ロコノミシリノ③

1週間の学校へのおつとめを無事終えて、土曜日の午後の街へと繰り出す。


もちろん、行先は今日も今日とて空気があまりよろしくないゲームセンター。


まぁ、休日だからそれなりに賑わってはいる。


機種は新しいの入れてるしね。


ランキングの更新もそろそろしとかないとかな。


ランキングの上位には名を残しておかないと落ち着かないからさっ。


「ゴホッ、ゴホッ」


お、聞き馴染みの咳が聞こえる。


「藍澤さーん、ちっす、ちっすー」


「あぁ、どうも」


クレーンゲームに新しい獲物を詰めていた。


「店長さんは?」


「裏にいると思いますよ。ちょっと待っててください」


お店の裏は基本的に関係者以外立ち入り禁止だから勝手には入れない、というか、入らないのですよ。


そこはちゃんと守らないとね!


「あ、それ終わってからで良いですよ。ちょっとプラプラしてるんで」


作業を中断して立ち上がろうとする藍澤さんを止めた。


そうですか、と一咳ひとせきついて作業を再開する。


ん?一咳って言葉あったっけ?


まぁ、良いや。


なんか新しい筐体とかアップグレードしてるのないかな〜。


ゲーセンを練り歩く。


ねりねりねりねり、何を練るんだろうね。


そもそも、練るとは何だろうか……。


「お、君JK?カワウィーねー」


そんな哲学的な考えをしようかどうか悩んですらいない時、コテコテチャラチャラなナンパを目撃してしまった。


まぁ、ゲーセンなんでそういうこともよくあったりする。


あ、私にはないですよ、もちろん。はははは……スーーーン……。


って、んなことは今はどうでも良くて、ナンパされてるのをのぞき見たら、


「は?邪魔なんだけど」


腕を組んで凍てつくような、汚物を見るような目をしたこころん様がいらっしゃった。


「まぁ、そんなこと言わずにサーァ?」


「俺らと楽しウィーことしない?」


「興味無い。キモイ」


ウザ絡みナンパかー、ここは私が助け舟をーー。


「あ、神林」


こころんは自分で気づいて私の方に駆け寄ってきた。


ナンパ野郎達は諦めずに私の方もターゲットにしようと近づいてきた時、


「あ、璃乃ちゃんつーかまーえたっ」


「わひゃ」


後ろから逞しい腕に抱き上げられた。


「ちょっと、びっくりさせないでくださいよ〜」


「え〜良いじゃん〜。うちらの仲だし〜」


「どんな仲ですか……というか、下ろしてください〜!にゃ〜!」


足が地についてないと落ち着かない〜!


「しょうがないにゃ〜……」


渋々降ろされた。


こころんから何故かキラキラした視線を感じる。


「で、そっちの男達は?」


ゆるゆるな口調が一転して硬いものになる。


「知らない人たちでーす」


「へぇ……?」


「ひっ……」


「いって……!」


店長に睨まれたナンパ野郎達はゲーム機にぶつかりながらもそそくさと逃げだす。


ここの店長は実は怖くて有名だったりする。


まぁ、こんなムキムキな女の人そうそういないしね。


「全く、私の目の黒いうちはお店で学生へのナンパなんてさせないんだから」


むん、と力こぶポーズを見せる。


「キャー、さっすが店長!カックイイ!」


パチパチパチ 、と拍手を送る。


えへへっ、と照れて鼻の下を擦ると、こころんの方に目を向けた。


「で、こっちのかわい子ちゃんは?もしかして、友達?あ、いや、璃乃ちゃん友達いるわけないか、あっはっは」


「ちょっと、どういう事ですか!?って言うか痛いです、バシバシ背中叩かないでください〜」


店長から逃れて、こころんの背に隠れる。


「こころん、助けて〜」


「ちょっとやめてください、通報しますよ」


「ガチ目に拒否られた!?」


めっちゃ引いた目で見られてる。


え、なんでそこまで嫌そうな顔するのさ。


「ひどいよ、こころん~」


「はぁ……」


私に向けてあからさまなため息を吐いて、店長に向き直る。


「ありがとうございました」


こころんは礼儀正しく頭を垂れる。


あれ、私も助けようとしたんだけど……あれ……?


「いいのよ〜、璃乃ちゃんのお友達ならもう私の友達よ」


「はあ……友達と言えるかはちょっと……」


「友達って言っとこうよ!ね!?」


「必死過ぎ……!ひひっ……」


私が寂しさで涙目になってる前で、店長は笑いながら涙目になってる。


こんの~……!


