《 第15話 かつての態度と大違い 》
その日の朝。
(嫌だな……)
学生寮の自室にて。
ルナはベッドに仰向けになったまま憂鬱そうにため息をついていた。
昨夜ジタンから入れ替わり解除の連絡を受け、一睡もできなかった。
(教室に行きたくないな……)
いじめが発覚し、てっきり揉め事を起こすと思いきや、ジタンは平和な学院生活を送っていると語っていた。
いじめが起きなかったのは、同じ見た目でもルナとジタンとでは印象が違うから。雰囲気の違いに警戒していた男子たちが、今日からいじめを再開するだろう。
(授業休みたいな……)
入れ替わった初日こそ早く戻りたいと思ったが……
人々に慕われ、信頼され、必要とされる毎日はとても新鮮で楽しかった。
(だけどそれは、パパが頑張って築いたものだもんね。わたしのわがままで奪うのはだめだよ……)
いまの境遇を変えるには、自分が変わる必要がある。
落ちこぼれの評価を覆すには、英雄の娘に相応しい行動を取ってみせないと!
まずはバカにしてくる男子に物申さねば!
強気に振る舞えば、ちょっとは評価が変わるはずだ!
(だいじょうぶ。わたしは魔族に立ち向かったんだもん。男の子に文句言うのくらい平気だよ!)
勇気を奮い立たせ、制服に着替えると、食堂へ向かうべく部屋を出る。
「あら、起きてたのね」
部屋の外にはクロエがいた。
いままで見たことのない、親しげな笑みを浮かべている。
「遅いから心配したのよ」
「え、ええと……遅いって?」
「朝食よ。一緒に食べようって約束してたじゃない」
「そ、そうだったね! ごめん寝ぼけちゃってて!」
(パパ、クロエさんとそんな仲になってたんだ……)
学院に溶けこむため、クラスメイトと仲良くなる努力をしたのだろう。
たった数日で友達ができているとは思いもしなかった。
同じ外見なのに、性格が変わるだけでこうも違うとは。
ジタンのように振る舞えば、ルナにも友達ができるのだろうか?
(いきなりパパみたいに振る舞うのは難しいけど……わたしだって、数日だけパパの演技をしてたんだよね)
その結果、ケロケロ同盟ができた。
ジタンみたいに明るく接したことで、仲良くなることができた。
最初から好感度が高かったとはいえ、あのときみたいに振る舞えば、多くの友達ができるかも!
「どうしたの? ぼーっとして」
「な、なんでもないよっ! 考えごとしてただけ! わたし、お腹ぺこぺこだよ! 行こうクロエさん!」
「水臭いわね。クロエちゃんでいいわよ」
「そ、そうだったね! 行こうクロエちゃん!」
「ええ、行きましょうルナちゃん」
思っていた以上に親睦を深めているようだ。
ジタンのコミュニケーション能力の高さに戸惑いつつ、ルナはクロエと食堂へ。
すると――
「ルナちゃん、クロエちゃん、おはよー!」
「おはよールナちゃん、クロエちゃん!」
「ルナちゃんたち今日は遅かったね!」
「いつも早いのにね!」
「一緒に食べたかったけど私たちもう食べちゃったよ!」
「また教室で会おうねっ! ルナちゃん、クロエちゃん!」
(仲良くなりすぎだよ!?)
