順番

なゆうき

1

それはある夏の夜だった。俺は通っている都内の大学の夏休みを利用して実家のある田舎町へ帰省していた。時刻は22時半を回ろうかとしていた。

「ブッブッブッー」

スマホが震えラインの着信を伝えた。そこには高校の同級生からのグループラインで飲み会への誘いが記されていた。俺は久し振りの再開に心をはずませた。しかし、今からとはずいぶん急だなと思ったが昔のノリではよくある事だったので別段気にせず参加する旨を伝えた。



 指定された場所は町の片隅でひっそり流れる川幅の狭い川のほとりにある空き地だった。空き地は小高い山を背にしていて、夜なのに蝉がひっきりなしにないていて、見た目の寂莫さとのアンバランスが不思議な雰囲気を醸し出していた。そこは高校時代よく集まってはしゃいでいた空き地だった。空き地に入るとすでに数人集まっていた。


 集まった各々が久し振りの再開に会話を弾ませている中、一人焦ったように小走りで空き地へ入ってくる男がいた。考太だ、今回の飲み会を主催者だ。考太は額に汗を滲ませ近寄って来た。

 6人全員が揃った所で各々が持ち寄った缶ビールやらチューハイ、それにつまみを口にしながら話をしていた。飲み始めてそれ程時間がたっていない段階で、考太が急に話を持ち出した。

「なぁ、いきなりだけどかくれんぼしないか? 今俺の通っている大学では流行っていてやってみると意外と面白いんだよな」

考太が不自然なタイミングで、これまたこの歳ではあまり口にしないような遊びを提案したものだから一同ぽかんとしていた。しかし、考太は昔から空気の読めないところがあったので別段不審にも思わずかくれんぼの同意を得る事が出来た。考太はどことなく安堵の表情を滲ませているように見えた。



 最初のオニは雄介だった。みんなが隠れる範囲は空き地の背後にある山の少し上った所にある公園までとなった。大学生のかくれんぼとしてはまずまずの範囲ではないだろうか。

雄介が空き地の壁にもたれかかり目をつぶりカウントを始める。それを合図に蜘蛛の子を散らすように各々駆け出した。

「27、28、29、30! もーいいーかい?」

遠くの方から探しに行ってもよいか了承をとろうとする声が聞こえた。皆の返事はない。今回は隠れる場所が広範囲なのでその呼びかけは意味をなさない。そういう取り決めをしていた。しかし、雄介は雰囲気を出す為なのか言っている。


 俺は公園の中にあるゾウの鼻をかたどった滑り台に隠れていた。そこの鼻の下にちょっとした空間がありそこに身を潜めていた。完全に体を隠す事は出来ないので、公園の暗さを目くらましにした安易な隠れ場所だった。正直にいうと本当はもっと適切な隠れ場所はいくらでもあるのだろうと思う。しかし完全に体を隠しきれる場所に行く事自体がそもそも恐怖なのだ。こんなに人気のない場所に一人でいるのはそれ自体が罰ゲームかのような様相があり、早く見つけてくれといった気持ちも多分にあった。

 事実、俺と同じ考えをしている者もいるようで、俺の目から見ても数人は隠れている場所が知れてしまっている。

 俺の密かな願いが叶ったのか割と早い段階でオニである雄介に見つけられた。見つけられた者は初めの空き地に移動してみんなが見つかるのを待つようになっている。


 空き地に戻るとまだ誰もいなかった。どうやら俺が一番最初に見つかったようだった。それから間もなく三人ほど順々に空地へ戻って来た。あとは考太を残すのみだった。しばらく見つかったみんなで話をしていると、雄介が走りながら戻って来た。顔は青白く、目はひどく泳いでいた。やはりオニは一人で山や公園を徘徊するので恐ろしいのだろう。オニもオニで罰ゲームに近い。誰も得をしないようなかくれんぼとなっている。

「考太も見つけたよ。ただ考太は飲みすぎたかで気分が悪くなったらしく先に帰らせたよ。」

そんなに飲んでいただろうか?そう思ったが特に気に留める事はなくかくれんぼが再開された。今回のオニは一番最初に見つけられてしまった俺だ。


 俺は空き地の壁にもたれカウントを始める。

「28、29、30! もーいいーかい?」カウントを終了すると先ほどの雄介と同様に意味のない『もーいいーかい?』を言ってしまっている。なるほど実際オニになってみると一人の心細さからこれを言ってしまうのか。

