第167話 王宮魔導師の訓練場

 お昼ご飯を食べ終わり、熱いお茶を飲み干すと、王宮魔導師の訓練場へと向かった。今日は魔法の練習の日。そして明日は剣術の練習の日である。それを交互に、日替わりで行うことになっていた。


 そんなことをする必要はない、タウンハウスでの訓練で十分だと力説したのだが、アレックスお兄様から許可をもらうことはできなかった。

 もしかして俺がサボるとか思われているのだろうか。心外だ。


 たどり着いた訓練場では何人かの魔導師たちが的に向かって魔法の試し撃ちをしているようだった。散発的なものだったので、本格的な練習ではないのだろう。もしかすると、今の時間帯は自由に練習できる時間なのかも知れない。


「ユリウス坊ちゃま、あちらの方がご指導下さるカンポーラ魔導師団長ですよ」

「え、俺、魔導師団長に教えてもらうの?」

「ユリウス坊ちゃまは魔法が得意だと聞いておりますよ」


 だれ情報だよ。お父様か? もしかすると、アレックスお兄様かも知れん。問題はどのくらいまで伝わっているかだな。魔法の練習も、剣術の練習も、目立たないように手を抜いてやるつもりだったのに、その計画が破綻するかも知れない。要注意だな。


 カンポーラ魔導師団長の近くには他にも数人の子供たちがいた。どの子も俺と同じくらいの年齢のようである。なるほど、この時間は子供たちに魔法を教える時間だったか。

 だとすると、ここにいる子供たちはどこかの有名貴族の子供なのかも知れない。取扱注意だな。


 使用人に連れられてカンポーラ魔導師団長の近くまで移動した。こちらに気がついた魔導師団長に使用人が何かを言って去って行った。


「待っておったぞ。ハイネ辺境伯家の子供だそうだな。国王陛下から話は聞いている。だが、他の子と同様に扱わせてもらう」

「それで構いませんよ。よろしくお願いします」


 子供たちともそれぞれ挨拶を交わす。その中にピエトロ・カンポーラという子がいた。きっと魔導師団長の息子なんだろうな。強気な表情は魔導師団長にそっくりだ。もしかすると、魔法には自信があるのかも知れない。これは良い弾よけになりそうだ。


 魔法の練習は基本的なものばかりだった。基本が大事。良く分かっているじゃないか。それぞれが用意された的に向かって魔法を放っていく。俺もそれに習って適当な魔法をぶつけた。ときどき的を外すことも忘れない。そしてガックリと肩を落とすことも忘れない。これ、子供の振りをするときの鉄則。


「ふむ、話には聞いていたが、ユリウスはなかなか筋が良いようだな」

「ありがとうございます」


 あれで良いのか。子供にしては十分すごかったのかな。あ、ピエトロ君が俺をにらんでいるぞ。早くもライバル視されてしまったか? 非常に迷惑なんだけど。

 そんなピエトロ君は他の人と同様に魔法を的に当てながら、別の魔法も使っていた。


「ピエトロ、お前はどうして私が指示していない魔法を打つのだ」

「父上、弱い魔法ばかりを使っていても強くはなれませんよ」

「そうかも知れんがな」


 ピエトロ君の中では「強い魔法を使って自分のすごさをアピール」しているのだろう。他の子供たちはその魔法を使えないのか、ちょっとうつむいている。俺にとって大したことない魔法だったが。


 そんなピエトロ君の意向をくみとったのか、別の魔法の訓練になった。それなりに難易度の高い魔法だったのか使える子供はいなかった。もちろん俺は使えたけど、使えない振りをしておいた。これ以上目をつけられるのは御免である。


 うまくいかない魔法の練習を続けることで、子供たちが飽きてきた。それもそうか。ただの貴族の子供だからね。先ほどの的当ての方が、自分で魔法を使ったという感覚を得られるので楽しいだろう。それも見越して、魔導師団長は的当てを選んだのかも知れない。


「どうやらボク以外は使えないみたいですね。このままみんなと同じ練習をしていたら、才能が埋もれることになりませんか? だからボクは魔導師団に混じって訓練をしたいのですが」

「それはダメだ。魔導師団の訓練に参加できるのは成人してからだ。それまではこれまで通り基礎訓練をするように」

「しかし」

「ダメだ」


 魔導師団長の強い口調に口を引き結ぶピエトロ君。おやおや、あれは納得していない顔だな。基礎訓練は大事だと思うけどな。無意識レベルまで落とし込まないと、いざという時に使い物にならないのは、ゲームでも、スポーツでも同じである。


 ブツブツと何やらつぶやいているピエトロ君をよそに、本日の練習は終わった。これで今日、王宮ですることは終わったな。俺は自由だ! だが自由を満喫する前に、せっかくなので友達を作っておきたい。


 俺はちょうど近くにいた男の子に話しかけた。領都には友達がいるが、王都にはいない。それはまずいだろうと、お父様たちは危惧していた。それなら友達を作れば良い。


「ピエトロ君はいつもああなの?」

「え? う、うん。い、いや、はい、そうです。もっとたくさんすごい魔法を使いたいみたいです。ボクにはとてもできません」

「確か君はイジドル君だったよね?」


 イジドル・カピュソン、それが彼の名前だ。クリッとした目に、ブラウンの髪。小動物に例えるとリスである。見た目通り、気が弱そうである。


「そうです。あなたは、ユリウス・ハイネ様ですよね?」

「そうだけど、ユリウスで良いよ。同じ練習仲間だろう?」

「それならボクのこともイジドルって呼んで下さい」


 少しは警戒が解けたのか、表情が柔らかくなった。そのままちょっとお茶でもどうかと誘ったら、ありがたいことについてきてくれた。俺は使用人に指示して、談話室のテーブルを確保してもらった。

 俺たちがたどり着くころにはすでに準備が整っていた。


「遠慮なく食べていいよ。お金は俺のお兄様が出してくれるから」

「良いの、それ?」

「気にしないで。お兄様がそう言ったんだから、その責任はしっかりととってもらうよ」


 お互いに笑い合った。お茶を飲みながら情報収集だ。特に王城に出入りする子供のことについて良く知らなければならない。そこかしこに仕掛けられている「地雷」を取り除かねば。


「イジドルはどうして魔法の訓練に参加しているの? 俺はお父様とお兄様に無理やり参加させられてるんだけど」

「えっと、ボクの父上が魔導師団にいるんだ。それで魔導師団の子供は、学園に入るまではさっきの訓練に参加できるようになっているんだよ」


 なるほど。優秀な親がいる子供は、小さいころからその才能を伸ばそうということなのだろう。なかなか堅実的ではあるが。


「イジドルは魔法が嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、ボクは父上みたいに、魔法の才能がないんじゃないかと思うんだ」

「どうして?」


 なぜか泣きそうな瞳でこちらを見てきた。ドキッと何てしていないぞ。


「ピエトロ君みたいに、新しい魔法を覚えられなくて」

「あー、人には得意不得意があるからね。ピエトロ君と同じにならなくても良いんじゃないの?」

「そうかな?」

「そうだよ」


 何だろう、良くも悪くもピエトロ君に引きずられているような感じだな。もしかすると、他にもイジドルみたいに悩んでる子がいるのかも知れない。小さいころから鍛えるのは良いけど、変なトラウマを与えなければいいな。

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