復讐

渚けんた

愛の渇望

ある日の夕暮れ時、仕事の帰り際に私は公園で遊ぶ私の生徒の姿を見かけた。生徒は楽しそうに野球をして遊んでいる。そんな姿を見ながら家の前まで歩いていた。家に着くと仕事柄生徒の宿題やテストの採点に追われる日々。そんなすることが決まり切った世の中に静かに飽きを抱いていた。翌朝学校へ行くと、様々な色のランドセルを持った生徒がこちらに向かって歩いて来る。「おはようございます」と先生が言うと頷いて通り過ぎる生徒と返事をしてくれる生徒とで半々に分かれる程であった。小さい頃の事を思い出す。親が私たちに無関心で父親に至っては暴力を常習的に振るってきた。なので決して明るい娘ではなくどちらかというと暗い、そして先生の言う事を聞かない我儘な娘であった。そのためクラスからは孤立し、人と距離を置く日々。良い家庭環境と言えない家で生活をし続けていた。しかしそんな私にも好きな事があった。それは五歳離れた弟の世話と勉強をする事であった。五歳も離れると弟をたまらなく可愛く感じ、溺愛していた。なので学校が終わると一目散に帰宅し当時まだ幼稚園に通っていた弟と家で電車ごっこなどをして楽しんでいた。そしてなによりも得意であったのが勉強。良い成績を常に取り続けた。そのために当時私の先生は私に対し何も言えなかったのだろう。そんな事を考えていると職員室前の給湯室からある一人の生徒が出てきた。この生徒曰く、尻を足で蹴られたから倍返しのつもりで友達の顔を殴ったのだと言う。その生徒は唇を切り出血。その血が給湯室から出てきた生徒のシャツの襟の部分に薄く染まっていた。私はこの生徒への尋問をしようと思ったが、給湯室で別の先生に尋問されてすぐのことだった為に流石に可哀想だと思いそれを取り消し、「次はやっちゃ駄目だよ」と一言だけ置いて職員室へと入った。職員室での私の席は前から二列目の左から四番目にある沢山の書類とピンク色のバインダー、弟が亡くなる前に私と撮った最後の写真が飾られているのが目印だ。席につき深く深呼吸をする。写真を見て弟が亡くなった時のことを思い出した。弟は癌で亡くなった。まだ十歳という若さで。私は悔やんだ。もっとあの時こうしていればと、物思いにふけ早速仕事に取り掛かろうとした。その時目の前が真っ白になりその場に倒れ込んだ。気がつくとそこは病床の上。周りでは看護師と私の両親が慌ただしくしている。何があったのか尋ねようとする前に自分の状態を悟った。医者が両親と何やら血相を変えた様子で真剣に話し込んでいた。よっぽど酷い何かに当たったのだろう。ふと脳裏に弟の笑顔が浮かんだ。死ぬ前に私にだけ見せた微笑んだ顔が。そしてその日は終わり明くる朝、私の顔にはめられていた呼吸器は外れ、親から事の次第を聞いた。私は弟と同じだった。癌であった。余命は持っても一ヶ月と親からの宣告を受けると妙に死に対して怖さが消えた。それどころかほっとしたような何とも言えないような感覚が私を包み込む。夕暮れ時、先日給湯室から出てきた生徒が親御さんと共に私の病室を訪れた。生徒は私がこの前言った言葉に対して「その約束を守るから先生は死なないで」と。私はどうやらこの生徒に好かれていたらしい。思い当たったのは私はこの生徒が過去の自分と似たような境遇の持ち主であった為に目を離す事ができず、一つ一つ丁寧に指導していたからだ。そんな言葉を聞き、目に涙がたまる。そして親御さんとも今までの出来事について一通り話し、その日は帰って貰った。夜、病院の質素な食事が舌に合わず避けると私の目の前に死んだはずの弟がこちらを向いて立っていた。「僕と同じになっちゃったね。今やりたいことをやってみたらきっと残りの時間が少なくても楽しめるよ。今度は天国で会おうね。」と。私はこの言葉について考えその中で真っ先に思いついたのは弟の仇をとる事だった。憎いあの四人には弟と同じ苦しみを味わってもらう。私が犯罪者になってでも。そこで私はある日、弟を殺したも同然の奴等に対してある殺人計画書を書いたのだ。無論親と生徒には秘密ではあるが。弟、それに病室に訪れた生徒と親御さんに対して酷く罪悪感に苛まれたが、私の狂気は罪悪感をも上回るものであった。早速人を殺す準備に取り掛かる。病院の脱出方法、殺害の方法、場所、逃走手口など完全犯罪を企てた訳だ。誰も私を捕まえられない。

