第47話 夜明けの空に天使の羽

『花を?』


 玲璃の突然の言葉に一同は疑問を抱いた。


 ベイブリッジに残された玲璃たちは、琉花と千歌から愛羽が聞かされたように都河泪という少女の存在と東京連合となった経緯など全てを聞いていた。


『だからって、なんだってその病院に行くなんて言い出したんだ?おい麗桜、説明』


『えっ!俺!?』


 樹の疑問はもっともで、さすがにその場にいた誰もが理解に苦しんだ。都河という少女がかわいそうなのは分かる。だが自分たちこそ、その少女と同じことを仲間にされ蘭菜と蓮華は全く同じ状況に陥っている。


 愛羽が何を思ったのかは不明だし、わざわざ都河泪に会いに行く理由はない。麗桜にそれを説明しろと言ってもそれは無理だった。


『目の前で起きてることを見て、あいつの中で優先順位が変わっちまったんだ。蘭菜と蓮華やられたことじゃなくて、その泪って奴のこと考えられてないことに腹立ててたから』


 玲璃には愛羽のそういう所がなんとなく分かっているようだ。


『全く、おかしな奴だねぇ。それで、どうするんだよ。この後』


 豹那はやる気なさそうにタバコを吹かしまくっている。


『あいつが正しいと思ってそうするなら、あたしもそれでいいと思う。だからちょっとみんなにお願いがあるんだけど…』


 玲璃が言い出したのは、各自なんでもいいしどこかで咲いていたものでもいいから花を持ってきてほしいということだった。


『やれやれ、まだ寝かせてくれないのかい?暴走愛努流。あたしの人件費いくらだと思ってんだい?アフター料金払ってもらうようだよ』


 神楽は風雅に肩を組み絡んでいる。風雅は笑ってやり過ごしている。


『はっはっは!いいじゃねぇかよ。こんなの正月位しかないんだぜ。いい記念じゃねーか』


 樹は相変わらず機嫌が良さそうだ。


『それじゃあ、今日はこのまま青空集会ね。素敵だわ』


『いや、伴さん、そうじゃなくて。今日はお見舞い集会っす』


 そうして暴走愛努流、夜叉猫、悪修羅嬢、覇女、鬼音姫、そして東京連合の合同青空集会改め、お見舞い集会が行われることになった。


 それは近年例を見ない、いや、歴史上でも類を見ない程の盛大な集会になり、途切れることのない超長蛇のもはや竜のような列になっていった。


(行くぜ、愛羽。待ってな!)


 玲璃は2本の向日葵を大事そうに持っていた。







 病室に琉花と千歌が花を抱えて入ってきた。


 3人共なかなか最初の言葉が出なかったが、そこは瞬が口を開いた。


『2人共、聞いて。泪がね、動いたんだ…頑張ってるんだって。まだ戦ってくれてるんだって…』


 瞬が声にならない声で言うと、琉花と千歌は2人で瞬の肩を抱いてあげていた。


 愛羽はそれ以上そこにいれない気持ちになってしまい、静かに部屋を出ていった。


 病院を出ると、玲璃たちと4大チームの総長たちが待っていた。


『どうだアホ羽!演出、主演、共にあたしだ。最高だったろ!』


 愛羽は痛む体でできるだけ走って玲璃に抱きついていった。


『痛って!痛てーなボケ!体中ボロボロなんだからちっとは遠慮しろよ!』


 玲璃は言うが愛羽はもうそんなの関係なしに抱きしめる。


『おい。確かに考えたのはお前だけど、今日の主役はどう考えてもあたしだろ』


 玲璃の「演出、主演、共にあたし」という言葉を豹那は聞き逃さず、我こそはと名乗りを上げた。


 完全に敵の裏をかいたベイブリッジからの参上、そしてあの雪ノ瀬瞬と想像を超える死闘を繰り広げた緋薙豹那。


 蓮華への思いからチームとしての壁を壊し戦うことを決心した。闘いの神阿修羅の如く戦うその美しい姿が甦る。


『あら。あなたは途中参戦でしょ?そういうのサブって言うのよ?私は今日あの橋を戦いながら渡ったわ。主役というのなら私の方じゃないかしら』


 この件でもうすっかり豹那に心を許してしまっている如月伴。その数およそ100対500の戦いに正面から真っ向勝負をしかけていった。


 その強さはおしとやかな外見と言葉遣いからは全く想像がつかず、今日1人で1番多くの敵を倒したのは間違いなく彼女だ。


『聞き捨てならないねぇ。おい、風雅。あんたボッとしないで話に加わってちゃんと説明しなよ。「覇女の神楽さんのおかげで今日は勝てました」ってさ』


 周りに聞こえるだけの大きな声で風雅に言うと、豹那が同じ位大きな声で言う。


『ババァはすっこんでなよ』


『うるっさいね!あたしゃあんたらと同い年だよ!あんたこそあのガキに負けといてよく偉っそーに言えたもんさね!こんなことならあたしが最初っからそっち行ってりゃよかったよ』


『てめぇ、もう1回言ってみなよコラ』


 豹那は絶対に納得しないだろうが、覇女の参戦により戦況は絶対的に変わった。樹たち鬼音姫だけでは闇大蛇と飛怒裸の大群に勝つのは厳しかっただろう。


 大黒に現れてからの圧倒的な存在感。そしてケンカの強さには正直東京連合側は恐れをなしたはずだった。なので神楽絆の言っていることは全く大ゲサではない。


 もちろんそれはそこにいるみんなが分かっていることだ。


『愛羽、聞いてくれよ。樹さんって神奈川で1番カッコいい人なんだぜ』


『おい麗桜。お前、今神楽が喋ってたの聞いて無理矢理言ってねぇか?』


『そ、そんなことないよ!今日は樹さんたちのおかげだって俺はちゃんと思ってるぜ!』


『あーそーかよ。だったら1番最初に喋ってほしかったね』


『…』


 麗桜は本当に思っている。ただもう本当に眠いし疲れている。気の利いた言葉がすぐに出てこない。


『ま、いい試合させてもらったけどな、麗桜の代わりに。あたしもチームもよ。おうチビ。麗桜の夢守ってくれてありがとな。鬼音姫を代表して言っとくぜ』


 愛羽は嬉しかった。


 ほんの何日か前まで敵だった者たちと、こんな風に話せていることが。


『暁愛羽!!』


 病室の窓から誰かが愛羽を呼んだ。見上げると雪ノ瀬瞬が花を抱えて窓から身をのり出している。


 たくさんの花の中に2本だけ向日葵が見えた。それを抱えながら雪ノ瀬は何かを言いたそうにこちらを見ている。


 それを見て愛羽たちはとっさにガッツポーズを決めた。愛羽には瞬が少し笑ったように見えた。


『…帰ろうか』


 8人はエンジンをかけると順々に病院を出ていった。


『あ…』


 単車に乗って走り出した愛羽の髪が風になびいた。瞬にはそれが一瞬羽ばたきだした翼に見えていた。


 姿が見えなくなってからもしばらく単車の走る音とコールが聞こえていた。


 それも聞こえなくなってから瞬はやっと言いたかったことを言葉にできた。


『…ありがとう…』


 もう時間は10時を過ぎた。空は青空集会の名にふさわしい程晴れ渡り激闘の夜はこうして幕を閉じた。


 都河泪の病室に久しぶりに花が飾られ、それとは別に小さな花瓶に向日葵が2本飾られていた。

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