第181話 ショッキングピンク

「なんだ、風邪か。脅かさないでよ。それじゃ前に来たときよりも人数が少ないのは、風邪を引いている子が何人もいるからなのかな?」

「ええ、そうです。ユリウス様に風邪を移すわけにはいきませんので、疑いのある子も部屋から出ないように言ってあります」


 そうか。俺が孤児院を訪ねることで、子供たちに窮屈な思いをさせてしまったな。だがもう心配は要らないぞ。魔法薬師の私が来た。


「こんなこともあろうかと、とっておきのお土産を持って来たよ。持って来て」


 俺が使用人に指示を出すと、一つお辞儀をしてから例の木箱を持ってきた。大きなテーブルの上に置かれたその木箱を、子供たちが口をあけて見ていた。ネロも困惑した表情である。


「王都で風邪が流行っているって聞いていたから『風邪薬』を作って来たよ。こう見えても俺は国王陛下から魔法薬を作る許可をもらっているんだよ。言うなれば、魔法薬師だね」

「そのお年でですか!?」

「そうだよ、ネロ。驚いた?」

「そ、それはもう」


 ネロの目がまん丸に見開かれ、かわいい顔がますますかわいくなった。ネロ、本当に男の子だよね? 俺をだましてないよね?

 驚いたネロの顔を見てほっこりとしていたが、子供たちはどこか暗い表情をしていた。きっと魔法薬がマズイことを知っているのだろう。「自分は絶対に飲みたくないな」という顔をしている。


「それじゃ、風邪を引いている子供たちに薬を飲ませに行こうか」

「いえ、ユリウス様、その役目は私がやりますので」

「そういうわけにはいかないよ。魔法薬師として、魔法薬の効果を見届けるのは当然のことだよ。それに別の病気にかかっている可能性もあるからね」


 俺が真剣な顔をしてそう言うと、ネロの顔がこわばった。もしかして、何か心当たりがあるのかな? 風邪ではないような症状の子供がいるのかも知れない。物資を送るだけでなく、ここまで足を運んで良かった。


「それじゃ、まずはリーリエのところに行こう。ネロの表情が硬いみたいだからね。妹が心配なんだろう?」

「それは」


 目を伏せるネロ。うん、何だがますます嫌な予感がしてきたぞ。早くリーリエのところに行こう。俺はネロをせかしてリーリエの部屋へと向かった。


「お兄ちゃん、それにユリウス様も」


 先ほどから何度も咳をしているリーリエ。ずいぶんとつらそうだが、そんな表情を見せないようにするためか、けなげにもほほ笑んでいる。ネロが心配するはずだ。これは間違いなく肺の病だな。転ばぬ先の杖とはまさにこのこと。


「リーリエが病気だって聞いてね。どうやらリーリエの病気は肺の病みたいだね。きっと風邪から肺の病にかかっちゃったんだろうね」

「肺の病……」


 ネロが絶望的な顔をしている。どうやらネロの認識では肺の病は治らない不治の病のようである。そんなことないのに。確かに風邪に比べると死亡率は高いかも知れないが、決して治らない病ではない。


 あれ、もしかして、この世界では不治の病という認識なのかな? そんなこと考えたことがなかったぞ。これはもう一度、この世界に存在する病と、魔法薬の関係性について、しっかりと調べるべきなのかも知れない。都合の良いことに、俺は王宮魔法薬師団を出入りしている。彼らなら、魔法薬について詳しいはずだ。


「お兄ちゃん……」

「リーリエ……」

「そんなリーリエにとっておきの魔法薬を持って来たぞ。さっきまでのつらい症状にさようなら。これさえ飲めばあっという間に肺の病が完治! トドメにこの初級回復薬を飲めば今すぐにでも遊べるようになるぞ」


 この場が暗くならないように、努めて明るくそう言った。部屋にいた子供たちがポカンと口をあけている。そして使用人が何やら手帳に書き込んでいる。やめて!


「さあ、リーリエ、どうぞ。先に行っておくけど、この『肺の病に効く魔法薬』は俺が作った特別製だ。効果も、味も、期待してもらって良いぞ。あ、ついでにこの初級回復薬も俺が作ったものだから、楽しみにしておいてくれ」


 あ、リーリエの顔が引きつっている。つらい症状が治るとはいえ、魔法薬を飲むのには抵抗があるようだ。俺はネロをチラリと見た。俺の言うことは聞かなくとも、兄の言うことなら聞くだろう。


「リーリエ、ユリウス様は国王陛下から魔法薬師として認められているそうだ。だから何の心配も要らないよ」

「う、わ、分かりました。の、飲みます」


 手が震えているぞ、リーリエ。俺は木箱からピンク色の魔法薬を取り出した。そのあまりに奇抜な色に、みんなの目が再び丸くなっている。やっぱり見た目は大事だな。ちょっと色を変えた方が良いかも知れない。


「さあ、どうぞ。めちゃくちゃ甘いから、覚悟しておいてね」

「は、はい」


 半信半疑な様子で魔法薬を飲んだ。次の瞬間、グワッと先ほどよりも大きく、リーリエが目を見開いた。そして一気に飲み干した。


「あ、甘いです!」


 ものすごく驚いている。そんなリーリエの表情を見た子供たちがザワザワし始めた。中には飲みたそうに箱を見つめる子供もいる。

 ダメだぞ。元気な子が風邪薬を飲んで、無駄にその数を減らすわけにはいかん。


「次はこの初級回復薬だよ。これも飲みやすいように甘くしてあるけど、さっきの魔法薬が甘かったから、あまり甘く感じないかも知れない」

「大丈夫です!」


 さっきの甘い魔法薬に安心したのか、今度は迷うことなく飲み干した。飲み終えてからは不思議そうな表情をしている。もしかして、何か体に異変があった?


「リーリエ?」

「あの、さっきまで苦しかったのが、苦しくなくなりました。不思議です」


 思わず吹き出してしまった。そんな俺の様子を、顔を赤くしたリーリエが見ていた。


「それが魔法薬の効果だよ。驚いた?」

「はい、驚きました」


 キラキラした目でこちらを見ている。それはリーリエだけじゃない。周囲の子供たちも、ネロも同じ目をしていた。


「ありがとうございます、ユリウス様」


 今にも泣きそうな顔をして頭を下げるネロ。たぶん、たった一人の肉親だもんね。不安だったのだろう。そんなネロの頭をなでてあげる。ネロが恥ずかしそうにほほを赤く染めた。


「それじゃ、他の風邪の症状がある子供たちにも風邪薬を配りに行くとしよう。お菓子も持ってきたから、それが終わればおやつにしよう」


 元気な返事をする子供たち。そのままみんなと一緒に魔法薬を飲ませて回った。

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