「ま、めんどくさいんで友達で良いです」


「ちょっ、めんどくさいって!?」


「まあまあ、もうその辺にしときなさいって。お姉さん妬けてきちゃうから」


ん?妬ける要素どこかにあった?


「で、璃乃ちゃんがアタシをご指名だって聞いたけど」


藍澤さんが伝えてくれたのか。


「あぁ、はい。イラスト出来たんで持ってきました」


「イラスト?」


こころんが珍しく純粋な反応を見せた。


「うん」


「あら、いつもありがとっ。じゃあ、早速プリントしちゃいましょうか」


「はーい。おっと」


店長と連れ立ってバックヤードに向かおうとすると、裾を引っ張られた。


「こころん?」


「も、も、ももも……」


「すももももものうち?」


こころんが珍しく動揺している。


「もしかして、このイラストってあなたが描いたの?」


壁に貼られてる私が描いたイラストを指差して言う。


「う、うん。そうだけど」


ふむぅ、なんだろう?


なんか気に障るところあったのかな……。


「本当に?」


「本当に」


「マジで?」


「まじで」


そこ聞き直す意味ってあるのかな?


「嘘、信じられない、なんであなたが……」


なんでそんなに疑われるかな……?


「なら、付いてきて、ほら」


証拠を見せつけてあげましょう。


「あっ」


こころんの手を引いて、店長の後に続く。


「店長、この子も良い?」


バックヤードってそんなに人をホイホイ関係者以外を入れて良いところでも無いだろうから、許可を求める。


「んま、良いわよ。でも、私の目の届く所にいてね」


「だって、こころん」


「う、うん」


まだ戸惑っているこころん。


それにしても、こころんの手、少しひんやりしてるけど、スベスベ!


指、というか手がほっそい!


何これ!?私と同じ人間なの!?


「あの、痛いんだけど」


「あ、ご、ごめん」


は、しまった!


こころんの声に反射的に手を離してしまう。


もっと堪能しておけば良かった……!


「全く……」


「あの、手をウェットティッシュでわざわざ拭かないで欲しいな~」


そんなに汚くないよ?


ちゃんとトイレの後は手を洗うよ?


「神林菌が付いたから」


「はい、そういう人を菌扱いするのは良くないと思います!」


「うるさい」


「バッサリ……!」


こころんは、コホコホっと咳き込む。


「体調まだ悪いの?」


「……いえ、ちょっと埃っぽくて」


まぁ、埃っぽいよね、やっぱり。


ゲームセンター自体が埃っぽくもあるし。


だから藍澤さんはいつもマスクしてるんだった……はず。


もう、あの人の場合、ファッションの一部な気がする。


マスクしてないと、たぶん誰かわかんない。


ていうか、藍澤さんの素顔を知らないや。


ふむぅ、特に興味湧かないかな。




「はい、どうぞ。使って良いわよ」


「はいはーい。ずびしっ」


USBを起動したプリンターに挿して、入っているものを全部印刷する。


そんなに新しくもないので、印刷が終わるまで少し時間がかかってしまう。


その間ももったいない精神でラミネートの準備もする。


こころんは店長が入れてくれたお茶を飲んでいた。


まあ、店長の趣味のファンシーな茶器がよく似合うこと!


