお兄様が困ったような顔をしている。


「身に覚えがないみたいだね。最近、そのイジドル・カピュソンの魔法がめきめきと上達しているそうなんだ。何でも、魔法の詠唱を省略して魔法を使うようになっているのだとか。まだ初級魔法だけみたいらしいけど、それでも十歳にしてはすごいよね」

「そうなのですね。気がつきませんでした」


 まずいな。俺が教えた「ライトの魔法を連射する方法」によってイジドルは無詠唱でライトの魔法が使えるようになっていた。それで自信をつけたのだろう。他の初級魔法も無詠唱で使えるようにするべく、色々と工夫しているという話を聞いたことがある。


「そういえば、ユリウスも魔法を省略して使うことができるそうだね。以前に読んだ騎士団からの報告書にそう書いてあったよ」

「まあ、そうですね。多少は」

「私はユリウスがその方法をイジドルに教えたんじゃないかと思っているんだけど?」


 俺を疑うようなまなざし。それでも俺はやっていない。

 ヒントになりそうなことは教えたが、それを実践して、自分の身につけたのはイジドルの力である。俺は何もしていない。


「一緒に練習はしていますけど、元々持っていたイジドルの素質が開花しただけですよ」

「うーん、まあ今はそういうことにしておこう。イジドルに聞いても『毎日の練習の成果だ』とかしか言わないみたいだからね」


 そりゃそうだろう。その通りだもんね。近道や裏技なんてない。日々の努力のたまものだ。まあ、当の本人は努力しているつもりはないだろうけどね。

 好きだからやっている。やりたいからやっている。きっとそれだけだと思うし、だからこそ、伸びるのだろう。人はやらされている間は決して伸びないものだ。


 アレックスお兄様が本当に納得したのかどうかは分からないが、それ以上は聞いて来なかった。

 問題を起こさないようにしているのだが、俺の知らないところでなぜか問題が起きている。困ったもんだ。




「ユリウス坊ちゃま、お菓子を購入して参りましたよ」

「ありがとう。それじゃ、出発しようかな。あ、この木箱も持ってきてよ。中身は割れ物も入っているから気をつけて運んでね」

「それはもちろんですが、中身は一体何でしょうか?」

「孤児院に寄付する魔法薬と、双六とカルタだよ。子供たちに遊んでもらおうと思って、作っておいたんだ」


 休みまでには時間があった。そのため準備は万端だ。王都の風邪もますます流行しているみたいなので、きっと役に立つだろう。それに真冬になれば、外に出られない日もあると思う。そんなときに、双六とカルタで遊んでもらえれば御の字だ。

 使用人が馬車に荷物を積み込むのを見届けると、大聖堂を目指した。


 貴族には基本的に休みが存在しない。自分で都合をつけて休むのだ。そのため、仕事ができない貴族は一年中、働き続けることになる。中には競馬シーズンに備えて、毎日徹夜で仕事をする貴族もいるとか、いないとか。


 俺もハイネ辺境伯家にいるときに、お父様が休みを取っている姿を見たことがなかった。毎日仕事をすることで、仕事をためないようにしていたのだろう。

 俺は貴族の子供なのでその習慣に従わなくてはならない。そのうち週休二日制にしたいところである。


 馬車が大聖堂に到着した。事前に先触れを出しておいたのでスムーズに事を運ぶことができた。司祭様にお布施をしてから、神に祈りを捧げる。そのあとはお待ちかねの孤児院へ出発だ。


「ようこそお越し下さいました、ユリウス様」

「俺の名前を覚えてくれていたんだね、ネロ」

「もちろんですよ」


 そう言ってこちらに笑いかけているが、何か陰があるな。何かあったのかな? 俺の到着を聞いて子供たちが集まって来たが、前回よりも人数が少ないような気がする。もしかして、売られた!?


「ネロ、リーリエの姿が見えないんだけど、どうしたんだ?」

「それが……」

「ネロ!」


 俺はネロの肩をつかんで、前後に大きく揺さぶった。まさか、そんな。

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