第23話 許されざる者たち

 次の日もその次の日も学校に愛羽と玲璃の姿はなく、つい先週まであんなに笑いが絶えず騒がしかったのに、いつも愛羽たちがいた場所はどこも今は静かだった。


 その午後。


 麗桜と風雅は、いつもは愛羽がお弁当をみんなの分まで作って持ってきてくれるのだが、2人共何も食べず窓から外をボーッと見ていた。


「ブォォン!」


 突然学校の目の前でアクセルを吹かす単車が現れた。2人が窓から身をのり出して見ると、金髪で坊主の女とツインテールの女が校門の前で明らかに挑発している。麗桜も風雅も走りだし階段を駆け下りた。


『あいつらで間違いないな!』


『そのようだね』


 外へ出ると校門の方へ走った。だがその前に人が立ちはだかった。伴だ。伴は両手を広げ2人を止めさせた。


『行ってはいけないわ。完全な罠よ。何をしてくるか分からない。今挑発に乗っては絶対にダメよ』


『…伴さん。言ってることは分かるつもりです。でも、今こいつらを愛羽や玲璃に会わせるよりは多分、俺と風雅でよかったんです』


『すいません。僕もここまで頭にきたのは初めてです』


 2人は歩いて伴の横を通りすぎていった。


『ねぇ、そこのお姉さんたち。暴走愛努流っていう猫に飼われたドブネズミちゃんを探してるんだけど、知ってる?』


 ツインテールの方が挑発的な態度で言っている。


『さぁ、知らねーな。それよりハゲと生意気なガキの2人組ってのはお前らか?』


 麗桜は食ってかかった。今にも殴りかかりそうだ。


『は?何あんた。ムカつく~』


 すると坊主の女の方が言った。


『こいつらは瞬の言ってた奴じゃない。ピンクの方が春川麗桜。そっちが鞘真風雅』


『そうだよね。金髪のショートって言ってたもんね』


 2人の名前が知られていることに一瞬驚いたが、蘭菜の携帯を取られていたことを思い出した。それより、どうやら玲璃を探しているらしい。


『おい、次は一体何企んでやがる』


 そう言った麗桜を見て相手の2人は不気味に笑った。


「ブォォン!」


 坊主がアクセルを吹かしてギアを入れると、ツインテールが後ろに乗りこみ走りだしていった。風雅が急いで自分の単車を乗ってきて麗桜がその後ろに乗り、すぐに後を追いかけた。


 風雅はぐんぐん差を詰めていくが、ツインテールが後ろ向きに座り何かをこちらに向けてきた。


「パヒュン!パヒュン!」


 例の改造されたエアガンだ。両手にそれを構え鉄の弾を乱射してきた。


『うっ!』


 風雅の腕に何発も命中し、数ヶ所から血がにじみ出た。威力は想像以上だ。


(これを顔に…目に撃たれたのか、蘭菜…)


 風雅は怒りがこみ上げるのを止められなかった。右へ左へとハンドルをきってローリングしながら弾をよけた。


『ちぇっ、やるじゃん』


 ツインテールは弾を全部使いきってしまうと舌打ちした。そうこうしながら坊主頭はショッピングモールの中へと単車を走らせた。少し遅れて風雅たちもその中へと入っていくと坊主たちの単車が停められている。2人の姿はない。


『ちくしょう!ふざけやがって!』


『完全におちょくられてるね』


 麗桜と風雅は辺りを見回すと、上から口笛が聞こえた。見ると2階部分の通路から2人が顔を出しツインテールが手を振っている。


『あの野郎!』


 麗桜と風雅は走ってそれを追いかけると坊主とツインテールは二手に別れた。ツインテールは通路と通路をつなぐ幅50センチ、長さ10メートル程の梁の上で真ん中に立っていた。坊主の女はゲームセンターに入っていった。麗桜はツインテールの方、風雅は坊主の女を追いかけた。


『よぉ、お嬢さん。そんなとこいたら下からパンツ見えちまうぜ?観念してこっち来な』


『バカね。あたしパンツなんて履いてないわよ。ノーパンよ?』


『はっ!?マジかよ!』


『バカねぇ。嘘に決まってるじゃない。今日は勝負下着なの』


『こ、この野郎…分かった、行ってやるから待ってろよ』


 麗桜は梁の上を行くことにした。手すりもロープも何もない梁の上はさすがに気が引けたが仕方がない。仇が目の前にいるのだ。


『あんたもスカートじゃない。パンツ見せたいわけ?』


『うるせー関係ねー!』


 麗桜は1歩1歩少しずつ進む。


『あんた言っとくけど、あたし18なのよ?少しは敬語ってもんを知りなさいよ』


『へっ、だったら使わせてみやがれ』


 梁の真ん中まで来ていざ向かい合った時、麗桜は信じられないことに気づいた。


『…お前、名前は?』


『え?そういえば名乗ってなかったわね。東京連合の特攻隊闇大蛇(やみおろち)の総長、七条琉花(しちじょうるはな)です。はじめまして』


 その顔と名前には覚えがあった。まだ麗桜がボクシングをしていた頃、よくこの選手を手本にしなさいと試合の映像を見せられた。


 この子は天才だから、と。


 とてもすごい選手だった。高校に上がってすぐ全国大会で優勝して、その歳でオリンピックにも出るだろうとか聞いていたが、ほどなくしてボクシングをやめたという話を最後にその名前は聞かなくなった。


