第55話 栄養ドリンク

 試運転した冷温送風機は特に問題なさそうだった。これなら仕上げ作業に入ってもいいかな? と思ったときに問題が発生した。


「アッツ!」

「お兄様!?」

「ロザリア、この魔道具を触っちゃダメだよ!」


 なんてこった。熱伝導のことをすっかり忘れていた。風を温めるための魔法陣によって、本体が熱くなっている。本体上部はまだマシだが、熱源の魔法陣に近い場所にある鉄板はかなりの熱を持っていた。


 限界まで温度を上げていないのにこの熱さ。これは何とかしなければならないな。この世界で断熱材として使えそうな素材は……木だな。木ならすぐに手に入れることができる。

 そうなると、本体の形が円柱形であるのは非常にまずい。なぜなら、木材を円柱形に貼り付けるのが大変だからである。


「これは設計を見直して、四角い箱形にしないといけないな」

「お兄様、失敗なのですか?」

「うん。失敗だね。髪を乾かせるようになるのはまた今度だね」


 ションボリと肩を落とすロザリア。どうやら楽しみにしていたらしい。これは悪いことをしてしまったな。俺は急いで使用人にマホガニーの板材を買ってきてもらうように頼んだ。




 ロザリアが作った初めての魔道具が完成した。ランプの魔道具だ。作りはシンプルだが、しっかりとその役目を果たしている。ロザリアは「明るくなる魔法陣」と、「スイッチを切り替える魔法陣」の二つの魔法陣を作成し、その本体も作り上げた。


 飾りっ気のないランプの魔道具だったが、ロザリアはそれを大事そうに抱えて喜んでいた。もちろん俺も喜んだ。小さな魔道具師の誕生だ。みんなが帰って来たら、きっと驚くぞ。


 夕食の時間もテーブルの中央にそのランプが置かれていた。そのランプを見ながら、次は自分も、俺が作っていた「冷温送風機」の魔道具を作りたいと言っていたので、それならばと手伝ってもらうことにした。きっと良い勉強になるはずだ。


 お風呂から上がると、ロザリアが使用人に髪を乾かしてもらうところを見せてもらった。もしかすると、何か新しいヒントが得られるかも知れない。そう思っていたのだが、ロザリアが前に言っていた通り、風魔法の出力がうまく調節できないようで、急に強くなったり、弱くなったりを繰り返していた。


 そのたびに髪が乱れ、部屋の中のものがガタガタと揺れていた。しかもどうやら、ただの風だけが送られており、熱は加えられていないようだった。これは冬は寒そうだな。ロザリアが微妙な顔をしたのも、しょうがないのかも知れない。


「お兄様……」


 ようやく終わったのか、使用人が静かに妹の部屋から出て行った。俺はどんな顔をすればいいのか分からずに、半笑いを浮かべてロザリアの髪をなでた。半乾き!

 ロザリアの長くて美しい髪は表面こそ乾いているものの、中はまだ湿っていた。


 しょうがない。ションボリとした表情でこちらを見上げてくるロザリアが、さすがにかわいそうになってきたぞ。あんまりやりたくなかったけど「冷温送風機」の魔道具が完成するまでの辛抱だ。


「ロザリア、後ろを向いてごらん」


 ロザリアは素直に従ってくれた。すぐに冷たくもなく、熱くもない、ちょうど良い感じの風を魔法で作り出すと、その風でロザリアの髪を乾かした。

 すぐに先ほどとの違いに気がついたのだろう。ロザリアが歓喜の声を上げた。


「お兄様、お上手ですわ!」

「そりゃまあ、自分の髪を乾かすときに使っているからね」

「ずるいですわ、お兄様だけ」

「あはは……冷温送風機が完成したら、いつでもこの風で髪を乾かすことができるよ」


 そうは言ったものの、どうやらロザリアは俺が作り出す、まるでドライヤーのような風が気に入ったようであり、乾いたのにもっともっととせがんできた。しょうがないので、ロザリアの気が済むまで付き合うことになった。


 その後はもちろん俺の部屋のベッドで、俺にベッタリとくっついて眠った。お兄さんはロザリアがお兄さん離れできるのか、心配になってきたよ。


 翌日は「初級体力回復薬」の改良をすることにした。本当は「冷温送風機」を完成させたかったのだが、さすがに昨日の今日では木材を手に入れることはできなかった。明日以降のお預けである。

 そうなると、今日もロザリアの髪を乾かすことになるな。いや、今日は髪を洗わないという可能性が残っているかも知れない。


 魔道具の仕上げができないのなら、午前中のこの時間に魔法薬を改良してしまおう。そうすれば、午後からの訓練場の視察で差し入れすることができるからね。人体実験をしたいからでは決してない。


 前回の魔法薬作成で懲りたのか、ロザリアがついてくることはなかった。嫌われたな、魔法薬。魔法薬を作る部屋にこもると、さっそく作業に取りかかった。


「それじゃ、からみ成分の抽出からだな。えっと、やっぱり別の液体に抽出するのがいいよね? それなら……タブノール溶液を使ってみるかな。これなら無味無臭だし、安全性も太鼓判をおされているからね」


 体力回復効果は薄れるかも知れないが、それならそれでいいか。前回のは効き過ぎたような気がするし、中毒になってしまったら困るからな。疲れたときに「一本いっとく?」くらいの効果に収めておきたい。


 初級体力回復薬を分液漏斗に入れ、そこに少量のタブノールを入れる。それを中の液体がこぼれないように、しっかりと手でフタを押さえてから良く振り混ぜる。

 振り混ぜたあとに静置しておくと、二層に分離した。この下の層にあるのが初級体力回復薬である。上層のちょっぴり赤い液体に、からみ成分が抽出されているはずだ。


 この抽出作戦はうまくいったようで、からみ成分がなくなっていた。その分、効果が薄れていた。計算通り。色もさっきよりかは薄くなっているような気がする。

 試しに飲んでみたが、匂いも、味もなかった。もちろん、爽快感もなかった。


「効き目はあると思うんだけど、体力が減っていないからなのか、効果が分からないな。それに、やっぱりのどごしが良くないな。栄養ドリンクと言えば、やっぱりのどごしだよね」


 俺は魔法薬の素材が置いてある棚から炭酸石を取り出した。これを分離した下層の液体に放り込んだ。すぐにシュワシュワと泡が出始めた。そう、これはただの炭酸水を作る素材だ。もちろん、別の使い道もある。

 そして甘くするために砂糖を大量に投入する。砂糖の効果で脳にもすぐに栄養が行き、脳の活性化も見込めるはずだ。


 初級体力回復薬:高品質。体力を回復させる。効果(小)。炭酸。甘い。元気ハツラツ。


「できたぞ。色は黄色じゃないけど……それに最後の一言はなんだ?」


 目の前にはシュワシュワと音を立てる赤い液体があった。グイッと一気に飲み干す。


「プハッ! これだよこれ。後は冷たければ、なお良しだな」


 炭酸が抜けないように、魔法薬瓶に詰めて厳重に封をすると、それらを持って騎士団の訓練場へと向かった。

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