第166話 ユリウス先生のためになる授業

 冷蔵庫の中はしっかりと確認させてもらった。さすがは王城にある冷蔵庫。レアな素材がたくさんあるぞ! ただし、最低品質のものばかりだったが。「ゴミじゃん!」と叫びたくなるのを懸命にこらえた。

 タウンハウスに帰ったら深い穴を掘って、そこに叫ぶことにしよう。とてもではないが耐えられない。


 そんな残念な気持ちになりながら調合室に戻ると、それなりの量の蒸留水が出来上がっていた。どうやら設備は本物のようである。なぜ今まで使わなかった。小一時間ほど問い詰めたい。


「十分な量の蒸留水が確保できていますね。ありがとう。これはなかなかの品質の蒸留水ですよ」

「ありがとうございます!」


 ウソではない。だが高品質だった。あれれ、おかしいな。最高品質ができる予定だったのだが……もしかして、かなり技術力が落ちてる? いや、今まで蒸留水を作ったことがほとんどないだろうから、こんなものか。これからの成長に期待だな。


「それでは初級回復薬を作ります。みなさん薬草を手に取って下さい」


 十五人の弟子たちがそれぞれ薬草を手に取った。ああ、ジョバンニ様もやるのですね。目がキラキラしてますね。「これから何が始まるんです?」って言いたそうな顔をしてますね。


「それではまずはこの薬草をカラカラに乾燥させます。みなさん火属性の魔法は使えますねー?」


 こうして俺の魔法薬の授業が始まった。ファビエンヌ嬢以来である。ファビエンヌ嬢、元気にしてるかな。何だかここにいると、君に会いたくなってきたよ。

 乾燥から抽出まで、しっかりと教えた。もちろん変なことをしないように、手本を見せた。


 さすがは王宮魔法薬師になる逸材なだけあって、魔法の使い方も、魔法薬の作成も、素晴らしかった。ちょっとコツを教えただけで、乾燥した大地に水をまいたかのように吸収していった。


「こ、これが真の初級回復薬」

「これまで作ってきたのは一体何だったんだ。まさか、ゴミ!?」


 みんなの前には出来立てホヤホヤの、キレイな緑色をした初級回復薬が並んでいた。それを新しいおもちゃを見つけた子供たちのような目で見つめている。


「みなさん良くできました。それでは、実際に飲んでみましょうか」

「えええ! の、飲むんですか?」

「大丈夫なんですか、先生!?」


 動揺する子供たち。どうやらみんな、自分が作った魔法薬のゲロマズ具合を知っているようである。それを素知らぬ顔して飲ませていたとは、何とも罪深い人たちである。


「大丈夫、味と品質は保証しますよ」


 安心させるようにニッコリとほほ笑んだんだけど、みんな苦笑いしているな。もしかしてウソだと思われた? そんなことないよー? 無味無臭だけどね。甘くして中毒になると困るからね。


 恐る恐る封を開け、目をつぶって飲んでいる。しかしすぐに、その目を見開いた。そして左右を見渡している。同じ行動をみんながしていたので思わず笑ってしまった。


「ユリウス先生、笑うことはないでしょう」

「ごめんごめん。でもこれで分かったでしょう? これまでの作り方がいかに間違っていたのかを」

「確かにそうですね。女神様の加護がなくなってから、まともな品質の魔法薬は二度と作れないものと思っていました」


 ジョバンニ様がそう口にした。回りのみんなも賛同するかのようにうなずいている。

 そういえば女神様は魔王に倒されたって言っていたな。その影響で魔法薬の質が悪くなったのかな?


 あれ、でも俺は女神様にあったぞ。もしかすると、俺が会った女神様は魔法薬を担当している女神様なのかも知れないな。そうなると、もう一人の女神様は治癒魔法担当だったのかな? その女神様がいなくなったので、この世界から治癒魔法がなくなった。だから俺は片方の女神様としか会っていない。


「ユリウス様、どうかしましたか?」

「え? ああ、ちょっと考え事をしていました。今実践した通り、しっかりとした手順を踏めば、品質が保証された魔法薬を作ることができます。だからあきらめずに研究をするべきだと思いますよ」

「その通りです、ユリウス様。我々はユリウス様に感服いたしました」


 そう言ってその場にいた全員が膝をついて頭を垂れた。うわマズイ。こんな光景が他の人に見られたりした日には、どんなウワサが立つことになることやら。


「ユリウス坊ちゃま、そろそろお昼のじか……し、失礼いたしました!」


 バタン。

 最悪だ。どうして最悪なパターンでウチの使用人が俺を迎えに来るかな。運命力か? これが俺の運命力なのか?

 俺はその場で今日の授業の終わりを告げると、口封じをするべく使用人を追いかけた。待ってくれ、誤解なんだ。




 アレックスお兄様に教えてもらった、一般拝謁者向けの食堂でお昼を食べる。周囲には俺以外の貴族の姿も見える。子供一人でいるのは俺だけだったが。

 目の前にはタウンハウスで食べる昼食と同じレベルの食事が出されていた。


 柔らかいパンに、黄金色のスープ。新鮮なサラダにローストビーフ。テーブルマナーを気にしながら食べるのがもどかしかった。自由に食べることができたら、もっと楽しかっただろうな。


「さっき見た光景は忘れるように」

「でもそれは……何かあれば全て旦那様とアレックス様に報告するようにと仰せつかっておりますので」

「だから、何もなかったから。あれは幻。いいね?」

「はぁ……」


 納得していないな。これはアカン。絶対に報告が行く。やっぱりダメだったよ、お兄様。

 でもまだワンナウト。これから気をつければ、お小言くらいで済むかも知れない。どうかこれ以上、厄介事に遭いませんように。

 午後からは訓練場での運動か。これなら問題なさそうだな。たぶん。

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