 それが今目の前にいる。信じられないというより、ショックが大きかった。


『…お前、俺の知ってる奴に似てるよ』


『あら、そう』


『でも別人だ。お前らが蓮華をやりやがったんだな?』


『はす?…あぁ!この前の子ね。おかしかったわ~あの子。ケンカもできないのに特攻服着て鉄パイプなんて持っちゃってさ。おもいっきしサンドバッグにしてあげたよ。泣きながらうめいてたっけ?あぁっ!とか、ぎゃあ!とか、弱っちいったらありゃしなかったわ。よくあんな』


『もういいよ』


 麗桜は涙ぐんでいた。


『もういいからさ、さっさとやろうぜ』


 麗桜は静かに構えた。


『君、やってたんだ』


 七条は意外そうに言ったが、麗桜の構えを見て2回、軽くうなずくと自分も構えをとった。獲物を見つけた目をしている。


 わずか50センチの幅の上で2人は互いの動きをうかがった。ダウンどころかバランスを崩すこともできない最悪なリングで、麗桜は蛇ににらまれているような気分になった。


 今まで感じたことのない威圧感。


 目の前の女は、本物の七条琉花だ。


(この野郎…)





 坊主の女を追いかけて風雅はゲームセンターの中を歩いていた。ゲームセンター、ビリヤード、ボーリングとコーナーが中で別れていて、ぐるっと1周したが坊主の女はどこにも見当たらない。


 まさか自分をまいて2人で麗桜を?風雅は引き返し出口に向かった。しかしその前でプリクラの機械が目に入った。もしかしたら中に潜んでいるかもしれない。


 念の為その中を覗きこもうとすると、それより早く中から手が伸びてきてプリクラ機の中に引っぱりこまれた。やはり坊主の女がいた。女はそのまま風雅の髪をつかむと機械に頭を突っこませていく。


 風雅がその手を払いのけようとすると今度は腹におもいきりパンチをくらった。坊主は連続でパンチを打ってくる。


『ぐっ』


 風雅は負けじと1発拳を相手の顔面に返した。すると坊主はすかさず蹴り返しプリクラの外へ出ていった。


『くそっ』


 後を追って出ていくと今度は隣のビリヤードのコーナーに坊主の女はいた。ビリヤードの卓を挟んで2人は向かい合った。


『さすがだなぁ、結構タフそうだ。それにやり返してこれるとは、少し見くびっていたよ。私は龍千歌。(りゅうせんか)東京連合暗殺部隊、飛怒裸(ひどら)の総長をしている。ビリヤードは好きか?』


『うるさい。逃げてないで戦え!』


 龍は卓に置いてあったキューを持つと顔めがけて突いてきた。風雅はそれを反射的にかわすと自分もキューを取り反撃した。右から左からキューを竹刀のように振っていく。対する龍もそれを受け流していく。


『いいね、なかなかやる』


 風雅がもう1度右からキューを振ろうとすると龍は卓を飛び越えかかってきた。風雅は押し倒され馬乗りになられると、龍が容赦なく拳を振るってくる。


『あの女なぁ、あの日1番最初に私がラリアットしたんだよ。その後私と琉花で前と後ろから蹴りまくってやった。散々琉花のサンドバッグにされてたけど、あれ生きてたか?死んだかもしれないと心配してたんだ』


 風雅はあまりにも無惨な話に、怒りの涙が出てきた。


『なんてことを…』


 風雅は力ずくで抜け出ようとしたが龍は拳を叩きつけなかなか逃がしてくれない。


『お前たちは絶対に許さない…』


 そう言った風雅を見て、龍はとても楽しそうにニヤついた。






 それは一瞬だった。


まばたきをした、そのほんの0、何秒か、もしくは0、0何秒か。麗桜のまぶたが1度下がりまた上がるまでの間に、気づけば七条のパンチをくらっていた。


 麗桜はなんとか足を踏み外さないように尻もちをついた。


(こいつ…ハンパじゃねぇ…)


 同じ格闘技をしていた者として、相手の実力と確かな力の差を感じていた。


『どうしたの?立ちなよ。あれ?ビビってるの?』


『ちっ』


 麗桜は立ち上がると前に進みしかけていった。しかしパンチがパンチなら守りも守りだ。幅わずか50センチと地上約6、7メートルの高さでの動きとは思えない程軽く、恐れを全く感じさせないフットワークで麗桜のパンチをよけていく。


