#7 戦線へ

 翌日、さっそく周期により大樹海からあふれた魔物や魔獣を狩るため、ハンタースの二階カウンターに来ている。今日は昨日のようにイェールさん一人では無く、ハンタースに勤めている職員数名がいそいそと働いていた。


「指定ポイント?」

「はい」


 職員いわく、周期に入った大樹海に対して計画的に防衛ラインが敷かれる仕組みだという。この期間においては、ハンタースを拠点にする冒険者たちは自由気ままに討伐を行うことは許されない。


 まず第一ラインとして、ドレイクから南に10kmの場所を始点とし、そこから東に50km、西に50km、計100kmを1km間隔で冒険者が位置についてラインを形成するというもの。


 次に第二ラインとして南に5kmの場所を始点とし、第一ラインと同様のラインを形成する。この時、第一ラインの位置と500mずれて位置につく事で、第一ラインの隙間を埋めるというやり方だ。


 途中、川や森、丘や崖といった高低差の激しい地形もあるので正確な位置に着くことはできないのだが、これが基本の立ち位置。各地点にはわかりやすい目印が置かれているらしく、自分の配置を間違えることは無いそうだ。


 基本的にはパーティーを組んで各地点を守るわけだが、実力によっては単独でも認められるという。だが、そんなリスクを背負う者は傲慢といえるだろう。


 また、ポイントで遭遇した魔物や魔獣全てを引き受ける必要はなく、危険と判断すれば見逃して第二ラインに任せてしまっても良いし、任された第二ラインも同様である。


 その場合は魔物や魔獣が野に放たれることになるのだが、それも許容範囲なのだという。そもそも殲滅など不可能であり、最前線で間引きするのが目的なのである。例外的に強力で危険な魔物だと判断された場合は、報告を受けたハンタースがピンポイントで冒険者を送り込んで討伐するのだそうだ。


「なるほど。このフロアにいる彼らは、要請があればすぐに出られるよう待機している訳か」

「さようでございます。ジン様とシリュウ様は全地点の参加許可が下りていますので、すぐにでも―――」


 職員が言い終える前に、上の階からまた一人職員がいそいそと降りてきて、カードのようなものを置いて行った。


「第一ライン東10km地点で青の交代要請がありました。早速で申し訳ありませんが、お引き受けいただけますでしょうか?」


 『青』の交代要請とは、余力はあるがここで退という意味である。ちなみに『黄』が損耗が激しいのでという意味で、『赤』は危険なのでポイントをということを示しているらしい。


 なお、ここで見栄を張って本来『黄』を出すべきところを『青』と出したりすると、ラインを危険にさらしたと判断され、しばらくハンタース出禁になるという。


 まぁ……当然の報いといえる。


「よろしいのですか? 皆さんお待ちなのでしょう。今来たばかりの我々が先んじては問題になるのでは」


「第一ラインは10kmごとにAランクのパーティーが配置につく決まりなのです。今お待ちの冒険者様で許可が出ているのはジン様と、パーティーメンバーであるシリュウ様のみでございます」


 その意図は考えればわかる。つまりは強力な魔物が出た場合の保険のようなものなのだろう。


「承知しました。すぐに参りましょう」


「ありがとうございます。では、こちらのカードをお持ちください。三階管制フロアとつなぐ通信魔法トランスミヨンが付与されております。交代時はこちらでお知らせください。また、カードは一階取引フロアで取引許可証としても使用いたしますのでお持ちください」


 渡されたカードには『1E10』と書かれている。端的に第一ライン東(EAST)10kmを指している訳だ。


 『赤』の交代要請ならかなり急ぐ必要があるが、今回は『青』。ゆるりとはいかないが、焦る必要もないという。詳細な拡大地図も一緒に受け取り、俺たちはライン戦線へおもむいた。



 ◇



 あちらこちらで戦闘のが感じられる。最大距離で遠視魔法ディヴィジョンを展開してみると思っていた以上に魔物が多く、半数以上の地点は交戦中だった。


 地図と地形を見る限り、第二ラインを越えて第一ラインと第二ラインのちょうど中間あたりに差しかかっているはずだ。


 その間も襲いかかってくる魔物はいるので当然排除しながら進んでいる。といっても俺は何もしていない。少し前をいくシリュウが鏖殺おうさつしているからだ。


「むん!」

『キエェェッ!』


 グシャッ


 魔物の頭をつかみ、鋭い爪を突き立ててそのまま握りつぶす。


 シリュウは苛烈というか、基本的に容赦がない。いや、なくていいんだが、返り血やら肉片やらが飛び散り、自分に返ってくるのを気にも留めない。魔物は死ねば血や肉片も魔素へ還るので汚れる心配はないのだが、魔獣の場合はそうはいかない。


