カルバニ・スィミ 編 1
信じられるか? たったの五ヶ月で恋人を二人も失ってしまっただなんて……。この世界ではわりと死は身近にあって、誰しも悲しくならないなんてことは当然ないんだけど、俺のように塞ぎ込むような人はこれまでに見たことはないと……そう言われた。ダンジョンに挑む者は当たり前みたいに死を覚悟してから出発するらしいし、町で暮らしている人たちもこの国が歩んできた歴史的観点から見ても非情な国民性が培われているのだろう。
もちろん、全ての国民がそうではない。情に厚い人もいれば優しさが滲み出ている人もいる。そして、誰もが打たれ強い心を持っていて、俺のようにいつまでもメソメソしているような人はいないんだってさ。だけど、俺はそんな風にはなりたくない。死ぬことが当たり前で……悲しんだり、落ち込んだりすることが許されないなんていう心無しにはなりたくないんだ。
メルリはダンジョンに巣食う魔物の手にかかって死んだわけではない。同じ町で暮らす人の手によって命を奪われたんだ。店を荒らしていったあの男たちは強盗だったんだろうか。許せない……道具が欲しければ好きなだけ持って行けばいい。でもさ、メルリの命を奪う必要なんてなかったはずだ。どうしてだよ……。どうして、こんなことになったんだ……。
「帰ったよ。ちゃんと居るかい?」
そう声がした。俺はそっと目を開く。壁に預けた背中が硬直するほどの長い時間、じっとし続けていたみたいだ。体を起こすことができなくて、仕方なく顔を上げて声の主の姿を確認する。銀髪と日に焼けた肌が対照的で、派手な衣服はやや露出が多い。腰の後ろには短剣が見えるが、彼女は探検家ではない。罠避け役と呼ばれる仕事に就いている女性だ。
「カルバニ……」
「まだ元気はなさそうだね? 飯は食えそうかい?」
「………………」
「そうかい。まぁいいさ。それじゃあ黙って話だけ聞いてな」
俺は今、町の外にあるカルバニの家……とは呼べない隠れ家的な建物の中にいる。イザードパレスから逃げ出した俺は路頭に迷い、この異世界で行き場を失った。疲れ果てて倒れそうになっている所を、たまたま通りかかったカルバニに助けられてここまで連れて来られたんだ。
彼女に事情を話して匿ってもらっているが、いつまでも隠れてはいられないだろう。俺は何故か町で起きた首吊り事件の容疑者として指名手配されている。カルバニが言うには、あの町でここまで立て続けに自殺者が出たことはこれまでになかったことだという。現在判明しているだけで三人。そこには
俺が……
「まずはあのお嬢さんについてだけどね。メルリって言ったかい? あんたの雇い主の死因は腹部を刺されたことによる出血多量死だそうだよ。その傷口と出血の速さからまともじゃない凶器が使われてる。その悲鳴を近所の人間も聞いていないことから犯行は一瞬のことだったんだろうね。店内は荒らされていたがどうにもあれは偽装っぽいとあたいは睨んでるよ。狙いははじめからあのお嬢さんだったんじゃないかねぇ。でも時間が時間だったからね、目撃者はいないから逃げた犯人を見た者もいない。たまたま居合わせた別件の容疑者が犯行に及んだ可能性が最も高い……だとよ」
「犯人は見たさ。複数人の男たち。あの風貌にも見覚えはあるが……あいつらがどんな組織なのか、誰に雇われているのかは分からない。あれが強盗目的じゃなくメルリを狙った犯行なんだとしたら……その目的はなんだ? どうしてただの町娘であるメルリが殺されなきゃならないんだ?」
「黙って聞いてなって言ったろ? 話せる元気があるなら食うもんを食いな。あんたに食わせるもんだってタダじゃないんだ」
カルバニはそう言い、俺に向かって水筒のようなものを投げつけた。中身は水だろう。そして机代わりにしている木箱の上を叩いてそこに食料を並べた。食いたければここまで来いということだろうな。俺は言われた通りに移動する。起き上がる時に握られた左手の中に感触があった。それを落とさないように握り直してから起き上がる。
筋肉の硬直で身体は傷んだが我慢した。何とかたどり着き、まずは水筒の水を飲んだ。よほど喉が渇いていたのか一気に半分ほども飲み干してしまった。それからようやく食料に右手を伸ばしてゆっくりと食べ始めた俺を確認すると、カルバニも安心したのかその場に座って一緒に食べることになった。
