第43話 誤解

 クロエの眉間にシワが寄った。その目が疑うようなジットリとした目つきになっている。クロエの顔には「怪しい」と書いてあるような気がした。


「ふ~ん、なるほどね~。私は知りたいなぁ、ユリウスの秘密」

「だれだって人には言えない秘密がいくつかあるものだよ。クロエにもあるんじゃないかな?」


 俺の言葉に「う~ん」と考え込むクロエ。王族と言っても、言えない秘密の一つや二つ、あってもおかしくないだろう。


「そうね、あるかも知れないわ。でも、あなたたち、何か私に隠してない?」

「だから秘密の一つや二つくらい……」

「そうじゃなくて、二人だけで秘密を共有してないかしら?」


 う、鋭い! どうして女の子はこんなに鋭いんだ。どうしよう。思わずキャロの方を見ると、目が合った。その光景を敏感に察知したクロエ。


「ま、まさかあなたたち、私の知らないところで、キ、キスを!?」

「してないから!」


 想像力がやけに豊かだな、おい。いや、豊か過ぎるぞ。クロエがいつもそんなことを考えているんじゃないかと邪推してしまうぞ?


「お兄様?」


 クロエの発言が聞こえたのか、妹のロザリアが飛んできた。その目はすでにつり上がっている。とんだ誤解だ!


「本当にそんなことしてないから。あんな人がたくさんいるところでキスなんてできるわけないだろう?」

「ふ~ん。それじゃ、人がいないところならキスをしたのかしら?」

「お兄様!」


 アカン。これは言葉が全然通じないパターンだ。完全に変なスイッチが入っている。キャロは……その光景を想像したのか、真っ赤な顔をしてうつむいている。

 キャロ、それはやりましたって言っているようなものだぞ!


「だから違うって。婚約者でもない人にそんなことできるわけないじゃないですか。クロエだって、そんなふしだらなことしないでしょう?」

「……相手によってはするかも?」

「クロエ、恋愛小説の読み過ぎです。もっと幅広い本を読むことをおすすめしますよ」


 だれだクロエにそんな本ばかりすすめたやつ。……ダニエラ嬢かな? ありえそうだ。

 王族は基本的に政略結婚になる。だから恋愛に憧れるのはしょうがないのかも知れないが、恋愛小説の内容を鵜呑みにするのは良くないと思う。


 図星だったのか、うつむくクロエ。ちょっとかわいそうだが、あらぬ誤解を生むよりかはずっとマシである。俺とキャロがいつの間にかそんな関係に? なんてウワサされると、お互いに困ることになるだろう。


 貴族社会は大人のウワサだけでなく、子供のウワサもすごい勢いで広がって行くのだ。アレックスお兄様とダニエラ嬢、ヒルダ嬢の関係も、すぐに広がるはずだ。いや、両親がハイネ辺境伯を訪れたということは、すでに広がっているのかも知れない。


 気まずい空気になったところで、それぞれの両親が迎えに来た。俺たちはそのまま玄関まで見送った。




 夕食時のダイニングルームには疲れた顔がそろっていた。さすがの両親も疲れているようだ。みんな無言で夕食を食べている。


「久しぶりにこちらに来てみたら、ずいぶんと疲れておるな」

「ええ、さすがに国王陛下がいらっしゃれば、気を遣いますよ」

「ハッハッハ、まだまだ経験が足らんな」


 お爺様が笑っている。現在のハイネ辺境伯の当主はお父様である。当主を譲ったお爺様はお婆様と一緒に別館で優雅な暮らしを送っていた。少し早い引退は、色んなしがらみから離れたかったからなのかも知れない。性格が豪快なお爺様だけに。


「アレックスは気になる女の子は見つかったかな?」


 突然のお爺様の振りに、アレックスお兄様がゴホゴホとせき込んだ。どうやらあまり突かれたくなかったらしい。


「そ、それが、その……」

「ハッハッハ! 煮え切らん返事だな。まあ、焦ることはない。運命の相手など、そう簡単に見つかるものでもないし、見つかってもどうにもならんことが多いからな」


 基本的に長男は政略結婚になるからね。アレックスお兄様もそれに従うはずだ。そして次男以下はどうなるかは分からない。


「カインとユリウスはどうだ?」

「私はまだ……」

「私もまだです」


 苦笑いするカインお兄様に対して、俺はキッパリと言い切った。ここで言いよどめば、ロザリアがまた嫉妬する。そうなれば、ロザリアがどんな行動を起こすか分からない。

 俺の風呂に突撃してくる? それとも、俺の布団に忍び込もうとする? どちらにしても、ロザリアの取り扱いに非常に困る。


「あれ? ユリウスには気になる子がいるんじゃないかな?」


 ニヤニヤするアレックスお兄様。どうして俺を巻き込むんだ。俺に何か恨みでもあるのか? やられっぱなしでは終わらんぞー!


「いえいえ、アレックスお兄様にはかないませんよ。アレックスお兄様は両手に花みたいで、うらやましいですね。どちらを選ぶおつもりですか?」

「なな、何を言っているのかな、ユリウス。選ぶだなんてとんでもない。私は選んでもらう方だよ」

「なんだなんだ? ワシの孫は女一人選べんのか?」


 ガッハッハと笑うお爺様がピタリと笑いを止めた。何だか周囲の空気が氷点下まで下がったような気がする。

 お婆様だ。お婆様が針のように細くした目でお爺様を見ている!


「あー、なんだ、その……しっかりと相手を見極めるのだぞ。ワシの妻のように、しっかり者を選んだ方が、頼りがいがあって良いぞ。特にアレックスは将来、このハイネ辺境伯を継ぐことになるのだ。共に支え合える人を妻に選んだ方が良い」


 チラチラとお婆様を確認するお爺様。お婆様の冷気が弱まった。どうやら何とか及第点をもらうことができたようである。

 何歳になっても、女性は怖い。男性陣が震えているのは寒さのせいだけではないだろう。

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