冬の蝶【夜光虫if】

レント

第1話

 今日は久しぶりにジャンボは土木の現場に来ていた。

京劇の学校や工場ほどではないけど、この空気にもしばらく世話になったのだ。

撮影現場の活気とはまた違う、重機の動く音や、資材が運ばれる音に、ふと懐かしさを感じる。



「あれ?江白……?江白じゃねぇのか!?」

「ああ!お久しぶりです!」



 一人がジャンボに気がつくと、また一人、さらに一人と作業を中断して、昔の仲間達は彼の元に集まる。



「なんだよ!元気にしてんのか!?」

「ええ、おかげさまでなんとかやってます」

「映画の世界に行ったっていうからよ、俺達もずっと気になっててさ。なんだったかな…この間映画館でやってたやつ」



ジャンボが題名をいうと、集まったかつての仲間たちは揃って頷く。



「そうそれ!お前が出てるって聞いたから俺たちみんなで見に行ったんだよ!!」

「でも、お前どこにうつってたんだ?チョイ役か?」

「失礼な!あれでもかなりのカットにいましたよ。でも、スタントマンは顔は映らないんですよ」

「あれ〜、そうだったのか。まぁ、でも、出てたことには変わりないわけだ」



輪の中の一人が力強く、そして嬉しそうにジャンボの肩を叩く。



「なんだか、いい笑顔で笑うようになったな」



ジャンボは少し驚いたが、すぐにふっと笑った。



「そうだ!この間ロケで少し遠くの方へ行ったので、そのお土産が……」

「なんだよ、ロケなんてカッコつけちゃって」



 がはがは笑う仲間たちは、みんな温かかった。

しかし、その中央で、ジャンボはほとんど身動きもせずなにかショックを受けている。



「どうした」

「……なんか、俺、手ぶらできちゃいました」



 言われてみれば確かに、ジャンボはなんの手荷物もなく、ふらっとここに立ち寄っただけのように見えた。

一瞬だけキョトンとした面々は、すぐにおかしそうに笑い出す。



「そういうとこだぞ!お前はいつもどこか抜けてるんだ!」

「すいません……俺、なにしに来たんだろ」

「顔見せてくれるだけでも嬉しいよ。気にすんなって!」



 本当に皆が、ジャンボに会えただけで嬉しそうにしていた。

その顔を見ると余計に申し訳ないが、ジャンボはグッと込み上げるものもある。



「ありがとうございます」



だが、次の瞬間、その輪の一人がなにかに気が付き、大慌てで駆け出した。



「ん?」



他の全員も、ジャンボもその方向に振り返る。



「こら!子供が入ってくる所じゃないんだ!危ないから出てけ!」

「ち、違うんです……ジャンボに……」



すぐに察したジャンボは、怒られて怯える子供二人の方に駆け寄る。



「チョコ!バニラ!」

「ジャンボ!」



 ジャンボの姿を見た瞬間、二人は心底ほっとしたようになり、だっと駆け寄った。

注意しに行った作業員は、その姿を見て少し気まずそうに頭をかく。



「なんだよ、お前の連れか?」

「ええ、前にお話した二人です」



答えながらもジャンボはしゃがみ、少し怖い顔で二人を見る。



「どうしてついてきたんだ。工事現場ってのは危ないんだぞ」

「これ……ジャンボ……忘れていったから……」



 しょんぼりしながら、バニラが手に持ってた包みをジャンボに差し出した。

それは持ってくるはずだった、土産の包みだった。



「あ……」



 申し訳なさそうにする子供二人を前に、ジャンボは心底気まずくなり、素直に頭を下げる。



「すまん、本当にありがとう」



次の瞬間、二人の顔はぱぁっと明るくなった。



「俺、声かけたんだよ!これ持ってかなくていいの?って!」

「え!?いや……全然覚えてない」

「なんかいっつもジャンボって、どこか抜けてるよな」



 子供たちは悪い顔でわらった。

ジャンボはなにも言い返せず、がっくりと肩を落とす。



「ごめんって。せっかくなら皆に紹介したいから、着いてきてくれるか?」

「え!いいの!?」

「いや、それ俺のセリフだよ」



 子供たちは初めて間近に見る大きなメカの数々に、目を輝かせていた。

どんなものでも面白がれるところが、こいつらの良いとこでもあるし、暴走しやすいところでもあるんだよなぁ。

なんて一人心地で立ち上がった瞬間、怒号が現場に響き渡った。



「逃げろ!!!!江白!!!!」

「え?」



 たった一瞬の出来事だった。

束になった資材がなにかの不注意で、三人の方に勢いよく倒れ込む。

もちろん避けようと思った。だが避けられる時間などなかった。

とっさにジャンボは子供たちを抱えて覆いかぶさり、倒れてきた資材の山の中に埋もれた。



「江白!!!!!!!」



 真っ青になった作業員たちは、大きな鉄パイプの下敷きになった彼の姿を必死に探した。

すると、子供の泣き声が二人分、山の下から聞こえてくる。



「おい!!!みんな手ぇ貸せ!!!」



 休憩中だったものも、離れたところにいたものも、全員がその場に駆けつけた。

次々にどかされて行くパイプの下に、まだ彼の姿は見えない。

子供の泣き声だけが現場に響き渡った。

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