第41話 異常事態
第一レースは俺の予想通り四枠の馬が一着でゴールした。会場では大きな歓声が上がっている。国王陛下が喜んでいるところを見ると、どうやら当たったみたいである。
あの日から競馬は何度も行われているのだが、いまだに単勝しかなかった。理由は二つ。計算が面倒になることと、接戦になったときの順位判定が難しいからだ。
写真判定ができれば良かったのだが、写真はまだない。判定によっては大きな問題を引き起こしかねない。そんなわけで、現在のところは一着の判断がどうしてもつかない場合は無効レースにすることで対応していた。
「私の予想は当たったけど、馬券を買えないのよね。残念だわ」
クロエが深いため息をついた。そんなにギャンブルがしたかったのか。どうやらクロエは、国王陛下のギャンブル好きの血を濃く受け継いでいるようだ。先ほどのレースを当てた国王陛下は、次のレースも馬券を買うようである。
次のレースの馬が次々と目の前を通り過ぎていく。今度は二枠が良さそうだな。
「ユリウスは次のレース、どの馬が一番になると思う?」
クロエがニッコリと笑いながら聞いてきた。ロザリアもキャロもこちらを見ている。俺の予想が気になるのかな? 別に馬券を買うわけでもないだろうし、答えても問題ないか。
「二枠の馬の調子が良さそうですね。私なら二枠の馬券を買いますね」
「あら、奇遇ね。私も二枠の馬が一番になると思うわ」
奇遇、なのか? もしかしてクロエは『鑑定』スキルを持っているのかも知れない。それとももしかして、未来が見えている?
「それなら二枠の馬で間違いなさそうですね」
笑って答えたが、これって、もしかしなくてもあまり良くないよね? だって、スキル持ちの人が断然有利になるからね。すべてのレースで一着を当てることも不可能じゃないのだ。
これは何かしらの対策を採るべきなのかも知れない。レースの前に馬を見せるのはやめた方がいいな。馬券購入が終わってから見せるようにしよう。
そんなことを考えているうちに第二レースが始まった。レースは俺とクロエの予想通り、二枠の馬が一着でゴールした。国王陛下はまた当てたようである。
あれ? もしかして国王陛下も何かが見えているのかな?
「すごいですわ、お兄様! 当たりましたわ」
「ありがとう。あの馬は毛並みが良かったからね。調子が良さそうな気がしたんだよ」
「あら、そうですの? てっきり私は……」
みんなの視線がクロエに集まった。気まずい表情をしている。
「な、なんでもないわ!」
プイと視線を外したクロエ。これは間違いなく何かが見えているな。
クロエの怪しい言動を気にしつつもレースは進んでいった。お父様は馬が目の前と通過する度に、国王陛下に馬の紹介をしているようだった。それを聞いた国王陛下がしきりにうなずいている。近くにいるミュラン侯爵も同じようにうなずいていた。
どうやらうまいこと馬を売り込んでいるようである。これでハイネ辺境伯産の馬が、国王陛下も認める品質の馬となれば、ますます売れるようになるだろう。ここ、ハイネ辺境伯がスペンサー王国での名馬の産地となる日も近いのかも知れない。
太陽が頂点に達し、そろそろ昼食かなと思っているときに、何やら問題が発生したようである。競馬場では度々起こることなので、特に慌てることはなかった。お父様が指示を出すと、警備の衛兵が敬礼して去って行った。
「どうしたのでしょうか?」
キャロが不安そうな顔で聞いてきた。俺の袖をちょこんとつまんでいる。大分おどおどした感じはなくなっていたのだが、何かトラブルがあるとすぐに弱気な性格に戻ってしまうようである。これは安心させないとダメなやつだな。
「大したことではありませんよ。競馬を開催しているときには良くあることです。たぶん、馬券に外れた人が暴れてるだけだと思いますよ」
「そ、それって大丈夫なのですか?」
「大丈夫。そのための衛兵ですからね。日頃から鍛えていますよ」
「あら、それなら見に行っても大丈夫かしら?」
クロエに野次馬根性があるのかは分からないが、目を輝かせている。きっとこれまで手荒い光景を見たことがないのだろう。本でしか読んだことがないような光景を見られそうだと、ドキドキしているのかも知れない。
「万が一のことがあってはいけませんからね。やめておいた方が良いでしょう」
「そ、そうですわ。危険ですわ」
キャロも反対のようである。ロザリアも当然反対だ。ワイバーンに襲われたときのことを思い出したのか、俺の腕にタコのように張り付いている。
だが、すぐに解決すると思っていた騒ぎはますます大きくなっていた。
「ライオネル、何があった?」
お父様もさすがに何かあったと思ったようだ。国王陛下たちを避難させつつ状況の再確認を指示している。俺も気になって騒ぎになっている方を見た。
どうやら一人ではなく、複数人の男が暴れているようである。
一人なら捕まえることはたやすいだろう。しかし複数人になると、途端に難易度が高くなる。しかも、どうやら相手は貴族のようだ。そうなると、衛兵たちも手を出すのに慎重になってしまう。
両腕の圧が強くなってきた。見ると、妹のロザリアとキャロの顔色が悪い。その一方でクロエは目を大きくして見つめていた。もっと近くで見たそうな様子である。早いところ何とかしないと。
こうなったら『ホールド』の魔法であの貴族を押さえ込もう。無詠唱で使えばバレないはずだ。あの貴族の動きを封じ込めることができれば、あとはどうにでもなるはずだ。
俺は衛兵の動きを見て、タイミングを計った。今だ!
「!? ユリウス……?」
ホールドの魔法は寸分違わず貴族を押さえ込んだ。それに乗じて衛兵が次々と騒いでいる男たちを拘束していく。しかしどうやら、密かに俺が魔法を使ったことにキャロが気がついたようである。
もしかしてキャロは魔力の流れを見ることができるのか? 確か斥候のスキルに『魔力感知』スキルがあったはず。ゲーム内ではその痕跡をたどって、エリアボスがいる場所を探していたはずだ。
これはバレた可能性があるな。これ以上、大事にしないためにはキャロの口を封じておく必要がある。
俺は自分の唇に人差し指を立ててキャロを見た。キャロがコクコクと無言で首を縦に振ってくれた。これでたぶん、大丈夫なはず……だよね?
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