店長には似合わないけどね、などと言ったら自分の血がカップに注がれることになるから注意ね。


「それにしても、璃乃ちゃんの友達には勿体ないくらい美人よね」


「そうね、神林には毎朝毎晩感謝の舞をしてほしいくらいよ」


この間の遊園地でさりげなく撮ったツーショット写真見て、おっひょ〜ってベッドの上で小躍りはしてる。


おっと、印刷できたかな。


「さあ、お上がりよ!出来たてホヤホヤだよ!」


バン!とこころんの前に叩きつける。


「ちょっと、お茶が零れたらどうするのよ」


「あ、はい、すみません」


って、カップ手に持ってるし。


会話の主導権は絶対に渡してくれないってことですね、はい。


そして、カップをテーブルに置くとこころんは印刷した紙を手に取った。


「うんうん、相変わらず納期通りだし、上手いわね」


横から覗き込むようにしてる店長がにこやかに頷く。


「璃乃ちゃんのイラストがあるから、まだこのゲームセンターも賑わってるってモノよ」


「そうなんですか?」


そいつは知らなかった。


「そうよ〜。可愛い、分かりやすいって学生を中心に大人気なんだから」


「えへへ〜」


そう言ってもらえると、素直に嬉しい。


「やっぱり……」


反対にこころんは眉間に皺を寄せて険しい顔をする。


ふむぅ、さっきからなんでしょう。


「こころん、さっきからどうしたの?」


「あなた、りのっちなの……?」


「いや、初めて会った時に言ったと思うけど」


「そうじゃなくて……!あーうー……!」


こころんが髪を掻き乱していらっしゃる。


あぁ、綺麗で艶やかな髪が乱れていく。


でも、そんな姿もそそるぜ。


机がバンッと叩かれる。


「ネットで、りのっちって名乗ってるの!?」


え、なんでキレられてるの?


「まぁ、たまーに……?」


あんまりハンネは固定してないので。


「くっ……!」


唇噛み締めてらっしゃるけど、全然話が見えてこない。


ふむぅ……。


とりあえずラミネートしよっと。


このラミネート機とかシュレッダーとか紙がモリモリモリッて食べられていく様子って好き。


ずっと見てられる。


たくさんお食べ〜。


こころんが俯いて何かブツブツ言ってるのは気になるけど……。


「店長、こんな感じでどうでしょうか?」


「おぉ、いつもありがとうね」


「いえいえ、これくらい」


店長は金庫から封筒を取り出して、差し出してくる。


「じゃあこれ、お小遣いね」


「ははー、ありがたき幸せ」


両手で恭しく受け取る。


「じゃあ、お茶だけ飲んでっちゃってよ」


店長がわざわざお湯を入れ直して私の分のお茶も入れてくれる。


お茶には拘りを持っていてとても素晴らしいお方です。


「はーい」


「私は早速これ貼ってくるから。変な所いじったりしないでね」


「ラジャです」


店長はラミネート加工されたイラストを手に持って、スタッフルームから出ていった。


2人残されて、私もとりあえず席についてお茶をすする。


う〜ん、おいしっ。


「神林」


「なんだい、こころんさんや」


唐突にノールックで呼ばれる。


「……ロコノミって知ってる?」


「え!?ネット小説家のロコノミ氏のこと!?こころんも知ってるの!?好きなの!?私も大好き!星と涙とかストーリー最高でめっちゃ感動して泣きまくったし、楓色椛色は切なさMAXでギューって心掴まれたし、最近だと――むごむご」


「す、ストップ!」


こころんに手で口を塞がれる。


すべすべ滑らかなり、ペロペロして良いかな?


「もう、良いから。あんまり面と向かって褒めちぎらないで」


顔を赤くして目を逸らして、空いてる手で髪の毛を弄ぶ。


「む!?」


それって……つまり……?


「もしかして……!」


こころんの手を振り払って詰め寄る。


「こころんがロコノミ氏なの!?」


「ふぅ……えぇ、そうよ」


ガシッと両手を握り、ブンブンとこころんの手を振る。


「むふー、大ファンです、むふー、いつも感想送らせて頂いてます、むふー」


鼻息がものすごく荒くなる。


「やっぱり……」


「あ、だからりのっちって確認してたんだ」


確かにロコノミ氏の感想にはいつも『りのっち 』で送ってる!


「うん、私、りのっちだよ!」


嬉しい!ロコノミ氏に名前覚えてもらってる!


「でも、なんで私が『りのっち 』だと思ったの?」


「ふぅ〜……とりあえず痛いから離して」


こころんは一つ息を吐いて、握られてた手を振り払う。


ひどい……。


「さっきのあなたの絵よ」


「絵?」


「そうよ。あなた前に私の話のキャラ描いてみました、て送ってきたことあるでしょ?」


「あぁ、星と涙で感極まりすぎて勢いで描いて勢いで送ったような気がする」


後でめっちゃ後悔したけど……。


あぁ、こんな汚い絵でお目汚しすみません……!って。


ロコノミ氏は基本的に感想のレスはしないからどう思わたかは分からずじまいだったけど。


「あの時……その……あなたの絵がとても良かったのよ。投稿サイトとか探したりもしたけど、他に見つからないんだもの」


「あ〜、あくまで趣味だし、そんな上げられるほどでも無いので……」


「はぁ!?あんな上手くて何言ってんの?嫌味?今すぐ謝って。謝りなさい」


「えっと、ごめんなさい……?」


「私じゃなくて世界に」


「え〜」


なんで急にワールドワイド……。


「まぁ、それは今は置いておくわ」


今はですか、そうですか。


「ねぇ」


「はい!」


何故か姿勢を正してみる。


「私の小説の挿絵を描いてみない?」


「さしえ……?」


ロコノミ氏の小説の?