〜殺人計画の開始〜

 まず病院を脱出する方法を考えなければならない。毎朝六時三十分と毎晩六時に体温測定と食事ががあり、夜の十時頃まで警備員が巡回している為脱出は不可。親との面会時間は毎週水曜日と金曜日に用意されている。抗がん剤治療の副作用で夜はまともに立ち上がり歩くこともできない。だが朝方四時ぐらいから徐々に元の体調に戻る。脱出口は目の前に窓があり、運が良くここは一階の個室なのですぐに抜け出す事ができる。全てを総合して考えた結果、次の土曜日の朝、体温測定と朝食のすぐ後に決行することに決めた。

 決行当日私は朝ご飯の味気の無いパンと牛乳瓶を親が持ってきてくれた着替えの鞄の中に無造作に詰め、念には念を入れて巡回時間の予定が貼りだされている廊下に出て予定を確認した後にそれを実行した。容易に病院を抜け出す事ができ、まずは私が勤めていた学校そばの質屋でもともと身に付けていた腕時計、洋服の入る鞄とは別の通勤に使っていたブランド物の鞄を質に出して、見事に三千円を手にする事ができた。その三千円でビーチサンダル、凶器にする予定の包丁をそれぞれ近所の百円ショップとホームセンターで購入した。これで下準備はできた。まずは一人目の医者からだ。この医者は弟はただの風邪だと診断し見捨てた。絶対に見つかる大きさの腫瘍を抱えた弟に対して軽々しく嘘を吐いた。居場所は私が今いる病院の向かいの徒歩五分とかからない場所にあるいかにも古臭いマンションの最上階である。なぜ医者宅を知っているのかと言うと以前その医者の家に弟の診断違いの抗議をしに行った覚えがあったからだ。前回は軽くあしらわれたが。マンション内のエレベーターで着々と殺人の用意をする。包丁を握り、心臓の鼓動に対してギュッと胸を押さえた。目的階で扉が開き、左側の一番奥の部屋へと向かった。チャイムを押すと、あの憎たらしい医者が以前よりも痩せた様子で出てきた。話があると言って部屋へ上がり「弟の仇を取りに来た」と言うことを話すと顔が豹変し、一貫して謝罪をしてきた。以前抗議に行ったときとは真逆の態度で。ナイフを医者に向けると近くにあったクッションで対抗してきた。しかしこちらは刃物。すぐに切り裂き逃げ惑う医者目掛けてナイフを掲げ襲いかかった。男の着ていた白色のシャツは紅色に染まりだし、私の顔にも血飛沫が飛んだ。何か清々しいような気がふと刹那の間に感じた。まずは一人、残りはあと三人。後でわかった話だがこの医者、他にも病気の人を見捨て遂には訴えられたらしい。その悪事が知れ渡るとすぐに病院を解雇され今に至るということであった。体からは異常な程の汗が噴き出てさらに動悸が激しくなった。そんな事をよそに体と凶器に付いた血を丁寧に浴室で拭き取り、洗面器で血のついた手を石鹸で洗い落とす。この男の財布の中から全財産を抜き取り現場を何もなかったかのように部屋を後にした。外はいつの間にか曇から雨に変わり急いで少し離れた最寄駅近くまで行き線路沿いの漫画喫茶に泊まることにした。そこに着くなりニュースで早速あの医者が遺体で発見されたとあり、重要参考人としてエレベーターの防犯カメラに映った私の写真が共に掲載されていた。いつ警察が私のところに来るか分からないため翌日の早朝に漫画喫茶を出ることにした。徐々に警察に捕まるかもしれないという焦りを感じていると、急にとてつもない吐き気に襲われた。急いでトイレに駆け込み吐き出した。自分でも日に日に弱っていくのが分かるほどに顔は窶れ、体力が落ちていく。弟も日に日に痩せ、死ぬ間際には食べ物も管を通さなければ体に入らない様な状況だった。今の私は弟の苦しみをまだ理解するに至らない。