第44話 お休みの

 食事が終わり、風呂にも入った。後は寝るだけである。

 それにしても今日はドッと疲れたな。国王陛下の存在があるだけで、あれだけ神経がすり減ることになるとは思わなかった。


 神経がすり減ると言えば、クロエとキャロとの関係もそうだな。二人が俺のことをどう思っているのかは分からないが、ありがたいことに、嫌われてはいないようだ。むしろその逆に、好意を寄せられていると思う。それだけに厄介だ。


 俺の描いている壮大な未来予想図では、結婚するなら庶民だと思っている。そもそも俺自体が成人すれば庶民になるし、それを回避するために、貴族の一人娘のところに婿養子に行くつもりもない。


 つまり、庶民になるので、結婚するなら庶民で、ということである。それならば、王族のクロエや侯爵家のキャロと結婚するわけにはいかないだろう。俺には二人が庶民の生活をできるとは思えない。


「お兄様ー」


 コンコンとノックする音が聞こえる。妹のロザリアだ。ドアを開けてあげるとトコトコと入って来て、ベッドの上に座った。


「どうしたんだ、ロザリア?」

「お兄様、キャロお姉様とキスしたんですか?」

「してないから」


 俺は天を仰いだ。どうやら妹も想像力が豊かなようである。いや、これはクロエが悪いのかも知れない。おのれ。


「さっきも言ったように、婚約者でもない人にそんなふしだらなことはしないから」

「それではお兄様、妹ならどうですか?」

「え?」


 何を言っているんだ、妹は。まあ、確かに家族なら、ほっぺにチューくらいはするのか? お父様とお母様がやってるところを見たことはないが。でも確かに、小説なんかではほっぺたに挨拶代わりにしてるよね。


「あり、なのかな?」

「絵本にも描いてありましたわ」

「え、そうだっけ?」


 そんな絵本、あったかなー? 挨拶のキスを交わすシーン。昔の記憶とゴチャゴチャになっているので、ハッキリしないな。


「お父様とお母様もお休みのキスをしてたわ」

「あー、確かに」


 まだ俺が小さくて、両親と同じ部屋で寝ていたころ、そんなことしていたような気がするな。その後ギシギシベッドがきしみだしたので、慌てて布団に潜り込んだけど。


「だから大丈夫よ!」


 ロザリアが確信に満ちた顔でこちらを向いている。家族だし、妹だし、大丈夫かな?


「分かったよ。お休み、ロザリア」


 そう言ってロザリアのプニプニのほっぺたに軽くキスをした。ほっぺたを両手で押さえるロザリア。何だかかわいいぞ。さすがは俺の妹だ。


「私もしてあげるー!」


 俺の返事を待つこともなく、俺のほっぺたにキスをするロザリア。

 俺たち兄妹だから大丈夫だよね?




 それからの日々はクロエが遊びに来たり、キャロが遊びに来たりとした日々だった。

 もちろん、二人が来ないときは、ジャイルとクリストファーを連れて街を回ったり、ファビエンヌ嬢やエドワード君たちと交流を深めたりしていた。


 エドワード君からはうらやましがられたが、自分が三男で、相手方が苦労すると言うと「そうだよね」という顔になった。エドワード君も俺と似た境遇だ。自分の力で功績を上げなければ、結婚相手を幸せにすることはできない。


 そうこうしているうちに、夏休みシーズンが終わりを告げた。夏が終われば社交界のシーズンである。避暑のためにハイネ辺境伯領を訪れていた貴族たちは足早に自分の領地へと帰って行った。


 当然、クロエとキャロも自分の家へと帰ることになる。何だかんだで仲良くなった二人は別れを惜しんでいるようだったが、キャロも社交界シーズンには一緒に王都に行くらしい。また会えると分かって、クロエは喜んでいた。


「ユリウスも王都に来るのよね?」

「いや、行かないです」

「なんで!?」

「なんでと言われましても……ハイネ辺境伯家では王都に行く人が決まっているのですよ。特に用がなければ王都に行くことはないですね」

「私に会いに行くって言えばいいじゃない」

「いや、それはちょっと」

「なんで断るのよ!」


 クロエがキーキー言っているが、さすがにそれは無理だろう。俺とクロエがそのような関係があるように見られてしまう。ただでさえ、アレックスお兄様の婚約者候補として、クロエの姉のダニエラ嬢が有力候補なのだ。そこにさらにクロエと俺が婚約者になったら、いくらなんでもハイネ辺境伯家と王家との関係が近すぎる。


 それに王家としても、ハイネ辺境伯家としても、縁を結ぶなら一組で十分だ。他の駒は別の用途に使いたいと思うだろう。特に王家は。

 でもこれをクロエに言ったらあまりにもかわいそうだよな。さすがに言えない。


「妹のロザリアがハイネ辺境伯家に残るのですよ。妹一人をおいて行くわけにはいきません」

「ロザリアちゃんも一緒に来ればいいじゃない」

「まだロザリアは六歳ですよ? 王都に行っても何もすることがありませんよ。それならハイネ辺境伯領にいた方が、勉強もできますし、友達もいますからね」


 ロザリアにも当然、俺についているジャイルとクリストファーのような人物がいる。その子たちとの交流もあるのだ。一緒に遊んだり、勉強したりと領地にいればやることはたくさんある。


「そうなのね。残念だわ」


 残念そうにしているクロエには悪いが、俺は王都にはあまり興味がないんだ。むしろ王都に行けば、クロエに王城に呼び出されるんじゃないかと思っている。たぶんクロエならそれをするだろう。


 そんなわけで、何とか王都行きを回避することに成功した俺は、妹のロザリアと一緒にハイネ辺境伯領に残ることになった。

 カインお兄様についてだが、お父様たちと一緒に王都に行くことになっている。

 何と来年から王都の学園に通うことをお父様に許されたらしい。いつの間にそんなことに。

 

 詳しく聞いてみると、どうやら俺が発案した競馬でかなりの収益を上げているらしい。ハイネ辺境伯領を訪れる人の数が増えて、領内にお金が入ってくるようになった。それによって税収も過去最高をたたき出しているらしい。


 そんなわけで、お金に余裕ができた。そのため、カインお兄様も王都の学園に通うことが許されたのだ。カインお兄様からはもちろん感謝された。

 この分だと、ユリウスも王都の学園に入学できるんじゃないか? と言われたが、丁重にお断りした。


 別に王都の学園に行く必要はない。領都の学園でも魔法薬を教えてくれるのだ。

 王都の学園に行っても、魔法薬の授業はそれほど変わらないだろう。それならば、わざわざ高い授業料を払ってまで行く必要はない。


 カインお兄様は王都での一人暮らしに憧れているようだが、俺はすでに経験済みだからな。そしてその経験から「身の回りのことはだれかにしてもらった方が楽」という結論にいたった。今の境遇に何の不満もないのだ。


 お願いすれば物は買ってきてもらえるし、部屋の掃除もしてくれる。サロンに行けば、お茶の用意もしてくれる。最高じゃないか。なぜ、嫌がるのか。

 それに将来は自分一人で何もかもすることになるのだ。それまでは今の生活を満喫したい。

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