#18 次なる一歩
ハンタース四階指令室。
最初にイェールさん、サクヤさんと話した部屋である。
出立の挨拶のために俺とシリュウが訪れると、そこには
「アルバニアギルドマスターのアイザック氏に、シリュウさんが二段階、Dランクへ昇格できるよう推薦しておきました」
「ほんとか!? シィえらくなるのか!?」
俺たちの次の目的地が帝都アルバニアだと聞いたイェールさんは、その日のうちにアルバニアギルドへ通達してくれたらしい。
ギルドとしての機能も一部有するハンタースならでは計らいに、シリュウは喜び身を乗り出してイェールさんに詰め寄る。
「そうです。偉くなるのです」
シリュウの興奮にイェールさんは冷静に肯定し、ですが、と続けた。
「戦闘力だけならシリュウさんは本来Aランクに相当します。ですがソアラさんからお聞きになったように、冒険者は力だけでは務まりません」
「うでっぷしだけじゃダメって言われた」
「うむ。理解して納得させるのに七日かかったわ」
「……本当に申し訳ありませんっ」
教える根気を捨てた俺に対し、ソアラさんは俺の修行の合間、『何故だ』を連発するシリュウにこんこんと教えてくれていた。ありがたいというか、横目で見ていて単純にすごいと思ってしまったものだ。
恐縮する俺に対し、『どんだけかかんだよ』と、クロードさんとドーザさんは大笑いしている。
「ハンタースには昇格させる機能とギルドカードを発行する機能がありませんので、カードをお渡しできないのが残念ですが……シリュウさん」
「あい」
「偉くなるからには、それ相応の責任と覚悟が必要です。どうかそれをお忘れなきよう」
「せきにんとかくご……たまにお師とソラばぁが言ってたやつ! わ、わかった!」
フンスと拳を握ったシリュウに、イェールさんとソアラさんは穏やかに目を細めた。
俺は皆に改めて礼を言い立ち上がると、すかさずもう一人意外な人物が立ち上がる。
「あたいも行く」
「「「え゛っ!?」」」
「ちょっ、ちょっと待てよサクヤ! 抜けんの!?」
驚き椅子の上に立ったクロードさんと同様に、俺とドーザさんもみっともない声を上げてしまう。彼女のあまりの突拍子のなさに皆固まってしまった。
だが、イェールさんがすかさず皆の焦りを上書きする。
「本当にお一人でダンジョンに向かうつもりですか?」
「ダ、ダンジョン?」
そっちだったか、と胸をなでおろせたのは俺だけで、クロードさんとドーザさんはイェールさんから事の成り行きを手短に聞く。ソアラさんは落ち着いて茶を傾けていた。
「あっちで適当にだれか探して組むわ。危険な真似はしないつもりよ。周期は終わったしいいでしょ? クロード、ソアラ様も」
「……俺は?」
ドーザさんがヘコむ中、ドッキア行きを告げられたクロードさんとイェールさんは『う~ん』と悩んでいる。道中の心配を全くしていないのはAランク冒険者たる所以か。
適当にパーティーを組むといっても組めるかどうかわからないし、サクヤさんの性格を考えれば、いなければいないで一人でダンジョンアタックを敢行しかねない。
短い付き合いだが、それくらいは俺にも容易に想像できた。
シリュウの昇格といい、俺の修行といい、メンバーにこれだけ世話になったのだ。目に見える恩を返すいい機会だろう。
「ドッキアにいる
俺の提案に軽く驚く
「先の戦乱で縁がありまして。事情を話せば借りを返すいい機会だと、きっと張り切って頂けるに違いありません」
「貸しがあんのかよ」
「そのつもりはなかったのですが、どうやらそれを良しとしない御仁らでして」
「彼らにお会いしたことはありませんが、ジンさんがそうおっしゃるなら安心です。お願いできますでしょうか?」
「ひょっひょっひょ。渡りに船じゃのう。サクヤや」
「ん……感謝するわ、ジン」