ルナは唖然とした。
食堂に入るなり、女子という女子に声をかけられたから。
しかも、その全員が親しげに笑いかけてきた。
いったいジタンはどうやって多くの女子と親しくなったのか。
彼女たち全員を相手に、違和感なくジタンが演じたルナを演じきれるだろうか。
「料理取りに行きましょ」
「そ、そうだね」
不安なまま、ルナは料理を取りに向かう。
カウンターに並べられたトーストセットを手に取り、席へ向かおうとすると――
「どうしたのルナちゃん? たったそれだけしか食べないの?」
「え? ……いつもどれくらい食べてるっけ?」
「5人前はぺろっと平らげてるわ」
「そ、そうだったね。で、でも授業まで時間ないし、今日はこれだけにしようかな」
誤魔化しつつ席につき、怖々とお腹に触れてみる。
……ぷにっとしていた。
ルナはため息をついてしまう。
「なんだか暗い顔してるわね」
「ちょ、ちょっと眠くて。その……昨日は遅くまで勉強してたから」
「あのあとまだ勉強したの? すごいわね」
「……あのあと?」
「ルージュさん以外の女子全員でルナちゃんの部屋に集まって勉強会したじゃない」
「そうだったね!」
思っていた以上に優等生だった。
理想的かつ模範的な生徒として過ごしているとは……。
この様子だと女子だけじゃなく、教師からも人気になってそうだ。
と、クロエはイタズラを企む子どもみたいな幼い顔を見せる。
「昨日1日で、あたしたちは賢くなったわ。厳しいメリエッタ先生もびっくりするに違いないわ。驚く顔を見るのがいまから楽しみねっ」
「……メリエッタ先生って誰?」
「誰って、『魔族学』の先生よ」
「ええと……ロースト先生は?」
「ルナちゃんが追放したじゃない」
「わたしが!?」
(追放!? あの優しかったロースト先生を!?)
「あのときは本当にびっくりしたわ。まさかルナちゃんがあんなことをするなんて」
「な、懐かしいねー。わたし、なにしたんだっけ?」
ルナは祈った。
お願い、暴力以外の方法で追放してて――!
「無数の
「そんなことしたの!?」
「気絶するまでね」
「気絶するまで!? わたし退学にならない!?」
「ならないわよ。そのときは全校女子が抗議するわ」
「全校女子が抗議してくれるの!?」
「当然よ。悪いのはロースト先生だもの。裸で透明になって、脱衣所で覗きをして、下着を盗んで、あたしたちを買収しようとしたのよ?」
「あのロースト先生が!?」
「ほんと、いまだに信じられないわよね」
「そ、そうだね。信じられないね……」
ともあれ。
これで人望の高さに納得がいった。
たしかに誰かが脱衣所に現れた全裸教師を撃退してくれたら、ルナだってその娘に好意を抱く。
(わたしの学院生活、ものすごく変わっちゃったな)
いじめられていた日々よりマシだが、この生活を維持できる自信がない。ジタンが演じたルナを演じきれるだろうかと不安になってしまう。
英雄の娘とは思えない――。なんて落胆されたときと同じことが起きるのではないだろうか。
(ううん。わたしだって変わったんだ。前のわたしとは違うんだ)
ケロケロ同盟ができ、レッドムーン級に立ち向かった。
その経験が、ルナに自信を与えてくれる。
(よし! 酷いこと言われたら、びしっと言い返してやるぞ!)
決意しつつ、ルナは朝食をもりもり食べる。
そして教室に入るなり――
「おはようございますバニーニさん!」
男子たちが頭を下げてきた。
「……え? おは……え? なんて?」
「ご、ごめんなさい! 声が小さかったですよね!?」
「そ、そうじゃなくて……」
「あっ、反省文ですね!?」
「反省文!?」
「はい! もちろん本日分も用意しています! どうぞお納めください!」
男子たちがルナの机にノートを重ねていく。
めくってみると、びっしり文章が刻まれていた。
自分がいかに愚かな行いをしてしまったかが書かれている。
「ええと……どうして反省文を書いてるんだっけ?」
「バニーニさんに酷いことをしてしまったからです! 愚かだったと心の底から反省しています!」
「自分も反省してます!」
「オレも心を入れ替えました!」
「ボクもです! だ、だから、今日の模擬戦……クジ引きでボクが相手をすることになったんですけど、降参を認めていただけませんか……?」
なるほど。いじめを知り、模擬戦で叩きのめし、反省させたというわけだ。