だから必ず殺人計画を成功させ弟を少しでも苦しみから解放してあげたいのだ。そして次の標的は私の親だ。私に弟の病気のことを死ぬ直前まで隠し、弟の病院通いが多くなったことを不思議に思い親を問い詰めたら末期の癌が発見されたと言った。もっと早く病気に気づけていた筈なのに。終いには弟の癌が発見される前「風邪だから」と言って病院に行かせずに放置し病状を進行させた。だから私は敵討ちの為、殺害する事にした。翌朝、鉛色の空を気にしながら漫画喫茶の最寄駅から電車とバスを乗り継いで約一時間。親の住む街へと向かった。そこには過疎化が進み殺風景な駅前ロータリーがそこには広がっていた。実家は駅前の商店街を抜け川を跨いだところに位置している。実家の前には警察車輌と数人の刑事と鑑識がいた。「もう私の正体に気付いたのか。殺人計画が進まないじゃないか。日本の警察はやはり優秀だ」と警察を静かに心の中で讃え、私はひとまず身を伏せるために近くのレストランで暇を潰す事にした。そこにはまだ幼い子供や老夫婦など老若男女様々な人たちで混雑していた。幼い子供は泣き喚き、老夫婦は八百屋の特売商品の載るチラシを見て何やら相談していた。窓側の席に座り今にもまた雨が降り出しそうな空を眺めていると先程注文していたパスタが届いた。いざ一口食べると病院食とは違いとても美味しく感じた。ドリンクバーのジュースを飲んでも同じことを思えた。かれこれ二時間ほどが経ち再び実家の前に行くと警察車輌が無くなっていた。実家の前に着きインターホンを鳴らす。母親が私を出迎え居間に通してくれた。警察が来た理由、私についてを聞かれたらしく母親はそれを淡々と話した。そして父親も来て、まず私の左頬を平手で打った後になぜこのようなことをしたのかを私に問い詰めて来た。だから私は今までの経緯を包み隠さず話した。そして私は親に質問した。「弟が亡くなった今、私に何が残る?昔も今も自分の利益しか考えず私たち兄弟を邪魔者扱いして!どうせ自分の身の安全が最優先なんだよ。貴方達は。」そう言い放ち最後に「私はね貴方達を殺す為に帰ってきた。」と言って聞いて呆れるといった態度で部屋へ戻ろうとした父親を背後から鞄の中に隠し持っていた包丁で刺した。その場に蹲り畳の色が変わる中、動きが止まった。その光景を目の当たりにした母親は急いで電話に向かい警察へと通報していた。父親の死体から包丁を抜き母親を私は狂気に満ちた表情で追いかけ回し再び包丁で刺した。母親は激しく抵抗したが若さ故か私の方が窶れていたとはいえ鳩尾付近にナイフを刺すことができた。母親は私の足を掴み何か呟くと動かなくなった。そしてナイフを抜かれた母親の体は一段と早く紅色に染まって行く。

 しかし母親のかけた電話が警察へと繋がっており、まだ近くにいた警察が家に押し寄せて来た。私は警官の前で今まであったことなどの思いの丈を涙ながらに話し最後に「私も弟と同じ苦しみを味わわなければ敵討ちにならない。一番許せないのはこの私だ」と首元に刃を当てた。警察は早まるなと宥めようとしたが無駄だ。戸惑いすらない。私の人生には終止符今打つ必要がある。脈を切り血がどんどん流れていくのが分かる。

 これでやっと復讐が終わった。どんな顔して弟に会いに行こうか。 

        〜終わり〜

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復讐 渚けんた @Kenta-san

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