第25話 本城咲希の贖罪①

 

 ——Re:Re:八月三日。午前二時二十六分。


 世界が音と光を失い、冷たい闇にすっぽりと覆われる真夜中。

 学生寮二階——五つ並ぶ寮室のうち中央の部屋を自室としている緒方茜音は、夢現のままゆっくりと上体を起こすと、そのままのそのそとベッドから立ち上がった。



「……といれ……」



 ほどんと寝言と区別のつかないような声量でそう呟いた茜音は、静かに廊下へと出る。

 当然、廊下や階段にはこれといった光源もなく、一階にある手洗い場までは深い暗闇が続いている。その暗闇の中を、茜音はむにゃむにゃという効果音が聴こえてくるようなおぼつかない足取りで、壁を伝いながらゆっくりと進んでいく。

 深月の話ではまだ新築の学生寮ということだったが、心なしか、茜音の足元からはギシギシと何かが軋むような音が聞こえてくる。しかし、未だ夢と現実の境目を行き来する茜音の耳には届いていないようで、相変わらず眠たそうにただ瞼を擦っているだけだった。


 そんな茜音が突然足を止めたのは、ちょうど一階へと続く階段を下りきった時のことだった。



「…………んむぁ……?」



 エントランスホールから大浴場へと続く廊下の先で、何かが青白く発光している。

 茜音は半開きのままの目を凝らし、その〝何か〟を注意深く観察する。



「……ん? …………んん?」



 首を傾げつつ、すっと目を凝らす茜音だったが、しばらくすると目も夜の暗闇に慣れ始め、ようやくその〝何か〟の姿をはっきりと捕らえるに至った。

 しかし、より鮮明に姿が見えるようになったことで、茜音はさらに困惑することとなる。



 ——青白く発光するものの正体は、人影だった。



 それに気がついた時、茜音はまず、ガラスに反射した自身の虚像なのだと考えた。

 しかし、その発光体をよく見ると、それは茜音に向けて背を向ける形で立っている。ガラスに反射した自分であればそうはならない。

 次に彼女は、自分以外の四人のうち誰かが、誤って蛍光塗料でも被ってその場に突っ立っているんだろうと考え、疑問を交えながら声を掛けた。



「……由衣さん? それとも、ましろさんっスか……? こんな時間にそんなとこで一体、何してるんスか……?」



 明らかに異様な立ち姿に多少の不安感を覚え、茜音はそっと〝彼女〟に近づく。



「……なんでそんなふうに光ってるんスか? それじゃあまるで、人魂か何かみたいじゃないっスか…………って、あのー……さっきから聞いてます?」



 すっかり目も覚めた様子の茜音は、一歩、また一歩と、その青白く発光する何かへと近づいていく。

 そして、〝彼女〟との距離が約5mほどまで縮まった時、その後姿が他の四人のどれとも異なることに気がついた。


 ……明らかに背丈が低いのだ。

 五人の中で最も小柄な茜音より一回りも小さい。体格からして、おそらく十歳前後といったところだろう。


 こんな時間に一人で、何をしているのか。

 何故、全身から淡く色づく青白い光を放っているのか。


 気になることはいくつかあったが、茜音はひとまずその少女に声を掛けてみようと、小さく口を開く。



「……ねぇ、キミ。こんなところで一体何を——」



 そう問いかけようとしたところで、茜音はある重大な事実を思い出し、言葉を止めた。



 ……この世界に、自分たち以外の人間は存在しない。



 それは、茜音たちがこの世界で目覚めてから幾度となく調査し、結論付けた紛れもない事実だった。あまりにも常識から逸脱した答えだったため、茜音自身、それが今の現実であることを失念していた。


 そこで、再び疑問は目の前にぼうっと佇む青白い少女へと向く。



 ——なぜ、自分たち以外人間が存在しないはずの世界に、幼い少女が佇んでいるのか。

 ——なぜ、淡く青白い光を放つその体から、うっすらと先の景色が視認できるのか。



 その疑問の鍵は、限りなく無音に近いこの世界で衣擦れ一つ立てず、ゆっくりと振り向く〝彼女〟が持っていた。……にぃ、っという無邪気さと不気味さが混ざり合う笑みと共に。


 それから、すぐに答えは提示された。



 ……言葉にならない、茜音自身の絶叫によって——。

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