第40話 それぞれの思惑

 使用人が武装した騎士に連れられた一団を連れて来た。普段の威厳のある服装よりも何段階がグレードを下げた服を着ていたが、それでも得体の知れぬ迫力がある。国王陛下だ。

 よくこれで周囲の人にバレなかったものだと感心した。


 その隣には王妃殿下、そしてダニエラ嬢とクロエがいた。二人は前回我が家を訪れたときと同じような控えめな服装をしており、王妃殿下はお母様と似たような服を着ている。これならちょっと高位の貴族にしか見えない。さすがだ。


 何度も国王陛下に謁見したことがあるであろうお父様も、さすがに緊張した様子で挨拶をしていた。そしてそれはミュラン侯爵も同じだった。

 そんな状態だったので、俺たち子供組も大いに緊張していた。ぎこちない感じで挨拶を交わす。


 国王陛下を直接見たのは初めてだが、やはり上に立つ者のオーラがあるな。向こうはなるべく抑えているようであったが。

 挨拶が終わると、すぐにクロエがこちらにやって来た。目的はもちろんぬいぐるみだろう。


「ユリウス!」

「クロエ様、約束の物を用意しておきました」

「もう、固いわね。いつものように呼び捨てでいいわよ」


 いや、クロエは良くても、この場で呼び捨てするのはどうかと思うんだけどな。どうしようかと迷っていると、国王陛下と目があった。


「この場は公の場ではない。これまで通りの付き合い方で構わんよ」

「ハッ! 御意に」


 頭を下げる俺。国王陛下の命令ならしょうがないね。これを聞いた他の人たちも従うはずだ。下手な遠慮をすると、王命に従わない不埒なヤツと思われるかも知れない。


「クロエ、これが約束していたネコのぬいぐるみだよ。ケンカしないようにダニエラ様と同じにしておきました」


 クロエに二つのぬいぐるみを渡した。クロエはそれを抱きしめると、二つとも欲しそうな目をしていた。よっぽどネコが好きみたいである。たぶん、気に入ったのだろう。


「二つともくれるの?」

「いえ、一つはダニエラ様に渡して下さい」


 困ったことになりそうだぞ。まさか姉妹ゲンカとかしないよね? 不安に思っていると、すぐにダニエラ嬢がこちらへ来てくれた。なぜか王妃殿下もついてきている。まさか……。


「まあまあ、本当にかわいらしいぬいぐるみね。ダニエラの言った通りだわ。私も欲しくなってきちゃったわ」


 そう言いながらクロエが抱えていたぬいぐるみをうらやましそうな目で見ていた。これはアレだな、王妃殿下も欲しいって言うパターンだな。

 クロエがダニエラ嬢にぬいぐるみを渡しても、ジッと見つめていた。


「ちょっとお母様、かわいいものに目がないのはお母様の悪い癖ですわ。そんなに欲しそうな目で見られたら、何だか罪悪感を感じてしまいますわ」


 あきれたようにダニエラ嬢がそう言った。クロエもダニエラ嬢もぬいぐるみをしっかりと抱きしめていた。王妃殿下はかわいいもの好きだったのか。初めて聞く情報だな。


「あらあら、ちょっとくらい良いじゃない。減るものでもないのに。このぬいぐるみはユリウスちゃんが作ったってお話だったけど、本当なのかしら?」

「え、ええ、本当です。素人が作ったものなので、売り物にはできませんが……」

「そんなことないわよ。ユリウスが作ったぬいぐるみは最高よ。だから今度はウサギちゃんが欲しいわ!」


 おい、ちょっと待てクロエ。何、しれっと新しいぬいぐるみを注文しようとしているんだ。ほら、王妃殿下も欲しそうな顔をしているじゃないか。これはまずい。

 助けを求めてお父様を見た。


「それではそろそろ競馬場を案内したいと思います。我がハイネ辺境伯領で育てられている最高の馬をご案内しましょう」

「おお、それは楽しみだな。案内を頼むぞ」

「かしこまりました」


 ナイス、お父様。これで何とかこの場をしのぐことができたぞ。後は何とかごまかせば、きっとうやむやにすることができるはずだ。




 そんな風に思っていたのだが、思った以上に女の子の圧が強かった。なぜか俺の周りに妹のロザリアだけでなく、クロエとキャロがつきまとっている。アレックスお兄様にはもちろんダニエラ嬢とヒルダ嬢がついている。ボッチのカインお兄様がちょっと寂しそうだ。

 代われるものなら代わってあげたい。


「見事な艶だな」

「あの馬は足の速さはもちろんのこと、持久力も非常に高いのですよ。その向こうの茶色の馬は非常に力があります。馬車を引かせるのに向いています」


 お父様が我が領の馬を国王陛下に売り込んでいる。国王陛下が気に入って馬を買ったとなれば、ハイネ辺境伯領の馬に箔がつく。そうなると、他の領地から馬を買いに来る人たちがますます増えることだろう。


 そうこうしているうちに、本日の第一レースが始まる時間が迫ってきた。馬券売り場には人が並んでいる。使用人の姿をした人たちの姿も見える。おそらく貴族が馬券を買いに行かせているのだろう。


「ねえ、私たちも馬券を買えるのかしら?」

「残念ながら、成人するまで無理ですね」

「どうして?」

「犯罪に巻き込まれないようにするためですよ」


 俺の答えにクロエは取りあえず納得してくれたようである。第一レースの出走馬を『鑑定』しながら状態をチェックした。どうやら四枠の馬の調子が良さそうだ。

 国王陛下たちも馬券を購入するみたいである。ギャンブル好きなのかな? ただの娯楽の一つとして見てもらえるといいのだけど。


 レースがスタートした。目の前を馬が走り抜けて行く。その迫力は何度見ても心が躍るものだった。馬に乗れたら気持ち良いんだろうな。まだ子供なので乗馬はさせてもらえなかった。乗馬の練習をしているカインお兄様を見て、うらやましく思っていた。


「す、すごい迫力です。こんなに速かったのですね」

「すごいでしょう? 普段は馬がこれほど全力疾走する姿は見られないですからね。初めて見た人はみんな驚きますよ」


 目を白黒させているキャロがかわいかった。当初のおどおどした感じもすっかりなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る