誰が?


私が?


私が?????


「嫌なの?」


こころんが顔を近づけてくる。


本来だったら深呼吸するのに、今は思考の処理がうまくいかず、ただ目を逸らしてしまう。


あのロコノミ氏が私なんかに挿絵のお誘いをして下さってる。


え、これどうしたら良いの?


嬉しいのはあるけど、私の挿絵のせいでロコノミ氏の世界観を壊しちゃうんじゃないかという恐怖もある。


作品を好きすぎるが故のってやつ。


「あの、わた――」


「断ったら絶交。今後二度と会わない、話さない、近寄らせない」


「そ、そんな〜……」


何という条件。


何という不条理。


そんなこと言われたら、選択肢なんてないじゃない。


でも……。


「でも……」


『ガチャ』


「あれ、まだ居たんですか?」


スタッフルームのドアから、藍澤さんが入ってきた。


「あ、そろそろ出ようと思ってたところですよ~。行こ、こころん」


「ちょ、ちょっと」


荷物を持って立ち上がり、こころんの手を引いて、藍澤さんの横を抜ける。


「へぇ……」


「な、なんですか?」


藍澤さんはマスクを引っ張って放す。


「お友達、出来たんですね」


「ふんっ、友達くらいいるもん」


「そうですか。お気を付けて」


そう言うだけ言って、藍澤さんはスタッフルームのドアを閉めた。


何に対しての、お気を付けて、なのかな!?


「全く、ここの人達は私のことなんだと思ってるのかな」


「ぼっちな可哀想な子、でしょ」


「ぐはっ……!」


鋭利な言葉のナイフが心を抉り上げてきた。


胸の真ん中から血が噴き出す感覚が襲う。


「ちょっとここ――」


ドサッと腕の中にこころんが倒れ込んでくる。


「こころん!?」


「あ、ごめん。ちょっと躓いただけ」


こころんは直ぐ立ち上がると、目を合わせず決まり口調の様に言う。


ふむぅ?


何となく熱かったような……。


「それより、さっきの話の続き」


「え、うぅ……」


そう言われても……。


「こ、こんなところじゃあれだし……」


もう裏から出て騒がしくも変わらず埃臭い表に戻ってきてるし。


「そうね、私もあまりここに長居は……ケホッ」


喫茶店とかこの辺はタバコ臭い所が多いし、ノノヒルはどうせ混んでるし……。


「ふむぅ……じゃあ、ウチ、来る?」


「え?」


「嫌……かな?」


友達を家に誘うくらいなのにどうしてこんなにドキドキしてるんだろう。


あれ、誰かをウチに呼ぶのっていつぶりだろ?


ふむぅ……思い出せない……。


「あなたの家に行けば、りのっちの絵はもっと見れるわよね?」


「え、うん、まぁ……」


家で描いてるし……。


「そ、そう。なら行きましょう」


こころんはスタスタと歩き出す。


「ちょ、ちょっと、こころん場所分かるの?」


呼びかけるとこころんはピタッと立ち止まる。


「し、知るわけないじゃない!さっさと案内しなさいよ!」


やっぱり逆ギレされた……。


その顔は見えないけど耳は赤くなってるから、弄らないであげよう。


こころん、かーーーーわいっ。


こういうところもあるんだ。


「うへへへ」


「何、気持ち悪い笑いしてるのよ」


「なんでもないよ〜」


いつもは何もなくて、なんでもない家までの道が、まるで花が咲いてる道を通るかのように、今日はやたらと楽しく感じた。




「ただいま~」


「おじゃまします」


「どうぞどうぞ~」


こころんにスリッパを差し出す。


「ご両親はいるの?」


「う~んと、お母さ~ん!」


呼びかけてみても返事はなかった。


「まだパートに行ってるみたい」


「そ、そう……そんな確かめ方なのね」


「先に2階の右曲がって突き当りの部屋行っててもらって良い?お茶持っていくから」


「ありがとう」


そう言って、階段を上がっていく。


「……で、あなたは這いつくばって何をしようとしているの?」


「え?いや~、コンタクト落としちゃって~……」


「ふ~ん、それにしてはなんでこちらを見上げてるのかしら」


「そ、そんなことないよ。あれ~どこかな~」


必死に探すフリをする。


パンツ覗こうなんてしてたなんてバレたら殺されちゃう。


「正直に言えば、許してあげるわ」


「パンツ見たいな〜」


「いっぺん死んでみなさい……!」


「ふぎゃ~~~!!!!」


目が~!目が~!


