第49話 清潔さを求めて

 新しい味の初級回復薬も、新しい魔法薬の初級体力回復薬も、どちらも騎士団で採用されることになった。最近疲れが取れなくて……と憂鬱そうに言っていた騎士が、初級体力回復薬を飲んでシャキッと元気ハツラツになったときには、この魔法薬を提供しても本当に大丈夫なのかと思ったくらいだ。


 唯一の欠点である「からい」ということが抑止力となっているようで、みんなが試すと言い出さなかったのがさいわいだった。もしかしたら、その抑止力のためにわざとからくしてあるのではなかろうか?


 改良版は味を良くする代わりに、効果を少しだけ弱くしようと思う。さすがにあのハツラツとした集団は、怪しげな薬をキメている集団にしか見えない。試して良かった。


「お兄様、ここは匂いが良くないですわ」


 妹のロザリアが眉にシワを寄せていた。俺はもう慣れているけど、小さな淑女であるロザリアにはきついようだ。だが、確かにロザリアが言うように、訓練場の清涼感は非常に悪いと言えるだろう。


 今も井戸からくんできた水をそのまま頭からかけて、体を清めている。井戸水が汚いとは言わないが、さすがに体を洗うわけではないので、匂いや汚れはそれなりにしか取れないみたいだった。


「ロザリアの言う通りだね。それじゃ、騎士たちがスッキリするような魔道具を作ってみようかな」

「お兄様、見学しても良いですか?」

「それはまあ良いけど……」


 どうしよう。『クラフト』スキルを使うのはさすがにまずいよね? それならハンマーでたたいて地道に作っていくしかないか。

 次にすることが決まった俺は、ライオネルたちに挨拶をすると屋敷へと戻った。




 夕食の時間までは魔道具作成タイムである。これから作る魔道具は無数の小さな穴から水が出る魔道具、シャワーである。

 まずは設計図からだな。これがないと、だれかに作ってもらうことができない。


 俺の方針は「自分に必要な分だけ作ったら、あとはだれかに丸投げする」である。そのためにはどうしても設計図がいるのだ。「自分たちで分解して調べてね」とすると、その魔道具がいつ量産されるのかが分からない。その間、俺が作り続けるとか、ごめんである。


 今回作ろうとしているシャワーの魔道具も、前回作った「お星様の魔道具」と同様に、ゲーム内では存在しなかった魔道具である。ゲーム内に存在しない魔道具でも、ひらめきさえあれば作れることが判明したので、せっかくならみんなが喜んでくれる魔道具を作ろうと思っている。


 机の上で設計図を書いていると、ロザリアがのぞき込んできた。邪魔したら悪いと思ったのか無言だ。そう言えば、ロザリアも魔道具に興味があるんだったな。簡単なランプの魔道具を作らせてみようかな?


「ロザリアも何か作ってみるかい?」

「良いんですか!」

「もちろんだよ。それならまずは一番の基本になるランプの魔道具から作ってみようか」

「はい、よろしくお願いしますわ!」


 光り輝くような笑顔を向けるロザリアの頭をなでて、必要な道具を用意した。最近ロザリアの頭を無意識になでてしまう癖があるな。気をつけないと「いつまでも子供あつかいするな」と言われかねない。


「これが魔導インクでこれが燃料になる魔石。それでこっちが入れ物を作るための鉄板だよ」


 目をランランと輝かせてロザリアが見ている。これは以前からかなり興味があったみたいだな。淑女のする趣味ではないと教えられたのかな? そんなこと気にしなくて良いのにと思うのは、俺が元々はこの世界の住人でないからだろうか。


「いいかい、ロザリア。この紙に書いてあるのと同じ模様を、この板に描くんだよ」

「分かりましたわ!」


 元気良くそう答えると、すぐに模様と格闘し始めた。これが描けるようにならないと魔道具が作れないからね。頑張ってもらおう。その間に俺はシャワーの設計図を書き終えてしまおう。

 設計図が形になってきたころに「夕食の準備ができた」と使用人が呼びに来た。


 いつもはにぎやかな夕食も、今日からしばらくは二人だけ。ガランとしたダイニングルームが普段よりも広く感じてしまう。目の前に座っているロザリアも無言で食事をつついていた。


 ここで俺が哀愁に浸ってどうする。まだ社交界シーズンは始まったばかりだぞ。自分にそう言い聞かせた。


「ロザリア、魔法陣は上手く描けそうかな?」

「もう少しで完成しますわ。そのときに見てもらえますか?」

「もちろんだよ。最初から上手くいかないとは思うけど、根気よく続けるんだよ」

「はい。お兄様の方はどうなのですか?」

「もうすぐ設計図ができあがるよ。でも作るのは明日からになるかな? ちょっとうるさくなるからね」


 本当は夜のうちにコッソリと『クラフト』スキルを使って魔道具を作ろうかと思っていたのだが、それをするとロザリアがガッカリするだろうからやめた。ロザリアはきっと、俺がどうやって作るのかを見たいはずだからね。


 それにロザリアが描いている魔法陣が完成すれば、ランプの魔道具を作ることができる。ついでにハンマーの使い方を教えてあげれば、一石二鳥である。

 それからは二人で魔道具のことについて話しながら食事を続けた。

 使用人はちょっとあきれた感じではあったが、何も言わずに見守ってくれた。


 食事が終わればお風呂タイムからの就寝である。おなかがこなれるまでサロンでロザリアと一緒にノンビリと遊んでいると、お風呂の準備ができたと言われた。


「お兄様、一緒にお風呂に入りましょう」

「そうだね」


 うん、そうなると思っていたよ。九歳と六歳。ギリギリ一緒にお風呂に入るのが許される年齢かな? でもこのことがクロエやキャロに知れ渡ったら、面倒なことになるかも知れない。

 変な目で見られるならまだいいが、一緒にお風呂に入ると言いかねないからな。さすがにそれはまずいわ。

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