 やはりみんな一人で隠れているのは怖いと見え簡単に見つける事が出来た。あとは雄介一人となった。俺は再び一人で森の中に目を凝らしている。


「もーいいーよ」


 俺はギクッとし、背中に一筋の汗が流れた。言う必要がないセリフが聞こえた。それは雄介の声だった。あいつもすぐに見つけて欲しいのかと思いながら声のする方へ目を向ける。公園とは違う方向の森の茂みから聞こえてくる。


「ガサッ、ガサガサ」


 視線の先から人の動く気配と物音が聞こえる。雄介は移動しているのだろうか?物音の移動する方向へ足を向ける。蝉の鳴き声は騒々しく聞こえているものの暗闇の中にはそこにある物を無にさせる恐怖を秘めている。その恐怖の中、移動する物音を追って歩いていると体は粟立ち、暗闇に押しつぶされそうな感覚に陥る。そうやってしばらく追っていると物音はピタッと止まり、あたりは蝉の鳴き声だけとなった。

 俺は視線先に一筋の光を見つけた。なんだろうと近寄ってみると懐中電灯だった。なんとはなしにその懐中電灯を拾い上げ、まじまじと光を見ていると、不意にギョッとした。

 懐中電灯の先端には赤黒い液体がついていた。暗い中その懐中電灯自体が発している光に照らされたそこには血液らしいものがついていたのだ。


頭の中にぽっかりと空間が出来たように呆然としていると。


「ガサッ、ガサッ」


 再び物音がした。無意識のうちにその音の出どころへ足を進める。茂みを掻き分け少し開けた場所にたどり着くと更に異様な光景が俺の目に映し出された。

 そこには雄介ともう一人いた。もう一人の方は微動だにせず木によりかかり上空を見つめている。いや、上空を見ていると言ってよいのかは分からない。大きく目を見開きその双眸は上方に向けられているといった方がよいだろうか。そして、その額には懐中電灯と同様に赤黒い液体が付着している。息を吸う事も忘れるくらいその異様な光景に見入ってしまった。


「いきなりこれじゃそうなるよな」雄介は青白い顔をしながらそう言った。

「俺もさっきお前と同じように考太にここへ誘導されてきて、この光景を見たよ。正直何がなんだか分からなかったよ。まぁ正確に言えば今もよく分かってないけどな」

雄介によると一回目のかくれんぼで雄介は考太に誘導されてここへ来た。その時先ほどの俺と同様に懐中電灯を掴み茂みに分け入ったというのだ。

 そして考太から聞かされた今回の経緯も雄介は俺に話してくれた。まず、考太も誰か別の友人に誘導されてこの件に巻き込まれていた。そして今度は考太か主催者になってこのかくれんぼを開催したようだ。かくれんぼの目的は殺人の罪を擦り付ける事だという。どうやら考太の前に何人もこの罪を擦りつけられていたらしかった。要するにそこで上方に顔を向けられているのは死体という事になり凶器は懐中電灯だ。


「最後に忠告しておく。もしお前が誰かに罪を擦り付けるのがかわいそうと思い、この負の連鎖を止める気があるならこのままかくれんぼはやめろ。ただし、殺人の罪が擦り付けらるなんてバカらしいと思うなら懐中電灯の指紋をふき取れ。」雄介は俺の目をまっすぐ見て更に続ける。

「俺はやってもいない罪を被るのはまっぴらごめんだ! お前を含め最終的には誰になるか分からないが誰かに罪を被ってもらうぜ……」そういうと雄介は自分が帰る適当な理由をみんなに伝えておいてくれ。と言い暗闇の中に消えていった。



雄介の話を聞いて俺はもちろん迷う事は無かった。誰かが止めなければ永遠に続く負の連鎖。それはまるで生贄を捧げて災いから逃れようとし失敗を繰り返すような負の連鎖。誰かが救世主となり連鎖を断ち切らなくては永遠に続いていってしまう。


俺は空き地に戻ってみんなの前で言った。


「さぁかくれんぼを続けよう。」

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