当然最終的に判断するのは鉄の大牙のメンバーだが、それはそれ。最後まで面倒を見ようとするのはサクヤさんに失礼に当たりかねない。
俺は彼らへの紹介状を手早く書いて渡した。
サクヤさんの目的の品であるエルナト鉱糸。エルナト、アヴィオール鉱糸を筆頭とする五大鉱糸を扱える商店は当然あまり多くはない。
職人も含めた商会選びで迷うくらいならスムーズに事が運ぶ方がいいだろうと、多少おせっかいだが外套を注文したジェンキンス総合商店の店主、ジェンキンスさんへの紹介状もしたためておいた。
「あたいに恩を売っても大して返ってこないわよ?」
「少しは返ってくるのですね」
「……言うじゃない。覚えてなさいよ」
二枚の紹介状を手にしたサクヤさんは早々に出立すべく、準備に取り掛かると言って扉に手をかけた。
そして扉の方を向いたまま、
「元気で」
そう言って三度目だろうか、俺たちより先に部屋を後にした。
「ツルドサ。おわかれだからおしえてやる」
「……何をだ」
「もっと強くなんないとクソドラゴンにたべられるぞ?」
「ああっ!? なに俺よりヤレる気でいやがるんだこの小娘!」
「東大陸は始まりの大陸ともいわれ、この西大陸とは様々なことが異なる場所です。くれぐれもお気をつけて」
「しっかり励むんじゃぞい。
「はい、肝に銘じます」
シリュウとドーザさんのいつものやり取りを横目に、イェールさんとソアラさんの見送りの言葉に返事をし、手を差し出すクロードさんと握手を交わす。
その小さな巨人の手は、聖王竜の魔力が満ちていた。
「これで俺とブルに繋がった。助けが要るときゃ、一緒に暴れてやるよ」
「心強い。私の方こそ、必要とあれば呼んでください。幻王馬に乗って駆け付けます」
《 やめろ、バカ野郎! 》
冗談ですよと笑い合い、
「では、これにて」
「じゃーなー!」
俺とシリュウはドレイクの街を後にし、次なる一歩を踏み出した。
……――――
「まさか母子共々面倒見ることになるとはのぅ。世が狭いのか、運命神の悪戯か」
「目鼻立ちがお嬢様そっくりでした。ナイトレイ家の呪縛から逃れようとロマヌスを出た後、冒険者になると言い出された時は驚きましたが」
「引退したあとはスルトで子を成しておったか。ジンの様子じゃと、あやつらは元気でやっとるようじゃな」
「ええ、あの黒い髪と瞳はおそらくロンさん譲りでしょう。お嬢様が彼に巡り合えたのは運命神のお導きです。本当によかった」
「使用人でありながら神官となり、自ら主人のナイトレイを名乗ることで追手を引き付け続けたお主の忠義も恐ろしいがの。聖女候補の逃亡を手助けしたお主もようやく報われたというわけじゃ」
「……人を人と思わぬロマヌス高官らの所業。今思い出しても腸が煮えくり返ります」
「っと、藪蛇じゃったわぃ。じゃが、もうナイトレイを名乗る必要もないのではないか?」
「そうですねぇ、もう二十年以上になりますし、今は立場もありますので名を変える手続きは面倒です。それに追手はとうに諦めていますからね。今更なんの弊害もありません」
「ひょっひょっひょっ。そうかえ。ならば死ぬまでワシの神獣探しを手伝ってもらおうかのぅ」
「ふふっ、お嬢様と私を助けて頂いたご恩は忘れていません。それに、私も元神官として神獣に興味がありますし、私の目標にもなっていますよ」
ジンの背中越しに語られる父ロンと母ジェシカの秘密。
決して、子の知ることのない物語。
火竜の末裔と共に歩むジンの背中に、
イェールはナイトレイの名を生涯背負い続けることを誓った。
■――――――――――――――
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回挿話を挟み、新章へ
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