「メルリはどうなった?」
「教会の連中が運び出したって聞いたよ。葬儀の方もしめやかに営まれたそうさね。だが、彼女の父親かい? それと連絡が取れないとかでね、代わりに付き合いのあった者が何人か遺骨の預かり人として立候補したらしいが、結局はどこぞの貴族が預かることになったとかって話だよ」
「……そうか」
「あと、店舗はそのままだが、壊れた扉の修繕費やらでいくつかの商品が担保代わりに持っていかれたってことみたいさね。店主が戻るまでは古くからの友人とやらが管理するんだとさ」
「俺が住んでいた痕跡は残ってるんだろうな……」
「そりゃあそうだろうね。あんたの存在に気付いた父親がどれだけ怒り狂うのか……。もし、証拠を隠滅したいなら店に火をかけるしかないよ。なんなら、あたいがちょっくら手を貸してやろうかい?」
「………………いや、そのままでいい」
「いいのかい?」
「メルリが大切にしていた場所だ。それを俺の手で壊したくない……」
「ま、そういうことなら仕方ないね。ただ……覚悟はしておきなよ?」
「分かってる」
俺は一生、メルリの父親に恨まれることになるんだろうな。店主の許可なく店で働いていたこと、住み込み……しかもメルリの旦那になる人の為に用意していた部屋を無断で使っていたこと、そして、大切な一人娘を傷物にしたこと。もしも、俺の無実が証明されたとしても許されないだろうな。
「じゃあ、次の話をしようか」
「……次?」
「そうさね。あんたの話さ」
「俺は…………」
「アイガ、あんたにかけられた容疑は消えちゃいないがね、あんたに対しての捜索は打ち切られたよ」
「は? なんで?」
「それだけじゃない。あんたを捕縛した際に支払われるはずだった報酬も取り下げられたし、一部の連中を除けばあんたを捕まえようとしている者はもうほとんどいないみたいさ」
「……どういうことだ? なんでそんなことに?」
「さぁね。だが、大きな力が動いたと噂されてるよ。探検家だろうが貴族だろうが、この国の兵士たちでさえ逆らうことのできない力がね」
「アイヴイザード……か」
「ははっ! アイガ、あんた一体何者さね? あの王家が動かざるをえないほどの人物には見えないんだがねぇ?」
「俺は……ただの一般人さ。愛した女とただこの町で生活してさえいられればそれで良かった。それで良かったはずなのに、
「………………一応確認しておくが、あんた……本当に首吊り事件とは関係ないんだね?」
「ない!
「一人目は娼婦だったって聞いてるよ。男の為に体を売ってたらしいが、ある時に突然別れ話を持ちかけた。なんでも他の男に一目惚れしちまったとかでね。それで揉めて男が自殺に見せかけて殺したって噂もあるがね、実は男が帰った後に自ら首を吊ったってことみたいだね」
「そうか……」
「二人目は……あんたの女だったんだね。宿で首を吊った状態で発見された女はこの国の出身ではなかった。同室にいた男は放心状態でその場にいたが、そこで何が起きたのかは知らない様子だった。男の犯行だと怪しんだ者もいたようだが、あまりにも酷い精神状態に陥っていた為に医者は男に犯行は不可能だったのではないかと証言している」
「………………」
「三人目はただの町娘。これが変わった女でね、幼馴染みのろくでもない男に惚れちまったらしくていつも振り回されてたって話だよ。男は女が特別な力を持っていると思っていたらしく、出来もしないことを平然と命令していたんだとさ。それがいったい何がきっかけだったのか、女は男に別れ告げ、目の前で首を吊って見せたんだと」
「また、別れ話か……」
「そうだねぇ。三人目の女の話に出てきた男っていうが執拗にあんたを捕縛しようと画策してるって話さね。打ち切られた捜索と取り下げられた報酬の撤回を求めているとか」
あのヒーロー気取りの男か。その恋人である女とは……待ち合わせに二時間も待ち続けていたあの女性のことだ。カルバニには知らないと答えたが、面識くらいはあったんだな。でもそれだけだ。彼女の自殺に心当たりがあるとすれば、あの彼氏に問題があったとしか思えない。彼女は悩んでいた。あの男にとって自分は何なのかと。彼女は自ら命を絶つことで特別な力なんて持っていなかったことを証明したかったんじゃないか?
