《 第14話 逆転解除 》

 それは突然やってきた。



「――んぬッ!?」



 深夜。脳が揺れる感覚に目覚めたジタンは部屋を見まわす。


 月明かりがなく、部屋は暗闇に包まれているため視覚から得られる情報はないが、妙な違和感がある。


 それに先ほどの脳が揺れる感覚。あれには覚えがあった。



(まさか……)



 ジタンは部屋を出る。


 ドアの場所も廊下の長さも学生寮とは変わっていた。


 予感が確信に変わるなか脱衣所に駆けこみ、明かりをつけ――



「おおっ! やっぱそうだ!」



 洗面鏡にはジタンが映っていた。


 どういうわけか指輪の効果が切れ、元の身体に戻ったのだ。



「ルナにも教えてやらねえとな!」



 夜中だが事情が事情だ。


 元に戻れたと知れば喜んでくれるに違いない。


 ジタンは大急ぎで寝室へ。ケータイを見つけるとルナに連絡を試みる。


 ルナも先ほどの脳シェイクで目覚めていたのか、すぐに出てくれた。



『……パパ?』


「俺だ! ルナ、戻ってる! 戻ってるぜ!」


『や、やっぱり? なんだかおかしいなって思ってたの……。わたし、元に戻ったんだね……』



 なぜかルナの声が暗い。


 まだ眠いのか、実感が湧かないのか、再び入れ替わるに違いないと諦めているのか――。



『どうして元に戻ったのかな?』


魔導具マジックアイテムの故障か、元に戻る条件を満たしたかのどっちかだと思うが……ちょっと待ってろ。――ふんっ!」



 ジタンは思いきり指輪を引っ張る。


 が、指輪は抜けなかった。



「だめだ。指輪が抜けねえ」


『……またパパになれるってこと?』


「そうと決まったわけじゃねえよ。効果が切れても指輪は外れない仕掛けになってるだけかもしれねえしな。とにかく、パパは明日ミルキーに相談してみるから、ルナはひさびさの学院生活を楽しむといいぜ」


『う、うん。楽しんでみる……』



 ルナの声はやはり暗い。


 いじめっ子との再会を嫌がっているのだろう。


 だったら心配はいらない。ルナを舐めていた奴らはボコしたので。



『もう寝るね……』



 安心させようとしたところ、ルナが力なく言う。


 眠いのだろう。どうせ明日になればわかることだ。いまは眠らせてやるとしよう。



「おやすみルナ。愛してるぜ!」


『うん。おやすみパパ』



 通話が切れ、ジタンも眠りについたのだった。



     ◆



 そして翌朝。


 ジタンはミルキーに連絡を入れた。



『もしもし。ミルキーっすけど』


「ようミルキー。俺だ。ジタンだ」


『お~、演技が板についてきたっすね! まるで本物っす!』


「マジで本物なんだよ」


『え? 本物? まさか元に戻っちゃったんすか……?』


「なんで落胆してんだよ」


『私が仕組みを解明したかったんすよ! そんでもってどや顔したかったんす!』


「だったら朗報だ。どや顔チャンスは残ってるぜ」


『……ふむ? 完全に元通りってわけじゃないんすか?』


「そういうこった。夜中いきなり脳が揺れてな。気づいたら元通りってわけだ。だが困ったことに指輪が外れねえんだよ」


『なるほど。となると一時的に戻った説が濃厚っすね』


「同意見だ。俺が知りてえのは一時的にとはいえ元に戻れた原因だよ。一緒に考えてくれ」


『了解っす! で、元に戻る前に変わったことはしてないっすか?』


「なにもしてないぜ」


『だったら、元に戻ったときの状況を詳しく教えてほしいっす』


「脳が揺れて、目を覚まして、なんつーか、違和感があったな。部屋の空気感が違う感じがしたんだ。んで、もしやと思って鏡を見に部屋を出たんだ。真っ暗だったから部屋を出るのに苦労したぜ」