足刀で踏み抜かれた。


それはそれで、ご褒美……!


あ、でもやっぱり痛い~!


「ふんっ」


ドスドスとこころんが階段を上がっていく音と振動を感じた。


せっかくのチャンスが~!




「お茶どうぞ」


ローテーブルの上にお茶を並べる。


「睡眠薬入ってないわよね?」


「持ってません!」


そう言っても、口を付けようとしないので、自分が先に飲んでみせると、やっと口を付けてくれた。


警戒レベルがまた上がってしまった。


自業自得なのだけど……。


こころんはゴクゴクと勢いよく飲んでいる。


やっぱり喉乾いてるんじゃん。


この間の事もあったからお茶の容器ごと持ってきて良かった。


「ぷはっ」


「良い飲みっぷりですね、お客さん」


そう言って2杯目を注いでおく。


「ありがとう」


「また、具合悪くなったりしてない?」


一応確認しておく。


「……大丈夫よ」


「なら、良いけど」


2杯目は直ぐには飲まなかった。


「ねぇ、せっかくだし、神林の描いた絵をもっと見せてよ」


「りのっち」


「う……そんなの良いから」


「りのっち」


どうしても私の絵が見たいこころんと、どうしても『りのっち 』呼びしてもらいたい私。


「りのっち、と今後呼んでくれるなら良いよ」


「こんの……」


「じゃあ見せられないな〜、挿絵なんかも絶対無理かな〜」


「くっ……」


ふふん、悔しがってる悔しがってる。


いつでも優位取れると思ったら大間違いなんだから。


「り……」


「り?」


耳元に手をやって顔をちかづける。


「……りのっち……」


消え入りそうな声だけど確かに鈴のなるような声が鼓膜を叩いた。


「〜〜〜……!!!」


ジタバタジタバタ、ビッタンバッタン。


「な、なに!?」


心地よく響くその音に胸が心が脳が満たされて溶かされる。


「ちょ、ちょっと止まりなさい」


「やーだよー」


ゴロンゴロンと部屋中を転がり回る。


『ゴスン 』


「あいたっ」


「ほら、見なさい」


足で思いっきりタンスの角を蹴ってしまった。


「さ、呼んだんだから、見せなさいよ」


「……な、何を?」


とりあえず痛みでそれどころでない。


「へぇ……?」


「あ、はい、直ぐに!」


背筋がゾワッとした!


冷や汗ぶわっとした!


