第137話 囮作戦開始

 元の姿になって戻って来た俺たちを、女性の騎士たちが残念そうな、うれしそうな、そんな複雑な顔をして待っていた。


「本当にミラ様だったのですね。ユリウス様がお作りになる魔法薬は本当にすごいですね」

「あ、いや、作ったのは俺だけど、作り方を考え出したのはお婆様とお婆様のお師匠様だからね?」


 何度も言うけど、ごめんねお婆様。あと、見たこともないお師匠様。自分の秘密を守るために利用してしまって、本当にすまないと思っている。


「これだけの効果があるなら、これまで秘密になっていたことにも納得できますな」

「もちろん作り方は秘密にしておくつもりだよ。使い方によってはいくらでも犯罪に使えるからね」

「それがよろしいでしょう」


 ライオネルたちも納得してくれたようである。これで騎士たちからこの話が漏れることはないだろう。

 俺たちは室内訓練場の後片付けをすると騎士団の宿舎へと戻った。


「ライオネル、いつから作戦を開始するんだ? そのときは俺も同行したいんだが」

「ユリウス様が同行されたら意味がないのでは?」

「尾行する騎士たちと一緒に動くから大丈夫だよ。たぶん」


 心配性のライオネルが腕を組んで考えていたが、ややあって許可をくれた。


「分かりました。ダメだと言って勝手についてこられるよりかはずっといいですからな。仕込みは整っています。さっそく明日から囮作戦を開始しようと思います」


 さすがはライオネル、良く分かってる。隠れてついて行く手間が省けたぞ。


「よし、早いところ捕まえて、この問題を解決しないとね。お父様の疲れもたまっているだろうし、いつまでもミラを屋敷に閉じ込めておくのはかわいそうだからね」

「キュ!」


 ミラも賛成のようである。明日の打ち合わせを軽くすませると、俺は屋敷へと帰った。細かい部分はこれからお父様とライオネル、騎士団とで話し合うのだろう。そこに俺が首を突っ込んでも仕方がないからね。


「お兄様、ミラ! 今までどこに行っていたのですか。探したのですよ!」


 屋敷に帰ると、ほほを風船のように膨らませたロザリアが仁王立ちして待っていた。この怒り具合を見ると、ずいぶんと探していたようである。

 でもなぁ、魔法薬の実験のことをロザリアに言うわけにもいかないし、その様子を見せ得るわけにもいかない。


「ごめん、ごめん。ちょっと騎士団のところに訓練に行ってたんだよ」

「おかしいですわね。騎士に聞いても知らないと言われたのですが」


 うーんと考え始めたロザリア。どうやら騎士団のところにも来たらしい。危なかった。だれにも言わずに室内訓練場を使っていて良かった。気を遣った騎士が俺たちの居場所を教えていたりしたら、大変なことになっていたかも知れない。


 変身薬のことは一部の人以外には当然のことながら内緒である。そんな魔法薬を作ることができると分かれば、俺を狙ったり、変身薬を注文したりしようとする人たちが出て来ることだろう。でもそれは困る。毎日後ろに気をつけながら生きるのは、気が休まらないのでお断りだ。


「すれ違いだったのかな? そんなこともあるよ。それで、何かようかな?」

「あ、そうでしたわ。新しい魔道具を思いついたので聞いて下さい!」


 どうやら順調にロザリアは魔道具師として突き進んでいるようである。サロンでお茶を飲みながらその話を聞いていた。


「あら? ミラが寝てますわ」

「本当だ。疲れていたのかな?」


 慣れない人型になって体を動かしたので、疲れているのかも知れない。そうなると、ライオネルも、本人が思っている以上に疲れているのかも知れないな。俺はライオネルに「初級体力回復薬を飲むように」と手紙に書くと、すぐにライオネルのところに渡すように使用人に頼んだ。


 さすがに副作用が何もないと言うわけにはいかなかったようである。当然と言えば当然か。そんな都合の良い魔法薬があるはずがない。回復薬だって、使いすぎると疲労がたまって動けなくなるからね。ちなみに体力回復薬は飲みすぎると夜に眠れなくなる。




 翌日、予定通り、クレール山にて囮作戦が開始されることになった。今は騎士団の宿舎にある会議場に主要な関係者が集まっている。


「ライオネル、疲労はどうだ?」

「ユリウス様に言われた通り、初級体力回復薬は飲みましたよ。そのお陰もあってか、問題はありません」

「そうか。変身薬と初級体力回復薬はセットで使った方が良いな。あのあと、ミラは今朝までぐっすり寝てたよ」


 結局ミラは夕食の時間も起きることがなかった。まあ、食事は別に食べなくても良さそうなんで大丈夫なのだろうけど、寝続けるミラをロザリアがずいぶんと心配していた。

 ミラに変身薬を使うのは、やはり夜寝る前の方が良さそうである。


 俺たちが話している間に全員が集まったようである。お父様がコホンと一つ咳をした。シンとその場が静まり返る。


「本日より、我がハイネ辺境伯領にいる怪しい人物を捕らえるべく『囮作戦』を結構する。すぐに罠にかかってくれれば良いのだが、長期戦になる可能性もある。交代しつつ、常に気を引き締めておくように」

「ハッ!」


 騎士たちが鋭い声を上げた。その中には先日に女性の騎士の姿もある。ライオネルがクレール山を巡回するときに、一緒に連れて動くことになっている。

 ……これって、俺が女好きっていう意味でやるわけじゃないよね? あくまでも相手を油断させるつもりでやるんだよね? 変なウワサが立ちそうで怖い。


「監視役は皆、作業員の格好をしてつかず離れず囮役のライオネルとその周辺に注意を払うように」


 囮役のライオネルにスパイが近づけばすぐに捕らえられる布陣になるはずだ。たとえスパイが俺の姿をしたライオネルを人質に取ろうとしても、返り討ちに遭うだけだ。

 囮作戦は何度も使えない。一度でも偽物がいることが分かれば、相手側は警戒して食いついてこないだろう。失敗すればスパイを捕まえるのが難しくなる。何とか決着をつけたいところである。


 もちろん俺も作業員の子供の振りをして参加する。

 俺には虎の子の『探索』スキルがある。それを使えば、怪しい人物をすぐに発見することができる。その情報を騎士たちに共有すれば、包囲網をより完璧なものに仕上げることができるのだ。

 そのようなことをお父様に話すと、渋々ではあるが参加を認めてくれた。


 スキルで不審人物を見つけることができれば、犯行前に捕まえることもできるかも知れない。ミラの自由のためにも、俺の心労のためにも、ここで決着をつけようではないか。

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