第9話 女神の秘薬? いいえ、ただの解毒剤です

 今回の魔物討伐での負傷者は三十人ほど。その中で治療が必要な人は十人ほどらしい。

 おお、持ってきた回復薬と同じくらいの数だ。まさにベストマッチ! 実験してくれと言わんばかりだ。


 なお、その十人も「自然治癒で治すから、治療の必要はありません」と散々断ったそうである。だが、傷があまりにも酷いため、団長命令で治療を受けることになったらしい。

 そのため、現在隣の部屋はお通夜状態だそうである。とても静かだ。


「ユリウス様! またここにいらしているとか!」


 バタバタと騎士団長のライオネルがやってきた。いつもは整っている髪が振り乱れているところを見ると、相当急いで来たらしい。


「やあ、ライオネル。今日は俺の実験に付き合ってもらおうと思ってね?」

「実験……ですと?」


 不審そうに片方の眉を上げるライオネル。正面に座っている衛生兵も眉をハの字に曲げている。もしかして、領主の子供が無茶振りをしてきたと思われてる? まあ、普通ならそう思うだろう。


「これを見て欲しい」


 袋から魔法薬を取り出した。それを見た二人の動きが止まる。


「これは?」

「緑色のが初級回復薬で黄色いのが解毒剤だ」


 ウソだとばかりに手に取って確認する二人。しまいには衛生兵が鑑定の魔道具を持ってきた。そしておもむろに鑑定を行う。まあ、当然の反応だろうな。以前に見た魔法薬とは似て非なるものだからね。本物かどうかの確認は必要だろう。


 鑑定の魔道具には魔法薬の名前だけが表示されていた。それ以外は何一つ、表示されていない。その魔法薬がどのような効果を持っているのかまでは表示されなかった。

 一体、何を、どうやって鑑定しているのだろうか? すごく気になる。ゲームでは「そんなもん」として受け入れていたけどね。


「……本当に初級回復薬と解毒剤です」

「まさか……」


 ライオネルが絶句した。こんな魔法薬は初めて見た、と顔に書いてある。ここは慎重に動いた方がいいな。この反応だと、大騒ぎになりかねない。


「今回の俺の実験はここだけの秘密だ。他には絶対に漏らさないように」

「御館様にもですか?」

「そうだ」

「これはユリウス様がお作りになったのですか?」

「そうだ。俺が作った」

「どうやって?」

「それは秘密だ」


 ライオネルが押し黙った。お父様に仕える身としては容認できないのだろう。しかし目の前の魔法薬は、仲間たちの希望の星に見えるだろう。「いつもの魔法薬とは違う」とハッキリと分かっているはずだ。もう一押しかな?


「二人とも、初級回復薬の匂いを嗅いでみるといい」


 ゴクリ、と唾を飲み込む音がしたような気がした。二人は恐る恐る初級回復薬のフタを開けて匂いを嗅ぐ。


「匂いがない……」

「そんなばかな……」

「それだけでも飲みやすくなっていると思うよ」


 もちろん飲みやすさだけでなく、効果も高い。何せ俺が作った物だからね! エヘン。よしよし、大分調子が出てきたぞ。


「どうする? 約束できないなら、そのまま全部持って帰るけど」

「分かりました。私も含め、騎士団全員に箝口令をしきます」

「約束だぞ。それじゃ、負傷者の治療に当たろう」


 こうして俺たちは判決を待つ被告人の下へと向かった。




「……と言うわけだ。これから起こることの一切を口外しないこと。それが約束できる者のみ、ユリウス様がお作りになった魔法薬を与える」

「約束します」


 その場にいる全員が即答だった。まだ実際の効果も、味も確かめていないのに、その匂いを嗅いだだけで、全員の目が希望に満ちあふれていた。


「それではまずはキラースパイダーの毒を受けたエバンズの治療からだ」


 コクコクとうなずきを返すエバンズさん。すでにその体は毒によって、半身不随になっている。状況は段々と悪くなっているようだ。これまでの解毒剤では、キラースパイダーの毒は完全に取り除くことができず、命を取り留めるので精一杯だったのだ。


 エバンズさんの口に、衛生兵によって解毒剤が飲まされた。変化はすぐにやってきた。先ほどまでピクリともしなかった手足がワキワキと動き出した。それよりも……。


「甘ーい! 甘い魔法薬なんてあってもいいのか!?」


 突如元気を取り戻したエバンズさんが叫び声を上げた。体の傷も徐々に塞がってきた。それに気がついた衛生兵。


「エバンズさんのケガが治ってきてませんか?」

「ほ、本当だ! これは一体!?」

「解毒剤には薬草も含まれるからね。少しだけど、傷を治す効果もあるよ」

「これが少しだって? この魔法薬は女神の秘薬ではないのですか!?」

「違うよ。ただの高品質の解毒剤だよ」

「高品質の解毒剤?」


 おっと、しゃべり過ぎてしまったかな? でも箝口令はしかれているし、話しても大丈夫かな? 今は少しでも信頼感を上げて置かないと、今後の人体実験……いや、今後の効果の確認に支障が出るかも知れないからね。


「実は俺、魔法薬の品質が分かるんだよ」

「なるほど、だからあのとき、魔法薬を見せて欲しいと言ったのですね」


 ライオネルが納得したかのようにうなずいている。それを聞いた衛生兵が我慢できないとばかりに聞いてきた。


「それで、そのときの結果はどうだったのですか?」

「……すべて最低品質」

「ジーザス!」


 俺をのぞく、その場にいた全員がそう叫び、天を見上げた。俺も最初に見たときは、同じように天を見上げたくなったよ。そして現実から目をそらしたかった。

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