第23話 お茶会

 第一回ハイネ辺境伯競馬での最高配当金は、馬券一枚につき小銀貨六枚だった。つまり、最高六倍だったということだ。

 初回だったし、単勝だったのでこんなもんだろう。それでもみんな楽しんでもらえたようである。早くも、次の競馬はいつなのか? という問い合わせが殺到しているらしい。


「思ったよりも賑わいましたね、お父様」

「ユリウス、これは我が一族が先導して行う事業だぞ」

「そこまでですか?」

「そうだ。規模を拡大すれば、他の領地からも客を呼び寄せることができるだろう」


 他の領地から客を呼び寄せることができれば、領都の商品が売れるようになる。そうなると、税収も増えるわけで、ハイネ辺境伯としては大変ありがたい。流通が良くなれば街道の整備されるし、良いことずくめだ。


「それならば、今後は私ではなく、お父様が中心となってこの事業を行うべきですね」

「いいのか? お前の手柄を横取りすることになるが……」

「七歳児が主催者だったら、他の人たちに笑われますよ」

「そうかも知れんな」


 そう言いつつもお父様は納得していない様子だった。別に俺の手柄なんて気にしなくて良いのに。こちらからすれば、余計な仕事が減って大助かりだ。

 こうして俺はうまいこと全権をお父様に渡すことができた。

 その後は規模を徐々に大きくしていき、競馬はスペンサー王国だけでなく、他国にも広がっていった。




 年が明けると、ハイネ辺境伯家は慌ただしくなった。春になれば、長男のアレックスお兄様が王都の学園へと入学するのだ。今はその準備で大忙しだった。

 学園では全員が寮生活になる。それはすなわち、すべて自分で自分のことをしなければならないということだ。


「アレックスお兄様、おはようございます。ちょっとネクタイが曲がってますよ」

「ああ、ありがとうユリウス。自分でやるのは中々慣れないな」


 ネクタイを直してあげると、アレックスお兄様が眉をハの字に曲げていた。入学式まではまだ時間がある。それまでに一人でできるようになればいいのだ。


「部屋を出る前にもう一度鏡を見た方が良さそうですね」

「それが鏡は見ているんだが、どうしても見落としてしまうんだよね」

「それならあれですね、指差し呼称ですね」

「指差し呼称?」

「そうです。鏡に向かって上から順に、『髪型よし、顔色よし、ネクタイよし、ベルトよし、足下よし、ご安全に!』って指を差しながら確認するんですよ」

「最後のご安全にっている? まあいいか、せっかくユリウスが提案してくれたんだし、やってみるか」


 何事も意識して確認することが大事である。マンネリ化を防ぐためには、頭の中で思うだけでなく、実際に体を動かした方が良かったりするのだ。

 俺の提案が功を奏したのか、それ以来、アレックスお兄様の服装が乱れていることはなかった。




「お茶会、ですか?」


 雪が溶け、寒さが緩み始めたころ、お母様からお茶会の打診があった。年が明け、俺も八歳になる。そのくらいの年齢になると、社交会デビューの一歩手前である「お茶会」に子供たちはそろって参加するのだ。


 個人的には時間の無駄だと思っているのであまり行きたくはないのだが、この辺りで一番の権力者ということもあり、行かざるを得なかった。まあ、アレックスお兄様もカインお兄様も一緒なので別に良いけどね。

 ちなみに妹のロザリアはお留守番だ。五歳児にはまだ早いということになっている。


「そうよ。隣のリオーダン子爵家で開催されるわ。我が家とも仲が良いし、初めて参加するのにピッタリだと思うのよ」

「分かりました。よろしくお願いします」

「そう言ってくれると思ってたわ」


 そう言ってお母様がほっぺたにキスをしてくれた。これから俺が着ていく服をどれにするか悩むんだろうな。お母様にとって子供たちは動くお人形さんだからな。


 お茶会では普通の子供を演じなければならないな。ジャイルとクリストファーも参加できれば良かったんだけど、二人とも貴族じゃないので参加できない。

 俺もそろそろ貴族の友達を作る必要があるのかも知れない。


 お茶会当日の日がやってきた。俺はアレックスお兄様、カインお兄様と一緒に馬車に乗り込むと、リオーダン子爵家へと向かった。アレックスお兄様にとっては最後のお茶会になるのかな?


 学園を卒業するころには、アレックスお兄様は十五歳になっているはず。そして十五歳からは成人と見なされるため、そのあとは大人の社交会に参加するようになるはずである。


「緊張しているみたいだね、ユリウス」

「それはそうですよ。ジャイルとクリストファー以外に友達がいないんですから」


 それを聞いたアレックスお兄様とカインお兄様は笑っている。


「そういえばユリウスには女の子の友達もいなかったっけ」

「ええ、そうですけど……もしかして、お兄様たちにはいるのですか!?」

「もちろんだよ。ユリウスもこのお茶会で素敵な女の子が見つかるといいね」


 これがリア充の余裕。何だかとっても悔しいです。こうなったら俺も女の子の友達を見つけて見せるからな。

 そう思っていたのだが……現実は厳しかった。


 原因は俺が魔道具師に設計図を売りつけた「お星様の魔道具」のせいだった。どこから漏れたのか、俺が設計者だということが広がっていたのだ。

 そのせいで、俺の周りには女の子が集まってきていた。その狩りを楽しむかのような獰猛な様子に完全に引いてしまった。女って怖い。

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