『……真っ暗っすか? ……ああ、そうか、なるほど……』



 ぶつぶつとつぶやくミルキー。


 なにかに気づいたようだ。



「暗がりが入れ替わり解除と関係してんのか?」


『関係大ありっす! それこそが入れ替わり解除の条件っす!』


「つまり……なんだ? 真っ暗闇で寝れば入れ替わりを解除できるってことか?」


『そうじゃないっす。ほら、考えてみてほしいっす。普段は真っ暗じゃなかったっすよね?』


「まあ……そうだな。暗いっちゃ暗いが、真っ暗ではなかったな」


『なのに昨日は目覚めたとき真っ暗だった――なぜだと思うっすか?』


「消灯してるからだろ。つーか焦らすなよ。気づいてることがあるなら教えろよな」


『ふふふ。焦らすのは正解にたどりついた者の特権っす! いま私、めっちゃどや顔っすよ、どや顔! この顔見せてやりたいっす! あぁっ、ケータイにお互いの顔を確認できる機能があれば! ぜったい師匠より先に開発してみせるっす!』


「へいへい。で、原因は?」


『この場合、原因ではなく条件っすね』


「条件?」


『ずばり、元に戻る条件は新月っす!』


「新月……。そうか、なるほどな」



 言われてみれば納得がいく。


 魔導具マジックアイテムが起こす超常現象は魔石によって引き起こされ――


 魔石とは魔族にとって力の源の核であり――


 魔族は月が満ちれば満ちるほど力を増していく。


 魔族=魔石=魔導具マジックアイテムとするならば、魔族と同じく月が欠ければ欠けるほど、魔導具マジックアイテムの効力は弱まっていく。


 昨夜は新月。


 それゆえ入れ替わりの魔導具マジックアイテムは効力を弱め、元に戻ることができたのだ。


 つまり新月こそが、一時的な入れ替わり解除の条件というわけだ。



「てことは、あれか。新月が終わればルナの身体に逆戻りってわけか」


『そういうことっす。現時点ではどれくらい月が満ちれば逆戻りかはわからないっすけどね。ま、少なくとも今日1日はジタンさんのままっすよ』


「1日か。んじゃ、今日はがっつり寝るとしようかね」


『寝て過ごすんすか。体力モンスターのジタンさんとは思えないっすね。……まさかこれ全部ルナちゃんの演技っすか?』


「本物だって言ったろ。最近は勉強ばっかで頭が疲れてんだよ。昨日なんて遅くまで勉強会したからな」


『ふむ。身体が入れ替わっても脳に疲れは残るんすね。ん? てことはルナちゃんがジタンさんとして過ごした記憶も脳ごと移動してんすか? それとも脳が揺れるってことは入れ替わってるのは脳ってことっすかっ!? 転移魔法テレポートで脳が移動してるってことっすか!? いやでも普通死ぬっすよねそれ! 仕組みがすげえ気にな――』



 通話を切り、ジタンはベッドに横たわる。


 そのまま眠りにつこうとしたところ――


 チャイム音が響いた。



(……誰だ?)



 玄関へ向かい、ドアを開ける。


 そこには見知らぬ女子が立っていた。



「んっと……」


「こんにちはっ! 今日もいい天気ですね! 絶好のケロケロ日和です!」


「……ケロケロ?」


「あっ! こないだ決めた同志の挨拶、さっそく使ってくれてるんですねっ!」


「ど、同志……?」


「ジタン様と同志になれるなんて夢みたいです!」



 いや誰? ケロケロ日和ってなに?