痛みもどこかに飛んで行ったので慌ててノートPCを立ち上げる。


モニターに一瞬写ったこころんの顔は恐ろしいものだった。


「それにしても、りのっちって呼んでもらえると思ってなかったから嬉しい」


私の絵なんか見る為に、こころんがプライドみたいのを捨てるとは思ってなかった。


「神林――」


「あぁっと、強制シャットダウンしたくなっちゃったな〜」


「くっ……りの……ちは、自分の絵を過小評価し過ぎ」


「そうかな〜?」


頬をポリポリ。


パソコンが起動したので、絵を格納しているフォルダを開く。


「こんなに……」


「まだまだだよ~」


上手い人はもっと描いてるもん。


まぁ、実際は知らないけど……描いてるはず……。


「あ、漫画もある」


「あはは、すっごい下手くそだけど……」


人にこんなに絵を見られるなんて初めて。


こころんは真剣な眼差しで絵を凝視してる。


何だかむず痒い。


心の中をポリポリする代わりに頭をポリポリする。


「これ、風が泣いて空が笑ったの絵?」


「すごい、よく分かったね。って、一応作者だもんね」


「そうね。でも、このシーンは私も熱を込めたから」


「うんうん!なんかググッて伝わってきて、ぶわーって描きたくなって描いたの」


「なるほど……実際に目で見ると面白いものね」


「ロコノミ氏、こころんはこういう風景を実際に見たことある訳じゃないの?」


「そうね。私は……」


一旦言葉を切って、少し考える。


「私は、行ったことも見たこともないから、書くの。登場人物達の世界を。だから、全部私の中の妄想」


「ほへぇ〜……やっぱり凄いね。私は行ったことも見たこともなければ描けないよ」


だから、二次創作ばかり。


「でも、私の話から絵を起こしてるじゃない」


「いや、それは細かく情景描写されてるもん。私の頭でもちゃんとイメージ出来るくらいに」


「そう言ってもらえると嬉しい」


画面の絵を指先でなぞって、綺麗……と見惚れるように呟く。


そんな姿に私が見惚れる。


『パシャ』


なので、スマホのカメラに収めておく。


「ちょっと、勝手に撮らないでよ」


「綺麗なものは撮りたくなっちゃうので」


「なら、私はこの絵を撮るわよ」


「それは恥ずかしいので……!」


「というか、データ寄越しなさいよ」


「無断転載怖い」


「する訳ないでしょ!」


「だって〜……」


「全く……そうやって他人を信じようとしないから、友達いないのよ」


「この流れで関係無くない!?」


まぁ、否定はできないけどね!


あ、他人を信じようとしないってことだから!友達はいるもん!


「ネットの世界に?」


「うぐっ」


声に出ていたらしい。


「まぁ、それは良いわ」


「自分から振ったくせに〜……」




「本当にデータ頂戴。誓って転載とかしないから」


「でもな〜」


「特大サイズで印刷するだけだから」


「余計恥ずかしいよ!」


細かいミスとか塗り残しがあるかもしれないのに!


「お願い、りのっちっ」


「はぅあっっっっ!」


こころんに抱きつかれて上目遣いでお願いされて、断れる人はいるだろうか、いや、いないだろう。いるわけない。いたら私とその時だけ変われ。


「も、もうしょうがにゃいにゃ〜……」


デヘデヘ、デレデレ。


このまま抱き締めて良いだろうか、あんな事やこんな事をしても良いだろうか。


手をワキワキさせる。


「あ、でも持っていく手段が無いわね」


いざ、抱き締めようとしたら、するりとこころんは離れていった。


あ、あれ〜、ちぇ〜っ……。


不二子ちゃんにいつも良いところで避けられるルパンってこんな気持ちなのね。


私はそう何度も耐えられなさそう。


「なら、USB貸そうか〜?」


「じゃあ、それで。っていうか、何、不貞腐れてるの?」


「べっつにー」


手近にあるUSBをパソコンに差し込む。


中に余計なものが入ってないかちゃんと見とかないとね。


USBの容量は0バイトだった。


うん、大丈夫。


「何が欲しいの?」


「え、えっと……私の書いたやつの絵ってまだある?」


「ん〜と……確かタイトルに小説のタイトル付けてるはず」


「ふむふむ」


こころんは自分の作品名で検索をかける。


そして見つけたのを片っ端からUSBにコピーしてペッてしていく。


そういえば、コピペのペって何の略だろう?


ていうか、そんなにいる?


こころんは、ほぼサムネイルとかも見ずにコピペしていく。


本当に私の絵の何が良いんだろう?