自分が男子に勝つイメージが湧かないけど……コテンパンにできたということは、圧勝できるほどの実力を秘めているということ。使いこなせないだけで、英雄の娘に相応しい力を持っているのだ。
そのことがわかり、ルナはなんだか自信が出てきた。
「こ、こら! 降参はだめだってバニーニさんに言われただろ!」
「すみませんバニーニさん! こいつにはオレらから言っときますんで!」
「ど、どうか連帯責任だけは……!」
「いいよ、怯えなくて。わたし、もう許すから」
「い、いいんですか?」
「うん。だってみんな反省してるみたいだから……」
「は、はい! 反省してます!」
「本当に……本当に二度と暴言は吐きません!」
「僕もです! バニーニさんにボコボコにされて、教室に行くのが憂鬱になって……バニーニさんも僕と同じ気持ちだったんだと思うと、本当に申し訳なくなって……」
グレイスも、ほかの男子たちも、心から反省している様子。
これならルナがジタンを演じきれなくても、バカにされることはないはずだ。
「で、では許していただけたということで、さっそく半殺しにしていただきます!」
「許したのに!?」
「まさか半殺しも見逃してくれるんですか!?」
「うん。でも、お願いだからもう酷いことは言わないでね? わたしだけじゃなく、ほかの誰にも……ルージュさんにも」
「もちろんです! ルージュさんが戻ってきたら謝ります!」
「お願いね。ところで、ルージュさんは?」
「ずっと休んでるわよ。体調不良なんですって」
「そうなんだ……」
体調不良とは言っているが、本当はいじめられるのが怖いだけかも。
ルナだって、授業を休みたいと思ったことは一度や二度じゃ済まないし。
もしそうなら、男子たちが反省していることを知ったら戻ってきてくれるかも。
同じようにいじめられていたルナが「もう安心」と言えば説得力も出るはずだ。
「わたし、ちょっと寮に行ってくるね」
授業が始まるまであとちょっと時間がある。
ルナは女子寮へ向かい、パロマの部屋へ。
ノックしようとドアに近づいたところ……なにやら話し声が聞こえてきた。誰かと通話しているのだろうか。
時間をあらためようかと思ったが、両親と退学の相談をしているなら大変だ。
それに急がないと授業が始まってしまうので、ルナはノックすることにした。
ドアが開き、パロマが姿を見せる。
ぼんやりとした顔に、眠そうなとろんとした目に、ぼさぼさの長い髪。
「こんにちは、ルージュさん。わたしのこと覚えてる?」
「ルナ・バニーニさん」
「うん、そうだよ。えっと……通話してたみたいだけど、いま時間ある?」
「だいじょうぶ」
「よかった。あのね、知ってると思うけど、わたし最近まで酷いこと言われてたの。でもね、みんな反省してくれたの。だから……ルージュさんに酷いこと言うひともいないから、教室に来ても平気だよ」
「どうして?」
「え?」
「反省、どうして?」
「ええと……わたしがコテンパンに倒したの」
「ありがとう。お礼したい」
「い、いいよお礼なんて」
「だめ。お礼する。バニーニさん、紅茶好き?」
「好きだよ」
「じゃあお茶会開く。バニーニさんに来てほしい」
「いいの!? 行く! えっと、クラスの娘たちも誘ってみる?」
「バニーニさんとふたりきりがいい。だめ?」
「ううん。いいよ」
いきなり大勢だと緊張するので、まずはルナとふたりきりで過ごしたいのだろう。
ルナとしても、はじめて自力で――ジタンの名声を借りず、ジタンの力を借りず、自分の力だけで友達を作るチャンスだ。
勇気を出して親睦を深めてみせる!
「バニーニさんの連絡先が欲しい」
「いいよっ。あと、わたしのことはルナでいいよ」
「わかった。ルナちゃん」
「うんっ。わたしもパロマちゃんって呼んでいい?」
「構わない」
ルナは嬉しい気持ちになりつつ自室に入り、机の引き出しからケータイ用の魔石をひとつ取り出す。
入学前に『いっぱい友達できるといいな』とたくさん買っておいたのだ。
やっと交換できる日が訪れ、ルナは頬が緩んでしまう。
「はいこれ、わたしの連絡先」
ルナはパロマと連絡先を交換する。
それから一緒に教室へ行こうと誘ったが、どうやらまだ体調が悪いようで、ルナはひとりで教室へと戻ったのだった。
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