第118話 やっぱり頼れる解毒剤

 どうにか解毒剤を飲んでもらうことに成功した。初級体力回復薬も飲んでもらえたことだし、万が一、解毒剤が効かなくても次の魔法薬を持って来るまでには間に合うだろう。

 アンベール男爵が無事に魔法薬を飲んだのを見届けると、俺たちは再びサロンへと戻った。


「解毒剤がしっかりと効いてくれると良いんですけどね。おそらくは大丈夫だと思いますけど」

「きっと大丈夫ですわ。お父様も今回のことに懲りたら、悪い癖を直してくれるはずですわ」

「悪い癖?」


 思わず口に出てしまったのか、ばつが悪い顔をしてうつむいた。何だろう、ものすごく気になるな。チラチラとファビエンヌ嬢を見ていると、観念したのか重い口を開いた。


「お父様は珍しい食べ物を食べるのが好きなのですわ」

「珍しい食べ物……」

「それで、今回は食べたもののあたりが悪かったようであのように……」

「つまりは食あたりだったと言うことですね?」


 ファビエンヌ嬢は申し訳なさそうにうなずいた。市販されている解毒剤を使って効果がなかったということは、かなりひどい食あたりだったようである。一体何を食べたのか。

 ……アンベール男爵には聞かない方がいいな。「キミもどうかね?」とか言われたらシャレにならん。


「キュ!」

「ごめんごめん、一人にしてしまって。さすがに病人がいる部屋に連れて行くわけにもいかなくてさ」


 そう言いながら、サロンでお留守番してもらっていたミラをなでまわす。すぐにミラの機嫌が良くなった。そんな俺たちのやり取りを見たファビエンヌ嬢がクスリと笑った。


「仲がよろしいですわね。妬けてしまいそうですわ」

「え?」

「キュ?」


 また思わずポロリとしてしまったのか、今度は真っ赤な顔をしてうつむいた。油断するとポロリとしちゃうのかな? そうだと思いたい。普段からこうだと、内緒話ができないじゃないか。


「そ、そうですわ! 調合室をお見せしますわ」


 その場の微妙な空気を一掃するべく、ファビエンヌ嬢がパチンと手をたたいた。そしてすぐに席を立った。どうやらこのままうやむやにする作戦のようである。当然俺もそれに乗る。だってここで問い詰めて関係を悪くしたくないからね。


 再びファビエンヌ嬢に連れられて屋敷の中を移動する。今度はミラも一緒だ。サロンからそれほど遠くない場所にその部屋はあった。中には真新しい器具がいくつも設置されていた。


「ここが調合室ですわ。ここで何度か化粧水を作っておりますわ」

「これだけ設備が整っていれば十分ですよ。品質の高いものを作ることができそうですね」


 蒸留装置やガラス器具を確認する。どれも品質が良いものを使っているようだ。道具の品質は魔法薬の品質に影響するからね。もちろん個人が持っている技術も影響するけど。


「ファビエンヌ嬢が作った化粧水を見せてもらってもよろしいですか?」

「ええ、もちろんですわ」


 そう言ってファビエンヌ嬢が持って来た化粧水はとても品質が高かった。ファビエンヌ嬢がしっかりと魔法薬師としての技術を身につけている証拠である。


「うん、素晴らしいですね。これなら魔法薬師としても十分にやっていけますよ」

「魔法薬師として、ですか?」

「ええ、そうです。魔法薬師に興味はありませんか?」

「それは……」


 うつむくファビエンヌ嬢。たぶん興味はあると思う。さっき見た解毒剤と初級体力回復薬の魔法薬も、興味を引くのに十分だったはずだ。ここはもう一押しだな。


「ファビエンヌ嬢は魔法薬師としての才能がありますよ。だってこれだけの品質のものを作ることができるのですから。私が作ったものと大差がないですよ」


 爽やかなイケメンスマイル。効果はバツグンだ。それを見たファビエンヌ嬢が真っ赤な顔をしてうつむいたぞ。その後も魔法薬の話をしながら調合室を見て回った。

 ちょっと小さい部屋だが、一人で使うには十分だろう。弟子を取ったりすると厳しいかも知れないけどね。

 一通り調合室を見終わると、再びサロンへと戻った。


「お父様、お母様!? どうしてここに!」


 ファビエンヌ嬢がテーブルに駆け寄った。そこにはアンベール男爵夫妻の姿があった。どうやら魔法薬が効果を発揮したようである。やっぱり頼れる解毒剤。


「それはもちろん、先ほどの魔法薬が効いたからだよ。まさかこれほどの効果があるとは思いませんでしたよ。さすがは『女神の秘薬』と呼ばれるだけのことはありますな」


 先ほどよりも血色が良くなったアンベール男爵が目を細めてこちらを見ている。これで魔法薬のすごさをお分かりいただけたことだろう。隣に座っている夫人も笑顔である。


「解毒剤が効いたみたいで良かったです。解毒剤は体内の毒を打ち消すことはできますが、体力までは戻すことができません。別の病にかからないように十分に気をつけて下さいね」

「ええ、そうさせていただきますよ。ユリウス様、ありがとうございます」


 アンベール男爵が頭を下げると夫人もファビエンヌ嬢も一緒に頭を下げた。慌てて頭を上げさせる。


「大したことではありませんので頭を上げて下さい。たまたま持ち歩いていた魔法薬が役に立っただけのことですから」


 ようやく頭を上げてもらい、俺たちは一緒にサロンでお茶の時間を楽しむことにした。ミラに出されたお菓子を食べさせながら夫妻の話を聞いた。話題はすぐにアンベール男爵の悪い癖の話に移っていった。


「旦那様、これに懲りたら、妙な食べ物を口にするのはやめて下さいませ」

「そうは言ってもな、おいしいと評判の魚だったのだよ。珍しい魚ではあったみたいだがね。生きているときには丸く膨らむそうでな。一度見てみたかった」


 おいおい、それってもしかしてフグなんじゃ……キッチリとフグの毒を処理できなかったんじゃないのかな。それにしても、良く生きてたな。


「おいしいと評判だからと言って何でも口にしてはいけません。しっかりと毒味をさせてから食べて下さいませ」

「む、わ、分かったよ。だがユリウス様の作った解毒剤があれば……!」


 あ、期待に満ちた目で俺を見るのはやめてもらえませんかね? ここでOKを出すと、夫人に恨まれそうな気がするぞ。一体どうすれば良いんだ。俺が返事に困っていると夫人が助け船を出してくれた。


「それなら、市販されている解毒剤が効果がなかったときに、ユリウス様のお力を借りることにいたしましょう。ね?」

「そ、そうですね。市販の魔法薬で効果がなければ、いつでもお力添えいたしますよ」


 それを聞いたアンベール男爵の顔が絶望の色に染まった。一度俺の解毒剤の味を知ってしまったからには、もうあのゲロマズ魔法薬には戻れないだろう。これで少しは抑止力になってくれると良いのだけど。


 こうしてアンベール男爵家での二人だけのお茶会は終わった。最終的にはアンベール男爵家の家族総出になってしまったが、楽しい時間を過ごせたので良かった。アンベール男爵は魔法薬にとても関心を持ってくれたようである。これならファビエンヌ嬢が今後も調合室を使うことを認めてくれることだろう。

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