第13話 第一歩①

 

 ——20XX年 8月2日。午前8時26分。

 凪波大学 本館前広場。



 原初の海の如き静けさの中、未知の世界に取り残された五人の少女たちは、得体のしれない不安と共に夜を過ごし、それぞれの朝を迎えた。


 まだそれほど日が高くないにもかかわらず、外は熱気で溢れ返っている。

 広場に植えられた大きな桜の木はアスファルトに色濃い影を浮かび上がらせ、本館の壁に備え付けられた時計の文字盤がぎらぎらと反射していることからも、日差しの強さが窺える。


 そんな桜の木を囲むように設置されたベンチの上で、穂積由衣はじっと八月の蒼穹を見上げていた。



「……青が、目に染みる」



 そう言って、大きな瞳をスッと細める由衣。

 そんな彼女の呟きを隣で聞いていた緒方茜音は、由衣と同じように空を見上げ、「青いっスねぇ……」と、見たままの反応を返した。



 鏡映しのように同じポーズで空を見上げる二人のちょうど真後ろでは、静かに文庫本を読み耽る白ワンピース姿の本城咲希、ブロック塀の上で居眠りする白猫のようにベンチに横たわる夢野ましろ、そして、ランニングウェア姿で左手首の腕時計を見つめる水嶋深月の姿があった。



「……時間ね。それじゃあ、今日のミーティングを始めましょう」



 デジタル時計が8時30分を示したところで、ランニング姿の深月がそう声を上げた。



「いや、ミーティングって……。部活じゃないんスから」


「っていうか、その格好は何? まさか、今から走るとか言わないわよね」



 何食わぬ顔で話を進めようとする深月に対し、すかさず待ったをかける茜音と咲希。

 言葉にはしなかったものの、由衣とましろの二人も同様の思いを抱えていた。

 そんな彼女たちの呆れた表情を見返しながら、深月はそのクールビューティな相貌に似合わぬ間の抜けた表情で言葉を返す。



「え? ランニングなら、もう済ませてきたけど? ……もしかして、一緒に走りたかった?」


「……そんなわけないでしょ。いい加減、その天然ボケ、イライラするからやめてくれない?」



 アクティブとパッシブの境界線を無視して移動する深月と、そんな彼女に苛立つ咲希。

 昨日の自己紹介の時から既に、全員が薄々と感じていた。


 彼女たちはまさに、水と油。光と影。

 決して溶け合うことはなく、理解し合うこともない存在なのだろう、と——。


 事実。

 咲希は深月をひどく嫌悪している。

 しかし、それが単に相性の問題だけではないことを、由衣たちはまだ知らない。


 それから深月は、眉間にしわを寄せる咲希を少し寂し気に見つめた後で、気を取り直すように言葉を続けた。



「まぁ、冗談はこの辺にして……。みんな、昨夜話し合ったこと覚えてるかしら」


「実地調査の件っスよね」



 桜の木の陰からひょっこりと顔を覗かせ返答する茜音を見て、彼女たちは昨夜の出来事を思い返した。

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