一人目の女性に関してはまるで心当たりがない。俺と関わった人間の数なんてたかが知れてる。もしその女性があの時の……メルリを殺した男たちに追われていた偉そうで傲慢な態度の女だったら記憶に新しいが、あの女が事件に関与していないなら俺だって関係はないはずだ。ただ……あの女なら何らかの情報を持っている可能性はある。
「とにかくさ、その三人の被害者に共通して言われているのは……どの女も自ら命を絶つような性格じゃなかったってことさね。まぁ、見た目とは違って腹の中じゃ何を考えてるのか分からないってのが女って生き物だけどさ。ただね……一人目も三人目も別れ話をする直前までは普段通りだったらしいね。男たちに言わせればその別れ話は唐突すぎたと。言ってみれば急に人が変わったように見えたってことらしいよ」
「人が変わった……?」
「そうさ」
その言葉、どこかで聞いたことがあるような……。どこだったか。誰がそう言っていた? あれは確か……この世界の生活に慣れ始めた頃だ。仕事が決まってこれから頑張っていこうって張り切っていた頃……そう、
『あの人は……突然人が変わったように宝箱のある部屋へと単身で入って行ったんです。誰にも宝は渡さない。全て自分のものだと言ってその部屋に立て籠ったんです。でもそこは罠部屋でした。本当は立て籠ったんじゃなくて閉じ込められていただけなんです』
ルータ・ヲーブ。イザードパレスで有名な探検家だった彼女の死因は不明とされていた。だが実際にはただ一人で罠部屋に立て籠り、宝を独り占めしようとした結果……命を落としたとのことだ。どんな罠だったのかは聞いていない。だけど、そこが問題じゃない。彼女は同行した
それに……ルータだけじゃない。俺と
そうだ。俺たち勇の者にはアメムガリミス教会が信仰する神の加護が与えられていて、
キヤス神父は言っていた。その者が欲する力を得られることもあれば、望まぬ力を得ることもあると。精神的支配により他者を弱体化するような力もあると。弱体化という言い方をしていたが、精神を支配するということは相手を意のままに操るようなこともできるってことじゃないのか? それこそ本来ならばその人が絶対に起こし得ない行動をさせることも……。
もしも、首吊り事件の被害者たちやルータ、あの探検家の女が神に与えられた力で自害するように仕向けられたんだとしたら? もしも、その力が使用者の意思に関わらず発現してしまうものだったとしたら? もしも、その作用が自害だけではなく……自らの死を招くような行動をさせてしまうものだったとしたら?
「俺が……俺の力が、二人を殺してしまったのか?」
謎の数字は相手の顔に重なって浮かび上がる。
「アイガ、大丈夫かい? 顔色が悪いよ?」
「…………俺には」
「ん? なんだい?」
「俺には……恋愛体質がある」
「何の話だい?」
「誰かを愛し、誰かに愛されていないと生きていけないんだ……」
「………………」
「そんな俺が、こんな力を持っていたら……みんな、死んでしまうじゃないか」
「アイガ?」
「
「……なんだって?」
「こんなのは加護じゃない…………呪いだ」
「呪い?」
「俺は昔から女性に好かれやすかった。一方的に好意を向けられることも多かった。その性質のせいで友人を作ることは難しかった。でもいつの頃からか、俺は恋愛体質というものを抱えるようになっていた。本能的に孤独になることを恐れていたのかもしれない。そんな俺が……ここへ来てこんな力を与えられた……。これを呪いと呼ばずして何と呼べばいいんだ」
「分からないね。あんたは何を言っているんだい? あんたは首吊り事件には関与していない。そうなんだろ?」
「………………」
「答えなよ、アイガ! あたいに隠し事なんて許さないよ!」
「…………俺の持つ性質が無意識に、そして無作為に女性の視線を集める。俺を認識することで精神支配へのカウントが始まる。そしてより身近な女性ほど、俺が恋愛体質によってその仲を深めようとする。一方的な視線よりも二人の間で交わされる会話の方が爆発的にその支配度を増幅させる。そしてたぶん、一定水準を超えた状態で俺が力の発現を望むとその支配は完了し……女性は自ら死を迎える為に行動を起こす。いや、条件はもうひとつあるか。俺と愛し合った女性に対しては、俺が望もうが望むまいがその力が発現する。つまり、恋愛体質によって俺は誰かを愛さずにはいられないが……それは俺を愛してくれた女性を殺してしまうということだ。これが……この世界の神が俺に与えた力……
どうしてそんな力を俺に与えたんだ……。俺はただ異世界召喚に巻き込まれただけで……。それに、勇の者の力はダンジョンに巣食う魔物とそいつらを生み出している魔王を倒す為に使われるべきものではないのか? それがどうして人間の女性に対して発現してしまったんだ。俺の存在は……この世界に住まう女性たちにとっては害悪にしかなり得ないのか……。
