第130話 変身薬

 変身薬を作る許可をもらった俺は、さっそくその魔法薬を作ることにした。部屋に戻り、必要な素材の確認をする。


「月光蝶の鱗粉、蒸留水、キラービーの蜂蜜、髪の毛、熟成チーゴの実か。蒸留水と熟成チーゴの実はあるな。確保しておいて良かった熟成チーゴの実」


 鱗粉を採取することができる月光蝶は満月の夜にだけ現れる。月光蝶自体はそれほど珍しくないが、満月という縛りがある。だがしかし、ちょうど三日後が満月だ。この日をのがすわけにはいかないな。


 あとはキラービーの蜂蜜。これは冒険者ギルドで頼んだ方が良いだろう。キラービーは穴の中に巣を作るので、しびれ玉を投げ込めば比較的安全に蜂蜜を採取することができるはずだ。あ、これなら俺が採りに行った方が早いかも。

 髪の毛は、あるな。俺は頭を触って確かめた。大丈夫だ、問題ない。


「まずはキラービーの蜂蜜からにするとしよう。しびれ玉を準備しておかないと」


 俺はお父様から魔法薬を作る許可をもらったことを良いことに、もうすぐ寝る時間帯だというのに調合室にこもった。もちろんお母様にバレて怒られた。どうやら夜の見回りをしていた使用人に密告されたようである。

 まあ、丑三つ時まで調合室にいた俺が悪いんですけどね。すいません、調子に乗りました。


 翌日、眠い目をこすりながら朝の水やりの日課を終わらせると騎士団の宿舎へと向かった。目的はただ一つ。共に冒険の旅に出る仲間を集めるためである。

 俺が到着するとすぐに忠犬ハチ公のような目をした騎士たちに囲まれた。すでに騎士たちは競馬の警備に出動しているので、いつもより人数が少ない。


「ユリウス様、おはようございます」

「おはよう。今日はみんなに頼みがあってきた」

「何なりと!」


 おおう、みんなの目がキラキラして朝から眩しい。俺に頼まれるのがそんなにうれしいのか。ちょっと顔が引きつりそう。


「これからキラービーの蜂蜜を採りに行きたいと思っているのだが、ついてきてもらえないかな?」

「それは……」

「それはいけませんぞ、ユリウス様」

「ライオネル」


 遅れてやって来たライオネルがちょっと待ったコールを唱えた。やっぱり自分が行くのは無理か。


「ユリウス様、現在あなた様が置かれている状況をお考え下さい」

「あ」


 そりゃそうだ。ライオネルを俺に化けさせて囮にしようとしているのに、今の段階から俺が囮になるような行動を取ってどうするのか。これは当分の間、人けが少ない場所にはいけないな。森の中とかもっての外だ。


「すまない、そうだったな。それじゃ、キラービーの蜂蜜の採取をお願いしたい。このしびれ玉を使ってくれ」

「そういうことでしたら、私が参りましょう」

「私も参ります」


 私も、私も、と数人の若い騎士がそう言った。騎士団の宿舎にいたということは、今日は休みなのだろう。そんな貴重な休みを俺の命令で潰すのは申し訳ないな。俺はチラリとライオネルを見た。それを察したのか、ライオネルが言った。


「今日は特別任務の日とする。後日、改めて休みを取るように」

「ありがとうございます!」


 さすがはライオネル。頼りになるな。すぐに俺はクレール山の地図を持って来てもらった。ありがたいことに、クレール山にはキラービーの巣があるのだ。危険なのでミラには近づかないようにしっかりと言い聞かせている。


 もちろん、山を管理していた人たちはすでに知っている。というか、俺がその人たちに教えてもらっていた。


「この場所にキラービーの巣がある。ずいぶんと前からあるみたいなので、きっと蜂蜜もあるはずだ。キラービーごときに後れは取らないだろうけど、念のため注意してくれ。回復薬と解毒剤を持って行くように」

「分かりました。至れり尽くせりですね」

「しびれ玉もありますから、まず大丈夫でしょう」


 ライオネルも太鼓判を押してくれた。これなら大丈夫だな。安心して任せることができる。あとは少しでも新鮮な状態で持って帰ってもらうべく、採り方を教えた。これでバッチリだ。手抜かりはない。


「あとは月光蝶の鱗粉だな」

「月光蝶ですか? それならトラデル川沿いの草地で見かけたことがありますな」


 ライオネルがあごに手を当てている。さすがは騎士団長なだけあって、ハイネ辺境伯領の立地や魔物、動植物の情報を知っているようである。


「おお、それはありがたい情報だ。満月の日に月光蝶が現れるから、その鱗粉を採取して欲しいんだけど、俺が行くのはまずいよね?」

「まずいですな。私が手配しておきましょう。ですが、月光蝶の鱗粉などというものは聞いたことがありませんな」


 ライオネルが首をかしげている。それはそうだろうな。お婆様は使っていなかったみたいだし、魔法薬ギルドでも見たことがない。もしかすると、この世界の魔法薬師が知らない素材なのかも知れないな。


 集め方はそれほど難しくない。捕まえた月光蝶を紙の上でパタパタすれば、月光のように輝く美しい鱗粉を得ることができるはずだ。それを集めて、俺が準備した劣化防止のビンに入れて持って帰って来てくれれば良いのだ。

 説明するとライオネルたちは理解してくれたようである。


「そうなると、それなりに人数が要りますな」

「月光蝶は安全だから、少数でも問題ないよ。ただし、時間はかかるかも知れないけどね。そうだ、少しでも効率を上げるために、虫取り網を作っておこう」

「虫取り網?」


 ライオネルが怪訝そうな顔をしている。そう言えば虫取り網を見たことがないな。それどころか、虫を捕まえるという話さえ聞いたことがない。もしかして、虫を捕まえるなんてことをする人はいないのかも知れない。


 虫網がなかったらどうやって捕まえるつもりだったのだろうか? あ、もしかして剣で斬って殺すつもりだったのかな? さすがに月光蝶の数を減らされるのは困る。俺はこれから作る虫取り網の説明をして、捕まえた月光蝶は必ず逃がすようにしっかりとお願いしておいた。これで月光蝶の恨みを買うことはないだろう。

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