『ほら~打ってきなよ』


 七条は前後に体を揺らしプレッシャーをかけてきた。そしてまた音速のパンチが麗桜を襲う。


『うわっ』


 片方の足を踏み外し、また尻もちをつかされた。


『ほらほら、立って立って』


 余裕の表情で麗桜を見下ろす。


『てめぇ!』


 もう麗桜は落ちるのを覚悟し、道連れにするつもりでかかっていった。その様子を感じてか七条は梁から通路まで素早く戻っていく。


『逃げてんじゃねーぞコラ!』


 熱くなってキレる寸前の麗桜をニヤニヤしながら挑発している。


『平地ならそうはいかねぇぞ!』


 麗桜は果敢に攻めていく。


『もしかして高所恐怖症だった?なーんだ、言ってよ~』


 しかし梁の上というハンデがなくなるのは七条も一緒だ。改めて麗桜は天才七条琉花の恐ろしさを知ることになった。


『うっ!』


 そんな所に隙があったのかと自分が思ってしまう程七条は意図も簡単にパンチをねじこんできた。そしてパンチが想像以上に速い。映像で視た試合なんて全然参考にならない程、実際に体感する七条の拳は風や空間をえぐりながら、右から左からと目にも止まらぬスピードで次々に叩きこまれる。


(攻撃は最大の防御とはよく言ったもんだが、こいつは大ゲサじゃねぇ!強ぇ!強すぎる!)


 麗桜は次第に1発も返せなくなり一方的に打たれ始めた。するとゲームセンターから龍と、その後を追って風雅が出てきた。風雅もだいぶやられているようなのが遠目からでもよく分かった。


『まぁこんなもんかな。今日はね、この辺で勘弁してあげる。だから今週の土曜の夜さ、12時にあんたたち2人は大黒パーキングに来ること。そうしないとあの2人の病院に追いこみかけるからね。あ、念の為言っといてあげるけどウチ、ネットワーク広いから逃げたり病院変えたりしてもムダだからね。んで、なんだっけ、その金髪の子だけどさ、その子は1人で東京方面向かってベイブリッジに来い、だってさ。そうやって瞬にケンカ売った子をいたぶりたいらしいよ。そんで最後にその子をぶっ殺すんだって。分かった?』


『まぁ、それが私たちにたてついたお前らの運命だ。4人でよく話し合って死ぬ覚悟をしてくるんだな。私も楽しみに待っているよ』


『大黒とベイブリッジに東京連合全員集めて待ってるから。まぁ余計な犠牲者出したくなかったらあんたたちだけで来るんだね。頼んで一緒に来てくれるような奴もいないと思うけどさ』


 そこまで言い終わると七条と龍は行ってしまった。麗桜と風雅は予想以上の話に言葉も出ず、2人が去っていくのをただ見ていた。麗桜は地面を叩いた。


『ふざけんじゃねぇぞ、くそっ!いい気になりやがって』


 今日のところはこれで済んだかもしれないが、2人は全く生きた心地がしなかった。


『何か…考えよう。土曜日までは、まだ時間がある』


『…そんなこと言ったって、あいつらになんて言やいいんだよ…』







『東京の奴が来たって本当か?』


 伴から送られたメッセージを見て玲璃から連絡があり、まだ愛羽と玲璃にどうやって話せばいいか考えてすらいない内に2人の所にやってきた。


『なぁ、黙ってねぇで答えてくれよ。大丈夫だったのか?何があった?』


『…あぁ。急に学校に来たから2人で追いかけて、それぞれやり合ったんだけど、見ての通り俺も風雅もそこそこやられて。それで…』


『それで?』


『…今週土曜の夜12時、僕と麗桜は大黒パーキングに、玲璃は1人でベイブリッジに来るように言われたよ。来なかったら蘭菜たちの病院に追いこみをかけるともね』


『…あいつは呼ばれてねーのか?』


『愛羽かい?愛羽は僕たち3人が終わってから、という計画らしいよ』


『大黒とベイブリッジに東京連合を全員集めて待ってるなんて言ってやがった』


 そこまで聞いて玲璃も、もう本当にどうしようもないことを覚った。


『…そうか。そんな時にいなくて悪かった。話は分かった』


 玲璃はいつものように目をつり上げず、思いつめた様子で言った。


『麗桜。あんたが言ってたこと、分かったよ。』


 うつむいて首をかしげ、普段の彼女からは想像もつかないような弱々しい声を出している。


『…あいつ、このままじゃ死んじまうよな。蘭菜と蓮華がやられて、あたしらまでやられちまったら、あいつは多分、相手が1000人だろうと1人で行っちまう。そうならない為に解散まで考えて、それでもあいつは1人で行っちまうよな。なぁ麗桜、どうしたらいい?あたしあいつを守ってやらなきゃいけないんだ。風雅、どうすればそれができる?あたしは、どうしたらいいんだ…』


 この玲璃からそんな言葉が出てくると思わなかった2人は何か声をかけようとしたが、少しの間考えてもかけるべき言葉が分からなかった。


 そのまま3人の長い沈黙が始まると、終わりは見えなかった。


『わりぃ。俺さ、ちょっと約束があったんだ。また連絡するわ』


 麗桜が帰り、それを追うようにして風雅も帰ってしまった。


『ごめん。僕も今日は用事があるんだ』


 玲璃は1人になるとその場にしゃがみこんでひざを抱えていた。


 昨日今日と愛羽から何の連絡もなかった。


 ただそれだけのことが玲璃にものすごく寂しい距離を感じさせた。

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