第84話 追加注文
昼食が終わるとすぐに王城へと向かった。
ぬいぐるみはすでに三人分、完成している。あとは渡すだけである。あ、今日、キャロに会わなかったらどうしよう。そのときはクロエに託せばいいか。まさか二つとも自分のものにとかしないよね?
ハイネ辺境伯家の馬車が王城に到着すると、そこではお父様が待ってくれていた。どうやら使用人が気を利かせて、お父様に先触れを出していてくれたようである。
「遅くなりました」
「気にするな。急に呼び出して済まなかったな。その手に持っているのは……もう完成したのか」
お父様が絶句している。だがしかし、俺はぬいぐるみ職人ではないし、それになるつもりもない。
「これをお渡ししたら、明日にでも領地に帰ろうと思っているのですよ」
「そうか。早い気もするが、ウワサが広がる前に戻った方がいいかも知れないな。ハイネ辺境伯領までウワサを追いかけて来る人物はそうそういないだろう。聖竜学者くらいか?」
「そうかも知れませんね」
昨日のマルスさんの様子を思い出して、思わず吹き出してしまった。少年に戻ったみたいなはしゃぎようだったもんな。よっぽどうれしかったのだろう。
「ハイネ辺境伯様! ユリウス様! あ、あれ? 聖竜が増えてる~!?」
「あ、マルスさん、これは俺が作ったぬいぐるみですよ」
「え? ぬいぐるみ? あの、本物の聖竜はどこに?」
「目立つといけないので置いてきましたよ」
その言葉にがっくりと肩を落とすマルスさん。ハイネ辺境伯領にくればいつでも会えるようになるのだから、そんな「この世の終わり」みたいな顔をしないで欲しい。
「それで、お父様、どのような要件なのですか?」
「ああ、それが、昨日献上した冷温送風機を追加で欲しいらしくてな。言葉を濁していたが、どうやら取り合いが起きたらしい」
「取り合いが」
「そうだ。それで追加の冷温送風機が欲しいそうだ」
うーん、それだけの要件ならお父様に頼めばいいだけだと思うのだが。それともすぐに欲しいとかなのかな? まあ、材料さえあればすぐに何台かは作ることができるけどね。
俺が首をひねっていると、お父様が促した。
「取りあえず、まずは王妃殿下に会ってくれ」
「分かりました。何だか胃が痛くなりそうですね」
「私はすでに痛いぞ」
「……申し訳ありません」
お父様に案内されてサロンに向かうと、そこではすでにお茶の準備がされていた。そこにいたのは王妃殿下とクロエとダニエラ様だった。これはまずい。ダニエラ様の分のぬいぐるみはないぞ。
「ユリウス・ハイネ、ただいま参上しました」
「ああ、いいのよ、ユリウスちゃん。そんなにかしこまらなくても。それで、その良く出来た聖竜のぬいぐるみは?」
「えっと、あの、プレゼントに……」
「まあまあ!」
パチン、とうれしそうに手をたたいた王妃殿下。クロエとダニエラ様の視線も熱い。……これは帰ってからキャロのぬいぐるみを追加で作らないといけないやつだな。
ぬいぐるみを三人に渡すと、ものすごく喜んでくれた。ぬいぐるみ作戦は成功と言えるだろう。
「ユリウス、ミラはどうしたの?」
クロエがぬいぐるみをなでながら聞いてきた。
「家でロザリアと一緒にお留守番してます」
「残念だわ。会いたかったのに……」
そう言ったのはダニエラ様だった。そう言えばあの場にいなかったな。そのぬいぐるみで補完して欲しい。おっと、このままでは話が進まないな。
「冷温送風機の件でお話があるとお父様にうかがいましたが?」
「そうだったわ。あの冷温送風機を作ったのはユリウスちゃんだそうね? 申し訳ないんだけど、あと何台か追加で作ってもらえないかしら?」
「それは構いませんよ。材料さえあれば、すぐにでも作成可能です」
この答えには驚いたようで、三人の目が大きく見開かれている。
「ユリウスは何でもできちゃうのね」
「いや、それほどでも……」
クロエのストレートな言葉に思わず照れる。
「ユリウスちゃん、王城の中に『魔道具研究所』があるんだけど、そこに行って作ってもらえないかしら? このぬいぐるみをプレゼントしてくれたところを見ると、近いうちにハイネ辺境伯領に帰るつもりなんでしょう?」
「はい。そのつもりです」
「ええっ! ユリウス、もう帰っちゃうの!?」
クロエが悲鳴に近い声を上げた。それを王妃殿下がたしなめている。どうやらクロエにはまだまだ教育が必要なようである。頑張れクロエ。領都から応援しているぞ。
そんなわけで、俺は今、魔道具研究所にやって来ている。室内には数人の人たちが何やら忙しく働いていたようである。だが今はその手が止まっていた。
「ユリウスちゃん、ここにある道具と材料は自由に使って良いからね。何かあったらすぐに私に言うように」
そう。王妃殿下が直々に研究所にやって来たのだ。きっとみんな胃が痛くなっていることだろう。俺の様に。
「ねえ、ユリウス、隣で作業するのを見ていても良いかしら?」
「もちろん構いませんよ、クロエ様」
あ、俺の社交用の態度が気に入らなかったのか、クロエの口がとんがっている。そういうとこだぞ。王妃殿下に怒られるのは。予想通り、クロエは王妃殿下にチョップを食らっていた。
王妃殿下に頼まれた台数は二台。ついでに研究所の魔道具師に作り方を教えることにした。そうすれば、追加注文があっても、壊れたときにも、どちらにも対応できる。
そのことを研究員に話すと、すぐにみんな集まってきた。さすがは研究員。貪欲だな。
「この魔法陣を使います。装置の外形はこうやって作ります」
あんまり時間もないので、サクサク作っていく。何台も作っているので簡単だ。研究員たちはすでに、メモを取る係と、作業をしっかりと観察する係に別れていた。さすがだな。
「すごい。あっという間に作ることができるのね」
「一度でも魔道具を完成させることができれば、あとは同じことを繰り返すだけですからね。すぐに慣れるものですよ」
スイスイと魔法陣を作り、装置に組み込んでゆく。さすがに外側の装飾にこだわることができなかったので、使用した木の木目を活かすような作りにした。
それほど時間をかけずに一台目が完成した。二台目は質問を受けながら、研究員の人たちに実際に作ってもらった。
さすがは魔道具研究所の職員だけあって、すぐに覚えてくれた。そして「これは良いものだ」とほめてくれた。照れる。
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