第43話 雪ノ瀬の急所
玲璃が何もできずに滅多打ちにされていると誰かが雪ノ瀬の手を横からつかんで止めた。
愛羽だ。
『ごめんね、みんな。まだあたし途中なんだ。この人と話してるんだよね』
雪ノ瀬は愛羽の手を振り払うと玲璃のことを突き飛ばした。
『やっと死ぬ覚悟が決まったの?暁愛羽』
そう言ってニやついた雪ノ瀬を、愛羽は殴るでも蹴るでもなく、ものすごい速さでひっぱたいた。
『あんたさっき何した!?』
『…は?』
『あんたのこと心配してここまで来てくれた友達に突き飛ばして帰れとか言って、何考えてんの?あの子泣いてたよ?あんたに怒られたからじゃない。あんたなんかのこと心配して泣いてくれてたんだよ?』
雪ノ瀬は舌打ちすると怒鳴り返した。
『だからなんなの!?人のチームの話に首突っ込むのやめてくれる!?自分のチームのこと守れてから言えよ!』
『…そうだね。それじゃあんたと一緒だもんね!』
『あ?どーゆー意味だよ。それ』
『胸に手ぇ当てればあんたが1番分かるでしょ?』
雪ノ瀬は顔をいっそう険しくした。
『あんた、さっき言ったよね?最初は4人だったって。聞いた時はよく分かんなかったけど、いたんでしょ?もう1人大切な友達が』
言われて雪ノ瀬は初めて大きく動揺した。そして琉花の方を見ると、琉花は肩を落としてしゃがみこみ、それを隣で千歌が支えていた。
『…やめろ…あんたに何が分かるの!?何も知らないくせに知った風な口きかないでよ!』
愛羽はすかさずまたひっぱたいた。
『そうだね。あたしにはあんたが何考えてるかなんて分かんない。理解できないよ!でもね、泪さんの気持ちなら分かる。きっとその子はこんなこと望んでなかった。少なくともあたしはそう思う!』
雪ノ瀬は明らかに動揺している。
『お前…馴れ馴れしく、その名前を…泪の名前を呼ぶな!!』
雪ノ瀬の渾身のパンチが愛羽を襲った。周りが見ても終わった、勝負あったと思ってしまう一撃だった。
『愛羽ぁ!!』
玲璃が思わず体を引きずり助けにいこうとするが愛羽は倒れなかった。何事もなかったかのように話を続ける。
『ねぇ、あんたにはそれが分からないの?小さい時からずっと一緒だった子の、そんな大切な人の気持ちも分からなかったの?』
愛羽は強く拳を握るとそれをおもいきり雪ノ瀬に叩きつけた。
『あたしさ、悪いけどあんたたちのこと許せないよ。蘭ちゃんと蓮ちゃんにしたことも、みんなにしたことも絶対許せない。あんたは強くて、でも卑怯者で、平気で人にひどいことできて、あたしは正直あんたが怖かった。狂ってると思った。』
愛羽は雪ノ瀬の胸ぐらをつかんだ。
『でもあんたはすごい悲しい目をしてる。だからこんなことしてるんだよね?そういうことでしょ?』
『やめろ…それ以上言ったら殺す…本当に殺すから!』
しかし愛羽は構わず続けた。
『その子がどんな気持ちで最後まで戦ったと思ってるの?なんでそんなになるまで殴られることを選んだと思う?あんたの気持ちを命をかけてでも守ろうとしてくれたんじゃないの?ねぇ答えてよ!分かってるんだったら答えてみせなよ!』
愛羽は雪ノ瀬を容赦なくひっぱたく。
『あんたのことが自分より大切じゃなかったらそんなことできないよ。あんたが言い出したんでしょ?走り屋になろうって。それを最後まで戦って守り抜いてくれた、その子が今どんな気持ちでいるか分かんないの?』
『うるさいんだよ!』
雪ノ瀬は胸ぐらをつかみ返し殴り返した。だが愛羽は手を放さない。
『あたしだったら復讐とか東京連合のことなんてどうだっていいから、3人にちゃんと笑って生きててほしいって思ってるよ。それがどうよ。自分そんなにしたチーム吸収して、そいつらと全く一緒なことしてケガ人まで出して。あんたたちその子になんて言うつもりなの?今もちゃんと病院通ってあげてるの?今のあんたたち見て、どんな顔すると思うの?』
雪ノ瀬が押されている。言葉で。
『あたし、さっきあんたが豹那さんとやり合ってるの見ながらウチの2人のこと考えてたよ。なんかバカバカしくなってきちゃって。早く帰って2人の側にいてあげた方がよっぽどいいのになって思ってた。あんたに今少しでもそんな気持ちある?ないよね、あったらこんなことしてないもん。はっきり言って泪ちゃんがかわいそうだよ』
『…やめろ』
『やめない。あんたがちゃんと分かるまで、何回でも言ってあげる』
『ふざけるな!』
『ふざけてない!それでその子の為になるなら、やってやるわよ!あんたなんかに絶対負けないから!』
周りがその様子を見守る中、その後愛羽は何度殴り倒されても起き上がり、何度蹴り飛ばされても向かっていった。
『あたしは守ってみせる。あんたに勝って、みんなで蘭ちゃんと蓮ちゃんのとこ帰って、もう大丈夫って言ってあげて、2人が目覚めるの待つんだから!』
愛羽は琉花にドーピングの注射を打ってもらえなかった。だがそれが琉花の優しさだと知ると、もう打てとは言わず、そのままの体で雪ノ瀬に向かっていった。彼女は体中の痛みに耐えながらフルパワーの雪ノ瀬とやり合っている。
愛羽は激しく咳こみ、いよいよ苦しそうだがそれでも立ち上がった。
雪ノ瀬にはそんな愛羽の姿が、あの日の都河泪に重なって見えてきてしまった。いや、少しずつ泪本人に見えてきてしまっていた。
それが彼女の中で自分を責める気持ちを呼び起こし、愛羽を殴ることにためらいを感じ始め、いつの間にか手を出すこともなくなり愛羽の言葉と平手打ちが一方的になっていった。
『さぁ、黙ってないで答えてよ。その子の気持ち分かったの?それともまだ分からないの?』
雪ノ瀬は何も言い返せずにいる。するとすかさず愛羽がビンタをくらわせた。
『ほら黙らない!答える!』
「パシン!パシン!」
愛羽の平手が音を立て顔を打つ度、雪ノ瀬は何も答えないまま反抗的な目で愛羽をにらんだ。
一体何がどうなってしまっているのか周りはよく分かっていなかったが、みんなその様子をじっと見守っていた。
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