第10話 鉄の掟

 負傷兵たちがすがるように俺を見ていた。きっとこれから使う初級回復薬に期待しているのだろう。解毒剤を甘くしたのは、そのままだとどうしても苦みが出てしまうからであった。そこで子供でも飲めるように少し改良したのだ。


 一方で、初級回復薬の味は特にいじっていない。それでも無味無臭なので、水と同じように飲めると思う。実際に飲んでいないので分からないが。


「それでは初級回復薬を支給する。たぶん、これまでの魔法薬よりは飲みやすいと思う」

「それだけでも十分です!」

「もうあの地獄の苦しみを味わわなくてすむのか。この魔法薬があれば、あいつも……」


 何だか不吉な話が出ているな。確かお婆様の作った魔法薬での死者はいなかったはずだけど……絶えきれなくてやめていった隊員がいるのかな?

 一人一人に手渡しては、なぜか握手を求められた。なんでや。

 全員に初級回復薬が行き渡ったところで、俺か乾杯の音頭を取ることになった。なんでや。


「そ、それじゃみんな、心の準備はいいか? 一気に飲んでくれ。乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯ー!」


 飲む必要がないライオネルと衛生兵も水で付き合ってくれた。そしてすぐに変化が訪れる。


「飲める、飲めるぞ!」

「まずくない! これは水だ!」

「すげえ! 気持ち悪くらいに傷が塞がっていくぞ」

「おおお! あの上級回復薬を飲まなければ治らないと思っていた傷がキレイに塞がっていく……あなたは神か」


 涙を流す元負傷兵たちは自然と俺の前にひざまずいていた。なにこの状態。ライオネルと衛生兵も涙を流しながらひざまずいている。


「ああ、ええっと、無事にみんなの傷が治って良かった。君たちはハイネ辺境伯の大事な戦力だからな。今後も君たちの活躍に期待する!」

「御意に!」


 その場にいた全員が声をそろえた。何だろう、騎士団の忠誠心がものすごく上がったような気がする。ともかく俺の目的は達成することができたし、よしとしよう。


「ユリウス様、追加の魔法薬をお願いすることはできますか? キラースパイダーの毒で苦しんでいる仲間がまだいるのです」

「もちろんだよ。初級回復薬も解毒剤も新しく作り次第、内緒で、持って来るよ」


 俺は「内緒で」の部分を強調して言った。ライオネルが深くうなずきを返してきた。


「中級回復薬などはまだ作れないのですか?」


 衛生兵が素朴な疑問を投げかけてきた。中級回復薬があれば、より酷いケガにも対応できる。


「うん。必要な素材が足りなくてね」

「……ちなみに、今回の素材はどこで手に入れたのですか?」


 ライオネルが恐る恐る聞いてきた。もしかして、お婆様のところから、くすねてきているとでも思われているのかも知れない。


「俺が花壇を作っているのを知ってるかな?」

「それはもちろん。奥方様がそのような話をなさっていたのを聞いたことがあります。もしや……」

「そう。その花壇が実は薬草園になっていてね。そこで薬草や毒消草なんかを育てているんだよ」

「なんと!」


 それを聞いた騎士たちの騒ぎが段々と大きくなっていった。その中には「なんとしてでも死守せねば」という声も聞こえる。確かに魔法薬を作るためには必要な場所ではあるけど、最悪、森に採集に行けば見つけることができるしなぁ。


「ユリウス様、今後はユリウス様の薬草園の警備を強化したいと思います」

「え? そこまでしてもらわなくてもいいよ」

「野生動物に食べられたらどうするのですか。必ず守ります」

「う、うん。頼んだよ」


 その場にいた全員のギラギラした瞳に負け、断ることはできなかった。うーん、目立ちそうだなぁ。お母様が知ったらどう思うか。ちょっと不安だ。

 こうして俺と騎士団の間で鉄の掟が結ばれることになった。警備は昼間だけかと思っていたら、どうやら夜も行っているようである。

 よっぽど今までの魔法薬が嫌だったんだな……。




 それから俺が街に出かけるときの護衛はライオネルがつくことになった。俺には指一本触れさせないと意気込んでいる。相変わらず他の騎士たちの視線は熱かった。

 素材が集まり次第、初級回復薬と解毒剤を作成し、送り届けた。一日につきどちらか一本しか作ることはできなかったが、それでも徐々に騎士団に復帰する人が増えていった。


「ライオネル、魔物のいる森には行けないかな?」

「ユリウス様、さすがに危険だと思いますが……」

「そうですよ。万が一のことがあったらどうするのですか」


 ジャイルも反対のようである。クリストファーは沈黙。だがその顔には「行きたくない」と書いてあった。


「実は魔力草が欲しいと思っているんだよ」

「魔力草が……我々が採ってくるのはダメなのですか?」

「薬草園に植えようと思っている。それで魔力草を傷つけないように周りの土ごと欲しいんだけど、それが難しいと思うんだよね」

「それで自ら採取しに行きたいと……」

「うん」


 ライオネルがあごに手を当てて考え込んだ。新しい魔法薬が作れないのは単純に素材がないからである。

 都合の良いことに街からそう遠くないところに魔物の住む森がある。そこにはたくさんの素材が転がっているはずだ。それを使わない手はなかった。


「分かりました。何とか計画してみましょう」

「よろしく頼むよ」

「御意に!」


 ライオネルがひざまずいていた。それを見たジャイルとクリストファーが慌ててそれに習った。なんか騎士団の親玉になった気分。





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