第91話 試験開始
ロザリアと一緒に魔道具を作っていると、温室の土作りが完了したとの報告があった。
「ロザリア、俺は温室に行くけど、どうする?」
「ここで魔道具を作っていますわ」
「分かったよ。ケガだけはしないように気をつけてね」
予想はしていたけど、やっぱりフラれてしまったよ。どうやらロザリアは魔法薬には興味がないようだ。どこかに助手になってくれそうな人はいないかな。
「ユリウス様、温室に行かれるそうですね。私がお邪魔してもいいでしょうか?」
「キュ」
「もちろん、構いませんよ」
ロザリアの代わりにマルスさんが食いついた。ミラも来てくれるみたいだ。俺はロザリアを使用人に託すと、二人を連れて温室に向かった。
「ここがハイネ辺境伯家にある温室ですか。さすがに大きいですね。それに、良く手入れされている」
マルスさんが何度もうなずいている。あー、これは「さっきまで廃屋みたいでしたけどね」とは言いにくい状態だ。そのため俺は曖昧な笑みを浮かべた。
温室内に入ると、ムワッとした湿った空気が迎えてくれた。どうやら新しい魔道具は問題なく機能しているようである。
地面には先ほどとは違い、畝がいくつも並んでいた。これならすぐに苗を植えることができそうだ。
「ユリウス様、そちらの方は?」
「おっと、そうだった。こちらは聖竜を研究しているマルスさんだよ。しばらくの間、こちらで聖竜のことを研究することになっている」
「そうでしたか。私は騎士団長のライオネルです。よろしくお願いします」
お互いに挨拶を交わす二人。騎士たちにも顔が知られることになったし、ちょうど良かった。温室の片隅にはすでに薬草と毒消草の苗が用意してあった。さすが、気が利くな。
「それじゃ、苗を植えよう。こっちが薬草でこっちが毒消草だ。間隔は広めに、手のひら二つ分くらいにしておこう」
「ずいぶんと広いですね」
いつもは拳一つ分の間隔で植えているのを知っているライオネルが驚いている。
「一度、広い間隔で植えたらどうなるのかやってみたかったんだよ。それでもまだ、温室の広さには余裕があるから問題ないだろう」
「あの、ユリウス様、なぜ土がこのような形状をしているのでしょうか?」
「ああ、これ?」
畝の存在に気がついたマルスさんがあごに手を当てながらそう言った。さすがは研究者なだけあって、自分の研究以外のことにも気がつくようである。
「これは畝って言うんですよ。こうやって土を盛ったところに苗を植えると、水はけが良くなるし、根が長く伸びて立派に育つのですよ」
「なるほど、良くできていますね。マーガレット様が考案されたのですか?」
「えっと、そうです。お婆様に教えてもらいました」
もちろんウソである。「俺が考えました」なんて言ったら、研究対象として見られるかも知れない。それだけはお断りだ。騎士たちにも視線を合わせ「俺に合わせるように」と無言の圧力をかけた。騎士たちは無言でコクコクとうなずいた。
何だか悪いことをしている気分。俺は悪くないのに。
一人で感心してうなずいているマルスさんをよそに、俺たちは黙々と等間隔に苗を植えた。植え終わったらタップリと水やりをする。近くの水場からくんできた水をじょうろに移し替えて水やりをする。
ちょっと効率が悪いな。スプリンクラーでも作ろうかな? そうしよう。
「水やりが大変そうだから、楽になるような魔道具を考えておくよ」
「それはありがたいのですが、もう次の魔道具を思いついたのですか?」
ライオネルがあきれている。もうって何だよ、もうって。
だがそれに、マルスさんが再び食いついた。
「もう、とは、どう言うことなのでしょうか?」
「ああ、それはですね、ユリウス様はつい今し方、そこについている魔道具を開発したばかりなのですよ」
ライオネルが天井付近につり下がっている室内用冷温送風機を指差した。その存在に今気がついたであろうマルスさんが目をこすった。
「確かに王城の温室には、あのようなものはありませんでしたね。どうもあの魔道具から暖かくて湿った空気が出ているみたいなのですが……」
「その通りです。あの室内用冷温送風機の魔道具がこの温室を暖めているのですよ」
にこやかに答えるライオネル。何だかうれしそうである。
「ええ! そんな魔道具があったのですか!? いや、違いますね。先ほどからの話を総合すると、ユリウス様があの魔道具を作ったと言うことでしょうか?」
「そうです。それも今日の朝から作り始めて、昼食の前には完成してました」
途中から自慢げになっていくライオネル。もうやめて、マルスさんの目がシイタケになりかけているじゃない。あの目はミラを見るときのマルスさんの目だ!
「なるほど。それなのに、もう次の新しい魔道具を思いついたわけですね」
「そう言うことになりますな」
これはまずいな。スプリンクラーの魔道具はコッソリ作って、コッソリ設置しておこう。これ以上、マルスさんの関心を引くのはやめた方が良い。危険だ。危ない。
その後は何とかごまかしながら作業を終わらせた。
「ただいま、ロザリア」
「おかえりなさいませ、お兄様。どうされたのですか? 何だかずいぶんとお疲れのようですが」
「うん、まあ色々とね。ロザリアの方は順調みたいだね」
見ると、三台目の室内用冷温送風機の作成に取りかかっていた。……え? 早くない? 確かにもうすぐ日が暮れる時間帯になるけど、この作成速度は異常だ。もしかして、ロザリアって魔道具師としての才能があるのかな? 驚いてロザリアを観察していると……『クラフト』スキルを使っていた。いつの間に覚えたんだ。
「ロザリア、いつの間にそんなことができるようになったんだい?」
「何がですか?」
小首をかしげるかわいい妹。はわはわする口元をそのままに、近くにあった鉄板を『クラフト』スキルを使って、手で軽く曲げた。それをロザリアに渡す。
「こう言うことだよ」
その様子に驚いたロザリアだったが、渡された鉄板を同じく手で元通りに戻した。そして目を大きくさせて、自分の両手をジッと見ていた。
「気がつきませんでしたわ。お兄様、これは一体?」
「これは……特殊な魔法みたいなものかなぁ?」
心配そうな瞳でこちらを見上げるロザリア。
そう言えば、この世界にスキルがあると言う話を聞いたことがないな。もしかすると、まだ良く知られていないのかも知れない。そうだとすると、気をつけて取り扱わないといけない案件になるぞ。
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