第2話

「お疲れさーん」

 日が落ちかけても畑の隅の手入れをしていたセイジュに声を掛けたのは、赤鬼のタゴンだった。

「お疲れさまです。タゴンさんはもう終業ですか?」

「ああ、もう腹減ってな。なあセイジュ、これから王都行ってメシやら何やら一緒にどうだ?」


 すると、俺らの後ろから凜とした声があがった。


「禁酒はどうしたんですか、タゴンさん。また奥さまに怒られますよ?」

「ヴィ、ヴィネ! い、いやぁ、食うだけだよ! 最近はなんだ、ノンアルコール何ちゃらもあるし、な? それならいいだろう?」


 鬼のくせに鬼ごろしが好きなこの酒豪タゴンは、別に健康上の理由ではなく、『酔うと身長2.5mの乳幼児化する』という悪癖が原因で、奥方からしばらく禁酒令が出されている。このがたいと強靱な黄色と黒の角で『まんま〜バブバブ〜』と仰向けになって赤子化した時は、一緒に宴会に参加していた村人たちも控え目に表現してもドン引きしていた。


「それよりセイジュ、仕事が終わったら一緒に湖に行かないか? 水場に綺麗な花が咲いているのを見つけたんだ」

 先ほどタゴンを叱った声の主、堕天使のヴィネがそう言ってセイジュの肩に手を置いた。褐色の肌は全身つるりとしていて、長い巻き毛を耳に掛ける仕草は『よっ! さっすが元天使!!』といわんばかりの優雅さがある。まあ、立派に堕天してんだけどな。


 ウォルズ王国では、堕天使も魔族としてカテゴライズされており、珍しくもない。


 だが、本物の天使は——


「せーいーじゅうううう!!!!」

 甲高い幼女の声が聞こえた次の瞬間、セイジュは吹っ飛ばされ、頭は畑にめり込んでいた。

「フラムさん! また年甲斐もないことを!」

 ヴィネが叱る間にセイジュは何とか畑から凱旋し、雪女のフラムを見上げた。

「そろそろ木陰に戻らないとまた風邪引きますよ?」

「やぁだ! あたしセイジュと遊ぶ!」

「いや待て、セイジュは俺と王都に——」

「無視しろセイジュ、湖は——」

「せぃじゅううう! 糸取りしよううう!!」


……何だかモテモテなセイジュ少年ではあるが、彼は大いなる苦悩を抱えている。

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