こころんは凄く喜んでくれてるけどさ。


喜んで貰えるのは嬉しいけど。


なんか、実感というかそういうのが湧かない。


そんなに喜ぶなら、意欲を湧かしてくれるこころんの方が100倍凄いと思う。


「ねぇ、こころん」


「何?」


こころんは返事はしたけど、絵を選ぶのに夢中である。


そんなに嬉しそうにされると、何も言えなくなっちゃうよ。


「……なんでもない」


「そう」


コピーし終わって抜いたUSBを大事そうに嬉しそうにカバンにしまう。


こころんにこんなに喜んでもらえるなら、描いてきたかいがあった……かな。


描いてきて……良かった……。


もともと誰に見せたいでもなく描いてきたものだし。


もともとただの自己満足だった。


時間潰しだった。


言うなら、暇つぶし。


友達がいな……い訳じゃないけど、誰にも絵を描いてるとは言ってなかった。


言えなかった。


恥ずかしいから。


こころんは凄いな。


自分で作った作品を公開して、しかも人気だし。


そんな人が私の作品を気に入ってくれるなんて奇跡みたいだよ。


もう満足だよ。


「何、充実感に浸ってるの?」


「こころんに私の絵を気に入ってもらえたからだよ」


「は?何甘い事言ってるの?」


「え?」


「私の作品の挿絵もやれば、あなたの事を世界中で気に入ってくれる人が現れるわよ」


「わーお、わーるどわいどー」


ていうか、


「叩かれまくる未来しか想像できないんだけど……」


「ねじ伏せなさい」


「ねじ……?うわっ……!」


ガっと襟元を掴まれて引き寄せられる。


「あなたの事をとやかく言ってくる人達は気にしなくて良い、アンチなんて湧いて当然。でも、それでもあなたは描いて」


「で、でも〜……」


「誰も褒めてくれないなら私が褒めちぎってあげる。顔の見えない誰かの謗りなんか、気にならないくらい、私があなたの目を見て賞賛する。それなら問題ないでしょ」


「こころん……」


おでこがぶつかりそうな距離で、まくしたてられる。


「お願い、私には時間が……!うっ……少し熱くなりすぎちゃったかな……」


途端、口を抑えて離れる。


「お、御手洗借りても良い?」


「う、うん、この部屋の階段挟んで反対側」


口元を抑えたまま、少しふらつきながら部屋を出ていく。


「ついて――」


「来なくて良い」


喰い気味でドアを閉めながら断られた。


「ふむぅ……」


大丈夫かな?


また熱上がったのかな?


ソワソワと机の周りを歩き始めてみる。


なんだか、落ち着かない。


それに、


「時間って……どういうことなのかな……?」


1人では解決しないような問いをグルグルと歩き回りながら、グルグルと考える。


『ガチャ』


「何してるの?」


そうしてるうちにこころんが戻ってきた。


顔色は一応戻ってるみたい。


「なんでもなーいよっ」


「まぁ、いいわ。私、そろそろ帰るわね」


「もう帰っちゃうの?」


夕飯食べていきなよ!


むしろ泊まっていきなよ!


枕並べて夢を語ろうぜ!


そして2人の熱い夜を……!


「目が雄弁に熱くなにか語ってるけど無視するわ」


「あら?」


振られてしまった。


「そう言えば、こころんの家って何処なの?」


「ノワール……なんて言ったかしら、最近引っ越してきたから……あ、そこから見える高いやつよ」


「な、なんだってー!?」


窓の先を指さすこころん。


その先には忌まわしくもありがたいノノヒルがそびえ立っている。


「このブルジョワめ!」


お嬢様学校だし、何となくそんな気はしてたけど。


とりあえず手近なところにあったクッションを投げつける。


「ふんっ」


「あうちっ」


キャッチされて思いっきり投げ返された。


「別に住みたくて住んでるわけじゃないし」


「お前に日照権を奪われた下々の気持ちが分かるかー!」


「ということで、帰るわね」


「ぐぬぬ」


引き伸ばそうとしてるのがバレたか……。


はぁ……諦めるか。


渋々立ち上がって玄関に向かうこころんの後を追う。


「道分かる?大丈夫?」


「目指す場所がハッキリしてるし、大丈夫よ」


確かに。


ノノヒルへの道案内はその辺に結構あるし。


「また遊びに来てくれる?」


「挿絵描いてくれるなら」


「今度こころんの家に遊びに行っても良い?」


「挿絵描いてくれる決心がついたなら」


こころんは靴を履いているからか、こっちに顔を向けてくれない。


「……少しだけ時間下さい」


「じゃあ、明日、また聞くからその時に。USBもついでに返さないとだし」


「早くない!?」


「YESかNOで答えるだけでしょ」


「そういう問題じゃないでしょ」


「ふふ」


玄関を開けて、美しく楽しそうに笑うこころん。


「あなたは明日に怯える必要なんてないんだから。いくらでも見返せるのよ」


「え?」


言ってることが全く理解できなかった。


「それじゃあね、ばいばい」


「ばいばい……」


軽く手を振ってこころんは夕闇に消えていった。



「ふんふ〜ん」


お風呂上がりにご機嫌に鼻歌を歌う。


今日は良き日でしたな〜。


ベッドにボスんとダイブして布団を抱き抱えてゴロゴロジタバタ。


こころんの残り香はもう無いけど、確かにこの空間に存在したのだ。


「美少女がこの部屋に……!むふぅーーー!」


それにしても……。


「私がロコノミ氏の挿絵……ねぇ……」


うつ伏せになって顔を布団に埋めて、上から布団を被る。


「いや、無理でしょーーーーーーー!あのロコノミだよーーーーー!投稿サイト評価も上位ランカーだよーーーー!まぁ、挿絵が付いたら鬼に金棒だと思うけどーーーー!でも、私だなんて無いでしょうーーーー!」