「ったく、なんだってんだい? 神に与えられた力だとか……精神支配だとか……アイガ、あんた気でも狂ったのかい?」
「……分からないだろうな。俺自身も訳が分からないんだから。でもこれは現実で、夢で終わらせることはできない。もう戻れない。やり直すことはできないんだ。だったら俺は……俺を終わらせることしか……」
「あんたも自ら命を絶とうってかい?」
「それでこの地獄から抜け出せるなら……」
「それは無理さ! あんたが本当に人を自由に殺せる力を持っていて、それを無自覚に使っていたんだとしてもね。人を殺したんならあんたはこの世界を去っても地獄行きさ!」
「………………」
「なぁアイガ、そんな後ろ向きでどうするんだい? あんたが死んだところでもう誰も救われやしないよ。それどころか、それはあんたが愛した女たちを裏切る行為だよ」
「裏切る?」
「そうさ。逃げることは敗北を認めることと同じことなんだよ。あんたは失った彼女たちの為に何をしてやれた? 今のあんたにはもう彼女たちにしてやれることはないのかい?」
「……俺に何ができる。俺には奪うことしかできないのに」
「さてね、それはあたいにも分からないよ。でも……あんたはまだ生きてて考える頭を持ってるだろう? だったら考えなよ。今の自分に何ができるのかってね」
……何も、できることなんてない。俺が殺してしまったんだぞ? 俺の手で殺したのに……その俺が
「カルバニは魔法には詳しいのか?」
「ん? そうさね……専門知識はない。だけどあらゆる探検家たちと共にダンジョンへ潜り続けてきたんだ、多少なりの知識は持ち合わせているつもりだよ」
「だったら……教えてくれ。魔法とはどの程度のことができるものなんだ? この世界にいる人間は生まれつきマナというものを体内に持っていると聞いた。それは神から与えられた恩恵だとも。俺の力も同じだ。同じ神から与えられたものであるなら……俺の力とは対を成す魔法が存在していてもおかしくはないはずだろ?」
「アイガ……残念だけど、魔法がどんなに万能だとは言っても死んだ者の命を取り戻すことはできないよ。できることはせいぜい、傷を癒したりすることだけさね」
「くっ……」
「命を奪うことは簡単なのさ。でもね、命は誰にでも一つでかけがえのないものなんだ。だからこそ人は懸命に生きるし、誰かの命を守ろうと必死にもなるんだろ?」
「………………」
「ま、慌てることはないさ。ゆっくり考えればいいじゃないのさ」
「ダメなんだ……それじゃあまた犠牲者が出てしまうかもしれない」
「なんでさ?」
「さっきも言っただろ。俺には恋愛体質がある。誰かを愛していないとダメなんだ。だけど、それをすればまたその人を殺してしまう。俺の意思とは関係なく……」
「だったら、あたいを好きになればいい」
「……は?」
「そうすればあんたは生きていられるんだろ?」
「そんな簡単な話じゃない! 俺が愛せるのは俺を愛してくれる人だけだ! 誰でもいいわけじゃない!」
「そうかい……」
思わず怒鳴ってしまった。その声に驚いた様子で目を背けるカルバニ。しかし、言葉の内容は気にしていないように見える。たぶん俺を心配してくれただけなんだろうけど、この体質とずっと付き合ってきたから分かるんだ。嘘は通じない。思い込みで疑似恋愛を行っても俺は満たされないんだ。
「大丈夫そうだね……」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。食べ終わったかい?」
「ああ」
「よし、それじゃあ片付けるから」
「手伝う」
「いいよ。体はまだ重そうだしね。とりあえず、あんたはそこで泣いてな」
「は?」
「まだ泣いてないんだろう? あのお嬢さん……メルリの為にさ」
「あ…………でも」
「よく分からない力のことは一旦忘れな。原因はどうあれ、亡くなった者に対して泣いてやれるのは生きている者だけなんだからね。それにそれはあの子の為でもあるけどさ、あんたの為でもあるのさ。泣いて楽になりな……見ないでいてやるからさ」
「………………」
言われて気付いた。俺はあの時に泣けなかったんだな。店に押しかけてきた人たちがいたせいもあるんだろう。呆気にとられる俺を残し、カルバニは食べ終えた食料のゴミや飲み干した水筒を持ってその場を離れ、パタン……と扉を閉めて部屋から姿を消した。俺は座ったままで俯き、握りしめたままの左手をそっと開いてその中身を確認する。そこには金色の金具と水色の装飾の付いた三日月型の髪留めがあった。
「メルリ……」