 ハンタースから渡されたカードの通信魔法トランスミヨンの効果は発動を控えれば最大五日もつらしく、それが前線にいられる最大日数。それを過ぎれば一旦ハンタースへ戻る必要がある。俺たちは最大日数居座るつもりなので、力の配分は考えなければならない。


 それに意外な問題が一つ。


「シリュウ。今の魔物は知ってたか?」

「今のも見たことないです」


 残った魔力核を拾い上げ、核を空にかざしながら答える。


「そうか……俺もだ。どうやらインプの変異種でマージインプと呼ばれているらしい」


 ハンタースで受け取った地図の裏には、ズラリと確認されている魔物、魔獣の絵と名が書かれている。特性やら攻撃手段を書いてくれればありがたいのだが、ここがイヤらしいところ。冒険者たる者、各々で知れと言わんばかりに書かれていない。


「へんいしゅ……体ちょっと冷たかったです。もしかしたら氷か水使いだったかもです」

「ふむ……」


 シリュウは相手が色々攻撃を繰り出す前に倒してしまうので、またも情報不足に陥る。


 実は大樹海に近づくにつれ、半数以上が初めて遭遇する魔物だったのだ。


「多少危険度は上がるが、初めて見るやつらは一旦様子見できるか? 弱かろうが情報不足は後々命取りになりかねん。余裕のあるうちに知っておきたい」


「なるほどっ、さすがお師! わかったです!」


 その後に遭遇した魔物も、目の付いた球体だったり羽の生えた蛇、蝿のような粒が寄り集まっただけの魔物など、空想が実体化したようなヤツらがわんさか出てきた。


 特に厄介なのが虫系の魔物と形態を変化させる魔物だ。緩慢な動きかと思いきや、シリュウの炎を避けたカマキリのような姿を持つネロマンティス五匹が現れた時は、さすがに俺も舶刀はくとうを抜いて身構えた。


 結局、ネロマンティスらもギアを上げたシリュウの強敵にはなり得なかったが、油断すれば深手を負ってもおかしくは無い相手だった。


「あいつのカマはヤバいです」


 珍しく彼女が警戒を口にしたのがいい証拠だろう。


 そして『1E10』地点に到着し、そこには四人の冒険者が俺たちを待っていた。そこには見知った顔が一人。


「あーっ! つるつる人間!」

「ドーザだ!」


 何度目だろうか。名乗られたにもかかわらず、名を呼ぶことを拒否するシリュウとその気の毒な人とのやり取りを眺めるのは。


 一度注意したことがあるのだが、彼女は反射的に拒否してしまうらしい。無礼極まりないので何とかせねばと、俺の頭痛のタネになっている。


「ジンと申します。仲間が失礼しました」

「はぁ……言って聞くようなヤツじゃないわな。待っていました、ジン・リカルド殿」


 ドーザさんは溜息をついて俺に向き直り、互いに挨拶をかわす。


 ハンタースで出会った時より幾分か姿勢が低くなっていた。イェールさんから俺の事を聞いたらしく、殺気を向けた件をまたも詫びようとしたのでとりあえず制止し、敬語も敬称も不要だと矢継ぎ早に注文をつけておいた。


 若干のためらいを見せるドーザさんだったが、本来は兄貴分気質なのだ。切り替えたあとは気さくに話してくれた。


 同じパーティー、といってもハンタース二階の受付兼待機場所でたまたま組んだメンバー三人を先に返らせ、『1E10』地点の引継ぎついでに色々教えてくれる。


 俺とドーザさんが話している間も、バトンを受け取ったシリュウは目の前で次々に魔物を蒸発させていっている。


「木が生い茂って分かりにくいが、この地塁の先は隘路あいろになっててな。良くも悪くも、この地点は魔物が集まりやすいんだよ」


 地図では分かりにくい地点の特徴だ。基本的に前のみに集中していられるのは楽だと言えるが、ラインが形成されたのが二日前であること、今シリュウが迎え撃っている魔物が五十波目という情報には空を仰いだ。


 ほぼ一時間に一波来ている計算になる。一匹たりとも通さないつもりでいた俺とシリュウは、交代で当たらなければ寝る間もない。


「無理する必要はないぞ。それにあの様子だと全部やろうってのが丸分かりだ。第二ラインうしろにも残しといてやんねぇと」


 ドーザさんはシリュウを顎でしゃくり、注意を促す。


「それもそうですね」


 確かにドーザさんの言うとおりだ。この先が隘路なら、後方に当たる『2E9・10』の二つの地点が相手をする魔物の多くは、ここ『1E10』から出てくる魔物ということになる。


「ではな」


 一通りのアドバイスを残し、ドーザさんはハンタースへ戻って行った。


「さぁ、狩りの時間だ」


 俺は舶刀を抜き、暴れ続けているシリュウと交代した。


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