くぐもった声が鼓膜と布団の中で渦巻く。


心の声を叫んでみても、こころんが望む方に傾く様子すらなかった。


私は私の中に何か期待する何かを持ってない絶賛モラトリアム満喫中の夢無し人だ。


その何かを探す気すらないぐーたらな人間だ。


凄い人を凄い凄いと感心する観客であり、第三者的人生だ。


だから……。


だから…………。


私は………………。




何かを決めることが怖い。


何かを決めることによる変化が怖い。


何かを決めたことによる代償が怖い。


私が何か決める度に仲の良い人達は離れていった。


私がその選択をしたから、してしまったから。


そばにいられなくなった。


そばにいたくなくなった。


嫌われた。


嫌いになった。


友達はいないわけじゃない。





いなくなったんだ……。




「あぁぁぁ〜〜……」


黒いズルズルグニョグニョしたものが心の中を這い回る。


落ちる……堕ちる……おちる……オチル……。


『リリリリン 』


「あっ……」


スマホの通知音だ。


モソモソと布団から手だけ出してスマホを探す。


「あったあった」


硬いものを掴んだので布団の中に引きづりこむ。


「って、これテレビのリモコンやん」


第二次捜索を開始する。


「お、今度こそ」


また掴んだものを引きづりこむ。


「うん、そんな気がした」


部屋の明かりのリモコンだった。


「はぁ〜……起きて探した方が早いってことですね、そうですか、分かりました……!」


ガバッと布団を取り払うと、


『 ガッ、ガタガタ、カラカラカラ……』


スマホが吹っ飛んでいた。


「お前、そんなに近くにいたのか……」


どうやら布団に巻き込んでたみたい。


「そーりーそーりー」


スマホに謝って、拾い上げる。


良かった、ディスプレイは無傷だ。


早速通知を確認する。


「何の通知でしょ〜ね〜……おっ」


ロコノミ氏、つまりこころんの新作が投稿された通知だった。


「新作……ごくり……」


ふむぅ、このタイミングで新作とか……絶対、コーメイの罠ってやつな気がする……。


いや、どういう意味かよくわかんないし、知らないけど、そもそもコーメイって何?


「ええい、とりあえずロコノミ氏の新作を読まないという選択肢は存在しないのだー!」


通知をタップしてアプリが立ち上がる。


ドキドキ、ドキドキ。


期待に胸は自然と高鳴る。


「遊び林……」


なんか、タイトルだけで凄い微妙な気持ちになるのは何でだろうか。


「ま、まぁ、とりあえず読も読も、うん」


そして、私は物語の世界に没入する。




何処か童話チックというか、昔話チックなお話だった。


林と囃子をかけてる……のかな。


でも、風景の描写はいつも以上に細かくて人の描写も絶妙に説明が入っていて、とても想像をかき立てられた。


ムズムズ。


ムズムズ。


読み終わる前に既に描きたくてムズムズする。


そして、続きが気になるような展開になって上げられてた分は終わっていた。


「うっわ〜〜!めっちゃ気になる!どうなるの!?」


ロコノミ氏の事だから素直に想像できる流れの展開の通りにしたりしないはず。


ジタバタジタバタ。


ベッドの上で暴れる。


『ピコン』


「ん?」


こころんからメッセだ。


開いてみると


『ドヤァ』


というドヤ顔のスタンプが現れる。


何となく、こころんが同じような顔を想像してみたら面白かった。


続けて文字も送られてくる。


『続きを読みたければ挿絵を描きなさい』


『そんな殺生な〜生殺し〜』


『しかも、あなただけにしか公開してない』


『な、なんだと……!?』


私にだけにしか公開してないとか、何そのご褒美。


いや、 あの、こころんがタダでそんなことしてくれるとは……。


裏がありそう……ロコノミ氏のファンとしてとても恐ろしい……。


次に送られてきたメッセージで疑惑が確証になった。


『挿絵を描かないなら、続きは書かないし、これの公開もしないからねっ』


ニッコリ、というスタンプ付き。


「ぐはっ……そうくるか……」


『挿絵を書くなら、挿絵のために誰よりもいち早く話が読めちゃう。まぁ!なんてお得!』


「ぐぬぬ……」


ロコノミ氏のファンとして、続き読みたい、誰よりも早く読みたい、そんな欲を突いてきた。


『ひ、卑怯なり……』


ハンカチを噛み締めた苦渋の顔のスタンプを送る。


『なんとでも言いなさい』


高笑いのスタンプ付き。


実際に高笑いしてる姿が目に浮かぶ。


『じゃ、待ってるから』


「ふむぅ……どうしたもんかな〜……」


ボフッとベッドに背中かから倒れ込んで、天井に呟きを零す。


ただ、口ではそう言っても心の中では既に決まっていた。


にやけた顔が元に戻りそうにないのだ。

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