第88話 発見

 魔法薬を作るための設備の移動も終わり、新しい長期保存用の箱も完成した。これでいつでも魔法薬を作る準備は整ったと言えるだろう。

 見せてもらおうか、最新設備とやらの性能を!


 だがしかし、今から作業するには遅すぎた。もう夕食の時間である。俺が特に指示を出さなくても夕食はしっかりと準備されている。さすがは辺境伯家と言ったところだな。俺の出番は非常時しかなさそうである。


「少し、寂しいですわね」


 広い食堂には俺とロザリア、そしてミラしかいなかった。ミラは目の前に出された果物に夢中のようで、体を果汁まみれにしながら食べている。これはお風呂でしっかりと洗ってあげないといけないやつだな。


「そうだね。騎士団や使用人たちと一緒に食べることができたら良かったんだけど、さすがにそうはいかないからね。それでも今はミラが加わっている。前よりはにぎやかになってるよ」

「キュ?」


 名前を呼ばれたミラが俺の方に飛んできた。やめて、服がベトベトになるから! あーあ、やっぱりダメだったよ。

 そんな俺とミラの様子を見て、ロザリアが笑っている。これで少しは気が紛れたかな?


 食事が終わるとお風呂の時間である。当たり前のように俺が風呂に入っているときに、ミラを連れて入って来るロザリア。

 ロザリア、さっき「私がミラを連れて、一緒にお風呂に入りますわ!」って言ったよね? これはちょっと違うんじゃないかな?


 シャワーを使って丁寧にミラの体についたベトベトの果汁を洗い落とす。これがなかなか厄介だった。


「ミラ、もう少しキレイに食べられないのか?」

「キュ?」


 何のことかサッパリ分からないかのように、首をちょこんとかしげるミラ。そのかわいい仕草にロザリアが悲鳴をあげて抱きついている。

 うーん、ダメそうだな。これはミラ専用のよだれかけのようなものを作ってあげた方がいいな。いや、いっそのことミラの服でも作るか?


 お風呂から上がると、ロザリアにミラを乾かしてもらうように頼んでおいた。さっそくロザリアは自分が作った冷温送風機のところにミラを連れて行って乾かし始めた。その隣では使用人がロザリアの髪を乾かしている。


 俺はこのすきに自分の部屋へと戻った。部屋の鍵をしっかりとかけると『亜空間』スキルを発動して、中からお婆様から受け継いだ魔法薬の本を取り出した。ごっそりと何かが抜けるのを感じながら、机の上に本を広げる。


 もらったときにチラリと見たが、今度はしっかりと、隅々まで読むことにした。お婆様はこの世界で五本の指に入るほどの魔法薬師の実力者だ。そのお婆様が書いたものならば、この世界における魔法薬の諸事情が明確に分かるはずである。


 パラリとページをめくる。見出しが書いてあり、魔法薬の名前がズラリと並んでいる。だがしかし、表記の一部が間違っているものがあるようで、読めない文字があった。

 字は間違いなくお婆様の字だ。高位の魔法薬師であるお婆様が字を間違えるのか? それにしては間違いが多いような気がする。


 疑問に思いながら最初の魔法薬の作り方が載っているページへと読み進めた。そこには初級回復薬の作り方が載っていた。しっかりと図解されており、これを読めばだれでも作ることができるだろう。

 製法は……俺の知っている作り方とよく似ていた。少なくとも、お婆様がやっていたように、薬草を煮詰めたりはしていない。


 おかしいな? それにまた、表記が間違っているところがあるぞ。前後の文字から何が書いてあるのかは推測できるけど、気になるな。


 その後も間違いの表記があるページが続いた。そして三分の二ほど読み進めたところで、再び目次があった。今度の目次には、文字の間違いはない。

 恐る恐る初級回復薬の作り方のページをめくると、そこにはお婆様が作っていたやり方が書いてあった。例のゲロマズ初級回復薬の作り方である。


「何だこれ、どうなってるんだ? 何が起きているんだ?」


 俺はもう一度、最初のページに戻った。そして気がついた。

 前半部分に使われている文字が、俺たちが使っている文字とは違う。

 俺がそれをスラスラと読めたのは、きっとゲーム内補正がかかっているからだろう。つまり、今の俺はどんな言語でも読むことができるというわけだ。


 本の中に読めない文字がいくつもあったのは、お婆様が写本した本の表記が間違っていたか、お婆様の書き間違いなのだろう。


 失われた古代文字か……。どうやらそれとともに魔法薬の作り方も失われてしまったみたいだな。その時代に一体何があったのだろうか。

 どうやら偶然発見された本の図解を見て、魔法薬を作ったみたいだな。


 初級回復薬のページには薬草をコップに入れ、下から火であぶっている図があった。これを参考にしたのだろう。だが、どのタイミングで火を止めれば良いのか、分からなかった。

 でもそれなら、色々と試行錯誤すれば正解にたどり着けそうなんだけどな。


 いや待てよ。他の魔法薬師がこの本を欲しがるだろうってお父様が言っていたな。そうなると、古代人の魔法薬の作り方が載っている本は、それほど数がないのかも知れないな。それを弟子だけに受け継いでいるとすると、魔法薬の改良は遅々として進まなかったことだろう。


 結局、残りの三分の一がお婆様が実際に魔法薬を作るときに使っていたレシピのようである。そのどれもが頭を抱えそうな作り方だったけどね。

 まさに「一命を取り留めることができるだけでもありがたや」である。


「お兄様~、お兄様!」

「キュー!」


 ガチャガチャとドアノブを回して扉が開かなかったことに驚いたロザリアが叫び声を上げた。それにつられてミラも悲鳴をあげる。これはまずい。

 俺は急いでベッドの下に隠してある金庫に本をしまうと、扉を開けた。


「どうしたんだい、二人とも。そんな声を出して」

「え? だって、お兄様の部屋のドアが……」

「キュー……」


 悲鳴を聞きつけた使用人たちが何事かとやってきた。これはうかうか本を読んでいる暇はなさそうだぞ。さてどうしよう。

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