第132話 負けました

 ライオネルを伴って訓練場にやって来た俺たちを、わずかに残っている騎士たちが驚きを持って迎えてくれた。


「団長、一体どうなされたのですか?」

「何かありましたか?」

「いや、それがな……ユリウス様が剣術の練習をすると言い出してな」


 あ、ライオネルがめちゃくちゃ困ってる。全く信用されてない! ちょっとムッとしながらも準備運動をする。足がつったりしたら大変だからね。その間に訓練用の木剣を持って来てもらった。


「よし、ライオネルも剣を持ったな」

「は、はあ……あの、本当に私とやるのですか?」

「そうだよ? この中で一番強いのはたぶんライオネルだよね?」

「それはそうですが」


 なんだ、なんだと周りに集まって来た騎士たちを見ながら、ライオネルが困ったような声を発した。眉はもちろんハの字になっている。これは完全に冗談だと思われているな。


 フッフッフ、ライオネル、その余裕がいつまで持つかな? 気になる点としては、子供の体でどこまでやれるかだな。ゲームでの設定年齢の十五歳になっていれば問題なく力を発揮できるんだろうけど、十歳児だからな。そこだけがちょっと不安だ。


 お互いに剣を持ち、距離をとった。ここは一本とって驚かせてやろう。剣を構えてライオネルをにらみつけた。


「!」


 ライオネルの目が一瞬見開かれ、すぐに険しい顔つきになった。お互いににらみ合う形だ。普通ならこのまましばらくにらみ合いが続くのだろうが、そんなの関係ない。俺はすぐに弾丸のように飛び込んだ。


 正面から飛んできた俺の剣をライオネルが剣を横にして防いだ。再び目が大きく見開かれた。フフフ、驚いてる驚いてる。だが驚くのはこれからだよ。

 素早く地面に着地すると足払いを掛けた。思わずの体でライオネルが飛び去る。そこへ渾身の突きを放った。


 体をひねり、間一髪でそれを回避するライオネル。やるじゃない! と言うか、今ので決まると思っていたのにそれを避けるとは! 追撃の袈裟斬りはすでに体勢を整えていたライオネルに難なく防がれた。

 動揺して思わず止まってしまったのがまずかった。未熟者は俺だったな。


 その後も何度か打ち合ったが、俺の最初の攻撃を防いで落ち着きを取り戻したライオネルを崩すことはできなかった。

 結局、腕がしびれてきた俺の手から剣が離れ、負けに終わった。ぐやじい。負けた。

 勝ち負けにはあまりこだわらないタイプだと思っていたが、そうでもなかったようだ。


「負けました」

「……」


 俺の敗北宣言に無言のライオネル。そのライオネルは肩で大きく息をしていた。どうやらライオネルも年には勝てないようである。

 ようやく冷静になることができたので周囲を見渡すと、騎士たちが口を大きく開けて俺たちの方を見ていた。


「これほどまでとは……分かりました。明日からユリウス様の訓練には私が付き合いましょう」

「いや、いいよ。ライオネルも忙しいだろう?」

「ダメです」


 なぜか分からないけど、普段は見せない鋭い目つきで否定された。やだ怖い。もしかして俺、また何かやっちゃいました?

 あ、騎士たちの俺を見る目が輝いている。この目は知っているぞ。尊敬のまなざしだ。


 騎士たちが「自分も自分も」とお願いしてきたので、今度は槍で相手をした。五人同時に相手にして、それを蹴散らしていたらライオネルにあきれられた。ユリウス様は槍術もできるのかと。


 何だったら斧術も弓術も体術も馬術もできるよ? などとは口が裂けても言えそうにない雰囲気だったので、笑ってごまかした。疑うような目を向けられたけど。




 その日の夕方、騎士たちは無事にキラービーの蜂蜜をゲットして来てくれた。頼んでいた通りの方法で採取をしてくれたお陰で、高品質の素材を入手することができた。

 お礼と言っては何だが、初級体力回復薬を十本ずつあげておいた。どうやら人気の品だったようで、ものすごく喜ばれた。みんな好きだよね、シュワシュワ。俺も好きだけど。


「ぐふふ、あと一つでそろうぞ」

「キュ……」


 あ、ミラが変な目でこちらを見てる。これはミラのためでもあるんだけどなー。そんなミラをなでながら、昼間の訓練で疲れた体を癒やしていた。

 ちょっと張り切りすぎたかも知れない。これは明日は筋肉痛になるな。子供だからもっと早く症状が出るかも知れないけどね。


 そうこうしているうちに夕食の時間になった。ミラと一緒に食堂に行くと、すでにロザリアとお母様の姿があった。


「お兄様、また虫取り網でミラを捕まえたいです」

「あー、あれは虫を捕るための道具であって、ミラを捕まえる用じゃないんだよ。それにあの虫取り網は全部騎士たちにあげたから、もう手元には残ってないよ」

「そうですか……」

「キュ……」


 えええ! そんな残念な状態になるほどの物じゃないと思うんだけど……。ミラも捕まえられるのが楽しかったのかな? それならその楽しみを奪うことは本望じゃないな。


「分かったよ、二人とも。そんな顔をしないで。あとでミラを捕まえる専用の『ミラ取り網』を作っておくよ。捕まえやすいように大きめにしておくね」

「ありがとうございます!」

「キュ!」


 二人がうれしそうに声を上げた。うんうん、これで良かったのだろう。


「ユリウス、虫取り網って何かしら? まさか二人に変な遊びを教えてないでしょうね?」

「え? 変な遊び?」


 そう言えばこの世界では虫を捕る遊びをしていなかったな。そうなると、虫取りをする遊びは変な遊びに分類されるのかな? もしそうだとすると、変な遊びになるな。


「ユリウス?」

「だ、大丈夫ですよ。変な遊びではありません。ちゃんとした遊び、のはずです」

「あら、そうなの? それではあとで見せてもらおうかしら」


 どうやらお母様は疑っているようである。何だか自信がなくなってきたぞ。

 ロザリアとミラが期待していたみたいなので、その日の夜には「ミラ取り網」を完成させておいた。ミラがスッポリと入る大きさだ。これなら大丈夫だろう。


 翌日、ロザリアにそれを渡すと、さっそくミラと追いかけっこをしていた。うんうん、仲良きことは良いことかな。

 もちろんその後、お母様に叱られた。何て遊びを教えているのかと。どうやらご令嬢を走らせてはいけないようである。それは広い屋敷の中でも許されないようだった。

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