それを付けたメルリの顔がぼんやりと浮かび上がる。笑っている彼女の顔だった。そして脳裏には俺の名前を呼ぶ声も聞こえてくる。あの甘くとろけそうな声……華奢で頼りないが女の子らしい柔らかい感触……鼻腔をくすぐる石鹸の香り。彼女との日々はほんの僅かで、だけどとても濃密な日常だった。忘れるはずがない。俺たちはあの丘で恋人になる誓いをした。あの時のことを思い出す。
『メルリ、俺を愛してほしい。常に隣で支えてほしい。もしもこの願いを受け入れてくれるなら……俺は生涯、君の為だけに生きていくことを誓うよ。俺は、メルリを愛している』
『…………嬉しい、ですぅ。でも、私は……アイガさんを愛せるでしょうかぁ? まだ、よく分からないんですぅ』
『俺のことはどう思ってる?』
『す、好き……ですよぉ? でも、この好きはどういう好きなのか分からないんですぅ。それに……アイガさんはいいんですかぁ?』
『……
『はいぃ』
『そうだよな。メルリが心配するのは痛いほどよく分かってる。話さないといけないことがまだまだあるんだ。俺の体質のことなんかは特にな。
『…………アイガさんのことは信じていますぅ。こんな時に冗談なんて言わない人だということ。それに、サナさんのことも正直に話してくれましたしぃ。私は……ずっと一人でした。父ともなかなか会えませんしぃ、寂しかったんだと思います。そんな時にアイガさんと出会えましたぁ。一生懸命に道具のことを勉強してくれて、素材のことにも興味を持ってくれて……いつの間にか私は、アイガさんといるのが楽しくなって……もっと、もっとお話していたいと思うようになっていたんですぅ。でも、サナさんが亡くなって……落ち込むアイガさんを見て、私ではその隙間を埋めてあげることはできないのだと痛感しましたぁ。私……アイガさんのこと…………もう、ずっと前から……好きになっていましたぁ……』
『メルリ……』
『でも、これが恋愛感情なのか、感謝の気持ちなのか、それとも別の何かなのか……それが分からないんですぅ』
『…………だったら、その気持ちを俺が恋愛感情だと気付かせるよ。これからはいつでも君の隣で愛を囁くし、君を傷付けるものからは何を失っても守ってみせる。だからメルリ……俺を君の恋人にしてくれないか?』
『………………はいぃ』
『ほっ……ありがとう、メルリ。これから、宜しく頼むな』
『こちらこそ……えへへ、恥ずかしいですねぇ』
『ははは、そうだな』
『…………あ、サナさんはどうなさるのですか?』
『ん? ああ、どうしようか。勝手に墓を建てるのもまずいんだよな?』
『そうですねぇ』
『うーん……かといって海に流すのもな……』
『それなら、私の友人にお願いしてみましょうかぁ?』
『友だち?』
『はいぃ。お手紙でのやり取りが主なのですがぁ、たまにお店の方にも来て頂けるんですぅ。その方は母のお墓も建ててくださった方で、私有地内であれば問題はないと仰ってくださったんですぅ』
『あ、そうか……お母さんもこの国の出身じゃなかったから』
『はいぃ。あの方ならきっと……サナさんのことも』
『…………正直、会ったこともない人に
『あ……いえぇ。そんな意味ではなかったのですがぁ、すみませぇん』
『いいんだ。これは俺の覚悟と君への誓いでもある。ありがとう、メルリ。
『はいぃ!』
あの日、俺がメルリにあんなことを言わなければ……もしかしたら彼女の運命は変わっていたのかもしれない。そう思うとただひたすらに悲しくて涙が溢れ出た。この世界では俺からの愛の告白は死の宣告であり、それを知らずにあんなにも純粋で真っ直ぐに俺を愛そうとしてくれたメルリ。いろんなことに気が回り、道具の目利きもできて、たくさんの人に愛された女の子。そんな彼女の笑顔を奪ったのは……俺自身だった。
『わた、し……し……あ、わ…………せ…………』
メルリ。君は最後になんて言おうとしたんだろうか。俺は君を不幸にした。君の幸せを願ったお母さんにも恨まれるかもしれないな。頭を過るのは自責の念ばかりだ。そんな俺に涙を流す資格なんてないのかもしれない。それでも止まらない。一度流れ出した涙をどうしても止めることはできない。ただ悲しみと後悔が延々とループしていく。
ガチャ……と扉を開く音がした。カルバニが戻ってきたようだ。俺は未だに泣き続けている姿を見られるのが嫌で頭を上げることはできなかった。それでも体の震えは止められない。声を押し殺し、ただじっとしていることしかできなかった。すると……俺の頭の上に何かが乗っかった。それは小さく……でも温かいものだった。それが優しく髪を撫でてくれる。そして……。
「泣いてるの? お兄ちゃん……大丈夫?」
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