第87話 今できること
王都を出発して五日後、俺たちは無事にハイネ辺境伯領へと帰って来ることができた。帰りは行きと違って、何の問題もなかった。
屋敷に到着すると、騎士たちが出迎えてくれた。
「ユリウス様、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!」
「ただいま。特に変わりはなかったかな?」
「はい。問題はありません」
どうやら何事もなかったようである。一安心だ。半月ほど屋敷を空けていたことになるが、そのくらいなら問題はなさそうだった。
荷物を下ろし、一息ついたところでライオネルを呼んだ。まずはお互いの知っていることのすり合わせが必要だ。
ロザリアには、屋敷内をミラに案内するように言ってある。ミラはこちらの言葉を理解することができるのだ。屋敷内のどこに行っては良くて、ダメなのかを教えておいて損はないだろう。まあ、聞かれたらまずい話をするから、その対策でもあるんだけどね。
「ライオネル、俺がお婆様からプレゼントをもらったことを知っているか?」
「プレゼント? いえ、そのような話は聞いておりません」
ライオネルが首をひねりながら答えた。どうやら魔法薬の本のことは、お父様はできる限り秘密にしておきたいようである。
「そうか。それじゃ、万能薬のことをお父様に話したか?」
「はい。お話しました。大変驚いておりましたが、マーガレット様が亡くなった今、そのことについては秘密にしておくそうです」
なるほどね。もしかするとお父様は、俺がタウンハウスに到着した時点では、まだ俺にあの本を渡すつもりはなかったのかも知れない。きっと時期を見て渡すつもりだったのだろう。
ところがライオネルから、俺が万能薬を作ったことを聞いた。お父様はどう思っただろうか?
少なくとも、俺が適当に素材を混ぜて作ったとは思わないだろう。それならば、どうやって俺が万能薬の作り方を知ったか。きっと、お婆様に教えてもらったと思うだろう。
それはつまり、お婆様がすでに俺の実力を評価していると言うことにつながる。
俺が次々と使いやすい魔法薬を生み出しているのは、お婆様の薫陶のたまものだと思うだろう。それでお父様は急遽、お婆様秘蔵の魔法薬の本を俺に渡したのだ。
それは恐らく、俺が魔法薬を作ることを黙認するということにつながるだろう。
ライオネルは信頼できる。話しても良いだろう。と言うか、話して手伝ってもらわなくてはいけない。
「ライオネル、実はお婆様から、お婆様が生涯にわたって書き続けた魔法薬の本をプレゼントされたんだ。それはきっと、俺をお婆様の後継者として認めたってことだよね?」
「恐らくそうでしょう」
「それじゃ、お婆様が使っていた魔法薬の調合部屋を使っても良いってことだよね?」
「そう、かも知れません」
ライオネルがちょっと言葉に詰まった。一体何を言い出す気だと思っていることだろう。なに、ライオネルくん、そんなに難しいことではないよ。
「別館にある設備の方が最新式みたいだから、本館にその設備を丸ごと運びたいと思ってるんだよ。動かすのを手伝って欲しい」
「設備をですか? まあ、そのくらいなら何とか……」
ちょっと安心した様子である。ついでにあの色々な素材が入っていた箱も一緒に持って来てもらおう。中に入っている素材の質はあまり良くないが、箱はずいぶんと立派だった。魔法陣で改造すれば、長期保存できる素材入れに転用できるだろう。
翌日、ライオネルはすぐに行動を開始してくれた。本館にあった古い設備は廃棄し、新しいものへと取り替えてゆく。もちろん、使えそうな物はとってある。ここで魔法薬を作る人員が増えたときに対応できるようにするためだ。蒸留水なんかは良く使うので、常にだれかに作っておいてもらいたいくらいだ。
その間に俺は長期保存容器の改良を行った。俺がまた新しい魔道具を作っていると思ったロザリアがしきりにのぞきにきた。ミラも手伝いたいと思っているのか俺にひっついている。かわいい。ついつい作業が遅れてしまう。
「お兄様、この長期保存容器を使えば、食べ物もずっとおいしいままになりますよね?」
「そうだね。でもまあ、温度調節の必要があるかも知れないけどね」
さすがに出来上がった料理を長期保存するのは難しいだろう。あくまでも最適な温度と湿度と気圧を保つくらいである。だがそれさえできれば、ほとんどの魔法薬の素材は長期間、品質の高い状態で保つことができるはずだ。
以前に作った「長期保存用の箱」は密閉性がイマイチだったので、そこまで長くは保存することはできなかった。当時はすぐに素材を使うのでそれで問題がなかったのだが、これからはレアな素材も集める必要が出てくるだろう。
そしてそれらのレア素材はすぐに使うわけではない。そのためどうしても長期保存する必要が出てくる。そこでこのお婆様が使っていた、密閉性の高い箱が役に立つ。
「ユリウス様、装置の入れ替えが終わりました。この後はどうしますか?」
「うん、それなんだけど、お婆様は薬草園を作ってはいなかったんだよな?」
「はい。そのようなお話は聞いておりません。魔法薬に使う素材の全てを、魔法薬ギルドから購入していたはずです」
さすがに俺が魔法薬の素材を買うのはまずいだろう。使用人の中に魔法薬師がいれば、そこから購入することもできたのだが、それは無理そうだ。それならば、自分で栽培するしかない。
「薬草園を拡張したいと思っている。お爺様とお婆様が使っていた温室を使うことはできないかな?」
そうなのだ。実はハイネ辺境伯家には立派な温室があるのだ。聞いたところによると、この温室はお婆様が高位の魔法薬師として国に迎えられたときに、国が用意してくれたものらしい。
国はきっと、魔法薬に必要な素材の栽培に使ってもらおうと思っていたはずだ。しかし、お婆様はそれをしなかった。単純に草花を育てるためだけに使っていたのだ。
お婆様の過去に何があったのか。今はもう、それを聞くことができない。お父様なら何か知っているかも知れない。今度、聞いてみよう。
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