父娘逆転生活 ~史上最強のパパ、いじめられがちな娘と入れ替わる~
猫又ぬこ
《 第1話 英雄が生まれた日 》
多くの優秀な魔法使いを輩出した名家に生まれ、三大魔法学院のひとつに特待生で合格。首席で卒業後は、グリューン王国魔法騎士団に所属。めきめきと頭角を現し、30を迎える頃には団長に就任。国内最強どころか世界最強の魔法使いだと評され、謙遜しつつも内心では我こそが最強だと疑わず、さらなる名誉を手にするために彼は人類と魔族の雌雄を決する大戦に参戦。獅子奮迅の活躍を見せ、魔王を葬り、英雄になれると確信していた。
うぬぼれだった。
「な、なにが起きた……?」
魔王率いる精鋭部隊との死闘は三日三晩にわたり、最強を自認する彼ですら焦りを感じていた。このあとに魔王との決戦が控えているのだと思うと、生きて国へ帰れる自信がなかった。
一時撤退命令が下ったのは4日目の朝だ。
軍勢の再編を優先したのだろう、魔王軍は追撃してこなかった。が、負傷者は人類側のほうが多く、魔王軍のあまりの強さに戦意喪失してしまった者も大勢いる。
状況は絶望的だ。
しかしなぜか一部の者は――昇竜の国章がついた純白マントを羽織った者だけは、勝利を確信している様子だった。
(あれは……エトワール王国の国章か?)
聞けば、援軍が来たらしい。
なにかの間違いだろうが、たった一騎とのことだ。
まさに焼け石に水だが、たとえ何千騎もの援軍が駆けつけたところで戦局は変わらないだろう。なにせ各国選りすぐりの精鋭たちが敗走し、世界最強の魔法使いが苦戦するほどなのだから。
人魔大戦はまだまだ続く。
戦争を終わらせることができるのは、最強である自分以外にいやしない。
魔王を討ち取り、英雄という世界最高の名誉を得るためにも、いまは身体を休めることに専念しなければ――!
(……それにしてもうるさい奴らだ。なにをそんなに盛り上がっている?)
エトワール王国の面々をうっとうしく思っていた――そのときだ。
ドゴオオオオオオオオン!!
ふいに轟音が響き、大地が激しく揺れ動いた。
土煙が天に舞い上がり、土砂が高台まで降り注ぐ。
そして――
「な、なにが起きた……?」
そして、人魔大戦は終結した。
土煙が晴れたとき、戦場は変わり果てた姿になっていたのだ。
幾重にも
魔王が率いる最強の軍勢は消え去り、残されたのは底が見えぬほど深くえぐられたクレーターのみ。
何事かと戸惑っているのは自分だけではないようだ。魔王討伐のために召集された各国の精鋭たちが、一様に困惑顔を見せている。
「終わった……のか?」
「我々の戦いは、これで終わり……?」
「人類の勝利……で、いいのだよな?」
「ま、待て! なにか這い出てきたぞ!」
「あ、あれは……魔王か!?」
「な、なにか様子が変だ!」
クレーターから這い出てきた魔王は、それが最後の力だったのだろう。地に伏せ、七色の煙とともに消滅。残されたのは、魔王の巨体に相応しい大きな魔石のみ。
魔族が死に際に遺す魔石を目にした一同は、地を揺るがすほどの大歓声を上げた。
「うおおおおお! 終わった! 終わったんだ!」
「ついに……! ついにこのときが訪れた!」
「我々人類の勝利だ!」
彼も喜びの輪に加わりたかったが、戸惑いから抜けきれず、素直に喜べずにいた。
あの魔王が――魔王軍が魔王城ごと消し飛ぶなんて信じられない。
しかし事実としてやり遂げた者がいる。
いったい誰が、どうやって……。
「さすがジタン様!」
「ジタン様ならやってくれると信じてました!」
「お忙しいなか来てくださってありがとうございます!」
エクレール王国の面々が、ひとりの男を称賛している。
野性的な荒々しい風貌の男だった。
見るからに育ちが悪そうで、エリート街道のど真ん中を歩いてきた彼にとっては、一切関わりのなかった人種だ。
正直、ああはなりたくないと見下してきたと言ってもいいくらいだ。
そんな男が魔王を葬ったなど信じがたい。なにかの間違いでは……?
「あ、あなたが、あれを?」
彼は怖々と声をかけた。
なにせ魔王を一撃で葬った男だ。同じ人間としてカウントしていいものかと恐怖を感じ、身が竦んでしまう。
「おう。俺だ」
「な、なるほど。凄まじい力ですね。どちらの学院の出で?」
「お坊ちゃんじゃあるめーし、学院なんざ通っちゃいねえよ」
「で、では魔法はどちらで学んだので?」
「魔法なんてお行儀のいいもんじゃねえよ、俺のは」
ジタンと呼ばれた男は、自嘲気味にそう語る。
魔王を葬るほどの魔法の使い手に自嘲されてしまっては、こちらの立つ瀬がない。
「ご謙遜を……。貴殿は世界を救った英雄なのですから、もっと自分を誇ってもいいのでは?」
「俺はとどめを刺しただけだ。これは俺たち全員で掴んだ勝利だ。つまり、この場の全員が英雄ってわけだ」
「全員が、英雄……」
「おう。お前も立派な英雄だぜ!」
「そ、そうですか。私が……」
胸の奥から喜びが湧いてくる。
これまで多くの賛辞を浴びてきたが、これほど嬉しかったことはない。
あの魔王を一撃で葬った男に認められたのだから。
「で、ですが魔王を葬ったのは間違いなく貴殿です。すでにエクレール王国では名の知れた魔法使いのようですが、今後は世界全土にその名が知られることでしょうな」
どこへ行こうと国賓待遇で出迎えられ、各国がジタンを要職につけたがるだろう。グリューン王国も彼ではなくジタンを魔法騎士団の団長にしたがるはず。
かつての自分ならば地位を失うなど耐えがたい屈辱だったが、ジタンならば仕方がないと諦めがつく。
だが、ジタンは嫌そうに顔をしかめた。
「英雄になんざなりたくねえよ」
「い、いや、それは……」
それはどう考えても無理だろう。
人魔大戦は世界中が注目しているのだ。凱旋すれば誰もが戦争の話を聞きたがる。魔王を一撃で倒したなんて偉業、語り草にならないわけがない。
「貴殿はなぜ英雄を拒むのですか?」
「静かに暮らしたいからだ」
「静かに……?」
「先日娘が生まれてな。これが可愛いのなんの……。娘さえいれば、ほかにはなにも望まねえよ。戦争だって、ほんとは参加したくなかったんだ。家で可愛い娘を愛でていたかったんだ」
「ならばなぜ貴殿は戦場へ参られたのですか?」
「ふと娘の将来を考えてな。あいつが笑顔で暮らせる世界にするためにゃ魔王は邪魔だろ? てなわけで、やることやったし俺は帰るぜ。娘のおむつを替えたいからな」
この場にとどまれば騎士団とともに英雄として凱旋し、多くの賛辞を浴びせられることになる。そんなこの上ない名誉より、娘のおむつ替えを選ぶらしい。
ジタンを見ていると、名誉に執着していた自分が小物のように思えてくる。名誉という衣装を着飾り、その余韻に酔いしれていた自分がバカみたいだ。
彼はもう自分が最強とは思わない。
自分が優れた人物だとも思わない。
後にグリューン王国国王となる彼は人魔大戦を回顧する際に必ずこう締めくくる。人類史上最強の英雄、ジタン・バニーニが戦争を終わらせたと。
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