 ジタンは戸惑いながらも記憶を掘り下げてみるが、彼女に関する情報はなにひとつ見つからない。


 とするとルナがジタンを演じている際に親交を深め、ケロケロ同志とやらになったのだろう。



(……やべえな)



 魔王軍と対峙したときすら焦らなかったジタンの背筋に冷や汗が流れる。


 なにせ引っ込み事案なルナが勇気を出して仲良くなったのだ。


 冷たくあしらい、追い返すわけにはいかない。


 だが、ジタンは彼女を知らない。名前も年齢も趣味も話題も、なにもかも。


 なによりケロケロ日和の意味がわからない。


 これまでの人生を振り返っても、はじめて耳にする単語だ。


 きっと同志にしか通じない意味を持つのだろう。


 ここでケロケロな振る舞いをしなければ、同志の仲に亀裂が入る。


 せっかく仲良くなったのに嫌われでもしたら、ルナは悲しんでしまうだろう……。



(だめだ! ルナを悲しませるなんてしちゃいけねえ!)



 ミルキーの考察通りなら、近々再び入れ替わる。


 その日が来るまで、ルナが演じたジタンになりきらねば!



「お、おーっす! ケロケロー!」


「この場合のケロケロはどういう意味ですか?」


(知らねえよ! まず『ケロケロ』がわかんねえよ! こっちは恥ずかしいのを我慢してやってんだ、意味とかいいから乗ってこいよ!)


「い、いまのは家に入っていいぜ、って意味だ。約束してたんだろ?」


「はいっ! ジタン様と過ごせるなんて夢みたいです!」


「だ、だがその前にクイズを出すぜ!」


「えっ? クイズですか?」


「第1問! お前の……」


(いや、ルナはたとえ俺を演じていても『お前』とは言わねえな。ルナなら……)


「第1問! きみの名前は、アン! マルかバツか!」


「バツですけど……私、シルフィですから……」


「正解! 第2問! 俺たちが仲良くなったきっかけは?」


「ケロケロ工房の同志だからですけど……」


「正解!」


(ケロケロ工房ってあれだよな? ルナがハマってるカエルの……。よし、それなら俺にもわかるぜ!)



 ケロケロの謎が解け、ジタンは一安心だ。


 ルナが好きなものはジタンも好きになる努力をしてきたし、ケロケロ工房の知識も持っている。


 これなら誤魔化しきれそうだ。



「さて、最後の問題だ。俺たちがこれからすることは?」


「ジタン様のお家でケロケログッズの見せ合いっこです!」


「正解! さすがだなシルフィ! ケロケロ!」


「ケロケロ!」



 使いどころはここで正解だったようだ。


 シルフィを家に招き入れ、飲み物を出す。



「ケロケログッズ持ってくるから待っててくれ」



 言い残し、ルナの寝室へ急ぐ。


 勝手に漁るとあとで怒られそうだが、緊急事態なので仕方ない。


 バッグにリボンに髪留めに靴下にペンケースに財布にぶかぶかのTシャツに――。目につく限りのケロケログッズを片っ端から集めてリビングへ。



「待たせたな。さっそく見せ合おうぜ!」


「もうちょっとだけ待ってください。そろそろアーニャちゃんとリリちゃんが来ますから」


(まだ来るのかよ!)



 3人相手に誤魔化しきれるだろうか。


 いや、ルナのためにも誤魔化してみせる!



(俺は天下のジタン様だ。不可能はねえ!)



 ひとまず人数分の飲み物を用意していると、チャイムが鳴った。


 ドアの外には、ふたりの女子が立っていた。



「本日はお招きいただきありがとうございますケロ!」


「ジタン様のご自宅で過ごせるなんて夢みたいですケロ!」


「お、おう、待っていたケロ! だが家に入る前に点呼を取るぜ! アーニャ!」


「ケロケロ!」


「リリ!」


「ケロケロ!」



 これにて顔と名前が一致した。


 あとはケロケロ談義に花を咲かせるだけでいい。



「さっそく語ろうケロ!」



 そうして人生初のケロケロ談義が始まった。


 ジタンは持てる知識を総動員してケロケロ工房の大ファンを装い、女子のケロケロファッションショーを見物し、ファンっぽい感想を口にする。


 ルナのためにものすごく頑張ったのでなんとかやり過ごすことができたものの……人生で1、2を争うレベルでへとへとになってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る