第26話 王都への旅立ち

 すっかりと雪も溶け、地表に緑が見え始めたころ、いよいよアレックスお兄様が王都へ旅立つ日がやってきた。

 王都へ向かうのはアレックスお兄様と数人の護衛のみ。荷物は大きな鞄に四つ分である。


 個人的にはそんなに持って行くものあるかなぁと思ってしまう。学園ではみんな制服だし、休日に出かけるにしても、そこまで服はいらないと思う。むしろ部屋を圧迫して、狭く感じるのではなかろうか。


「アレックス、気をつけて行くように。ハイネ辺境伯の一族として、恥ずかしくない行動をするように」

「気をつけてね。ちゃんと手紙を書くのですよ」

「もちろんですよ、お父様、お母様」


 アレックスお兄様が自信に満ちた顔で答えた。学園に行くのを楽しみにしていたもんな。俺とカインお兄様を相手に、しきりに学園のトリビアを教えてくれたしね。そのおかげでカインお兄様も王都の学園に行きたがっているし。


「お兄様、お土産話を楽しみにしていますね!」

「もちろんだよ、カイン。ちゃんと日記に書いて、忘れないようにしておくよ」

「アレックスお兄様、これは私からの差し入れです」


 俺は袋を差し出した。中身を確認するアレックスお兄様。


「これは……回復薬と解毒剤?」

「そうです。学園で何があるか分からないですからね。それがあれば、後ろから刺されても、食べ物に毒を入れられても大丈夫なはずです!」

「あ、ありがとう、ユリウス。なるべくこれのお世話にならないようにするよ」


 お父様とお母様はそんなアレックスお兄様の様子を、疑うように目を細めたまなざしで見ていた。どうやらアレックスお兄様がプレイボーイであることを知っているようである。

 たぶんその性格はお父様に似たのだと思うけど違うのかな?


「お兄様、行ってらっしゃい! 悪い女の子にだまされちゃダメよ?」

「う、うん。気をつけるよ。ありがとうロザリア」


 完全にアレックスお兄様の顔が引きつっていた。さすがはロザリア。かわいい顔して言うことがストレートである。

 そんな微妙な顔をした馬車が王都へ向けて出発した。今の時期から行けば、確実に王都の入学式に間に合うだろう。それどころか、早く学園に着くので、着いた先で自由を満喫しているのかも知れない。


 親の目が届かないという点を考えると、王都の学園に行くのも楽しいかも知れないな。俺は領都の学園に通うつもりだけど、ちょっと良いかもと思ってしまった。カインお兄様が行きたがるのも分かる気がする。




 それから一年が経過した。その間に、ハイネ辺境伯領では着々と草競馬の準備が整えられていった。

 曲がりなりにも俺は草競馬の発案者であり、責任者でもある。競馬人気の高まりによって、忙しく動いていた。だれか代わってくれ。

 そんなある日。


「ユリウス様、最近はずいぶんと大人しいですな」

「それはどう言う意味かな? ライオネル」

「御館様からユリウス様をしっかりと見張っておくようにと言われておりましてね。その静けさの裏で何かやっていないかと思っただけですよ」


 ライオネルが何でもないように言った。だが言われた方はちょっと傷つくぞ。どうやら俺はトラブルメーカーのように思われているようだ。そんなつもりはまったくないのに。

 むしろ逆に、良いことしかしていないじゃないか。


「特に何もないよ。新しい素材が手に入ったわけでもないから、新しい魔法薬は作れない。魔道具に関しては、魔道具師になるつもりがないからなぁ」

「残念ですな。ユリウス様が何か新しい産業を生み出すのではないかと、みんな期待しておりますよ」

「勘弁してくれ。もう少しでぬいぐるみ職人にされるところだったんだぞ」


 お母様とロザリアにあげたぬいぐるみがどうもちょっとした騒ぎになったらしかった。原因は、ハイネ辺境伯家にお茶会にきた夫人たちに、お母様がぬいぐるみ自慢をしたことが始まりである。


 欲しいという人が現れ、お母様に頼まれていくつか作ることになったのだ。そしてその数がだんだんと増えてきたところで、ぬいぐるみの設計図をハイネ辺境伯家のお抱え服飾店に渡した。


 ほどなくして、服飾店でも作られるようになったのだが、どうも俺が作ったぬいぐるみの方ができが良いらしい。そのため今でも俺に作ってもらえないかと頼まれるくらいなのだ。もちろん断っている。


「ハッハッハ、ユリウス様は誠に多才ですな。それだけ才能があれば、将来お金に困らなそうですな」

「そうだな。でも俺は将来、魔法薬師になるつもりだからな。他はおまけだ」

「御館様が言うように、ユリウス様は本当に欲がありませんな」


 ライオネルが再び愉快そうに笑った。欲と言われてもなぁ。お金があっても、使い道がないんだよね。娯楽がほとんどないし。

 ん? 娯楽?


「ライオネル、ちょっと作りたい物があるんだ。どこかに木材が余ってないかな?」

「木材なら騎士団の宿舎に資材として置いてありますぞ。使うなら持って来させますが……」

「いや、その必要はないよ。俺がそこに行くよ。案内してくれ」

「かしこまりました」

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