第32話 ギャルと化け狸、2人きりの試食会

 気を取り直して、宙吉は本来の目的に立ち返る。


 60秒のタイマーを仕掛けたレンジがチンと刻限を知らせ、その音を聞くに先の出来事は僅か1分の間に起きていたのかと思うに至り、時の狭間の駆け引きで勝負が決する剣豪どうしの斬り合いを想起させたが、冷静に考えればそんな格好の良いものではなくむしろ今すぐに記憶から消したい醜態であると脳が理解して、宙吉は一人悶絶した。


 悶絶し尽くしどうにか正気になった彼はレンジから皿を取り出し、炊飯ジャーから茶碗によそったご飯とともに茉那香の待つ茶の間のテーブルにそれらを並べる。


「よし。まずは、山賊おにぎりの具を決めよう。メニューのご飯ものはこれ一品しかないので、初っ端からなかなか難しい問題だね。山賊おにぎりは複数の具を入れるらしいから、それぞれの相性も考えなければ」


 彼が用意した具材は左から、練り梅、昆布、イワナの甘露煮、シーチキンマヨネーズ、おかか、濃い目の味付けをした鳥そぼろ、たくあん、高菜漬け、辛子明太子、ほぐした鮭。

 どれもおにぎりの具としては一線級の猛者たちだが、これを如何にして組み合わせるかは閃きの見せ所である。


「おおっ! どれも美味しそう! ……これは奈絵じゃなくてもよだれ出るー! じゅるり」

「実のところ料理を作るのはそれなりに得意なのだけど、食べるとなると話が別でね。お前は何を食べても美味そうだなと、前に住んでいた場所の仲間からもよく言われたよ」


「言われてみれば、タヌキチはご飯食べる時、いっつも同じ顔だ! いい笑顔してるぜー」


 実際問題、宙吉には好き嫌いがない。

 里で誰も口にしなかった渋柿をモリモリ食べて周りの化け狸を驚愕させたこともあった。


 もしかしたらまだ見ぬ未知の食材が彼の好まざるものである可能性もあるが、それは随分と低い確率だと思われる。


「と言うことで、ここはもう茉那香の舌にすがるしかない。遠慮なく感想を言ってくれ。それに合わせて、僕の方で調整するから」

「これは責任重大だなっ! 任せといて、あたしも三珠村の流行最先端の名に恥じないよう、一生懸命食べるかんねっ! んでは! いただきまーす!!」


 ねんごろに手を合わせたあと、茉那香は真剣な表情でおにぎりの具を一つずつ口へと運び、モグモグやっては幸せそうな顔をする。


 宙吉には全て同じ顔に見えてしまい、挙句「可愛らしいなあ」などと思い目尻を下げる。

 しかし、どうやら彼女の食いしん坊センサーは精巧緻密にできているらしく、全ての具材をテイスティングし終える頃には数多の店を食べ歩いてきた歴戦の美食家のような威厳すら感じられた。


 それは、彼女の言うとおりにしておけば万事上手くいくだろうという、確信的な予感を宙吉に抱かせるに充分な根拠であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「むはーっ! とっても美味しゅうございましたっ!!」

「それで、茉那香先生、いかがでしょうか?」


 先生と言う響きが思いのほか気に入ったらしく、茉那香は「うむっ。くるしゅーない」と一つ唸ってから寸評を口にする。


「まずね、全部美味しかったっ! さすがだぜー、タヌキチ! ……その上で、感想なんだけどさー」

「よし来た」


 宙吉はノートを取り出し、速記の姿勢に移る。


「とりあえず、昆布とイワナの甘露煮、それから鳥そぼろは別々にした方がいいと思うんだよなー。どれも味が濃いから一緒だと喧嘩しちゃう。それと、たくあんや高菜漬け、いわゆるお漬物は中に入れないで、お皿の脇に添えるといいかもじゃん? 塩っ辛いものは、箸休めの役割を担ってもらおうぜー」


「なるほど。勉強になるなあ」


 しっかりと筋の通った茉那香の理論を聞き、タヌキはボールペンを走らせる。


「それでさ、せっかくこんなに具の候補があるんだから、二種類のおにぎりを作るのはどうよー? 1つ目は、梅と昆布とシーチキンマヨネーズにおかか! もう1つは、梅と鳥そぼろと辛子明太子と鮭!! イワナの甘露煮君もちょー美味しいんだけどメニューにイワナの塩焼きがあるから、彼には涙を飲んでもらおう。すまぬ、甘露煮くんっ!! で、梅はいいアクセントになるから、どっちにも入れちゃえ! あ、でも、あくまでもアクセントくらいの量にしないとね。多すぎると、これまた他の具の味が負けちゃうから」


「素晴らしい意見だ。では、早速この組み合わせで山賊おにぎりを作ろう。一応クラスのみんなにも試食してもらうが、まず異議はないだろう」

「そっかなー? たはー! そうだといいなーっ!」


 最大の懸案事項であったおにぎりの具が決定したあとは、実にスムーズに進んだ。

 メインである山賊焼きは、既に下準備を済ませていたので、調理をするだけであった。


 コンロの上に網焼きプレートを設置し、フォークで軽くつついた骨付きの鶏もも肉を乗せる。

 砂糖、醤油、みりん、すりおろしたニンニクと生姜、隠し味にハチミツを少量加えたタレを塗りながら、じっくりと焼き上げる。

 これで完成。


 焼きたてを茉那香の前に出すと、「よっ! 待ってましたぁ!!」と歓声が上がった。


「美味いーっ! これは、すごい、すごくいい! ちょっと濃い目の味付けのおかげで、ご飯が欲しくなるねぇ。これを頼んだお客さんは、絶対おにぎりも注文してくれるに違いない! いやー、タヌキチも策士だなー。商売上手めー!」


「実物を食べたことがないので完全に僕のイメージで調理したのだが、茉那香のお眼鏡にかなえば安心できるな」

「あたしも負けずに策を思い付いたぞっ。焼けるのを待ってる間に思ってたんだけどさ、この香ばしい匂いを無駄にする手はないよ! これはぜひ、お店の通路側で焼こう! ぜーったい、お客さんの足が止まるし! 間違いない!!」


「それはいい考えだな。メモしておこう」


 続いて、山賊そばである。

 さすがに宙吉も蕎麦打ちは未経験なので、奈絵のお父上の知人に頼んで麺を用意してもらった。


 それを湯がき、あっさり目の汁と合わせる。

 具は、甘辛く焼いた牛肉とネギにかまぼこ。

 山賊焼きとは逆に、スッキリとしつこくない味わいを目指したとタヌキチシェフは言う。


「これなら何杯も食べられそうだぜー。それに、山賊焼きとの相性も抜群じゃんっ! さっきまではご飯が絶対に合うと思ってたけど、この蕎麦を食べると浮気したくなっちゃうなー。うーん、悩ましいぞっ!!」


「蕎麦は、麺を茹でて作り置きしておいた汁に入れて、これまた準備しておいた肉やらネギやらを乗せるだけだから、誰でも簡単に作業できるところも利点だな」

「うん、うん。これなら、あたしでも出来そうだし。手の空いた子が片手間で作れるって、実は重要なポイントだよねー。分かりみー」


 最後に、奈絵ネコさん肝いりのイワナの塩焼きの出番となった。


 これもまた、下準備を事前にしておけばあとの調理は実に簡単。

 イワナの内蔵を取り除き、串を打つ。


 あとは全体にまんべんなく塩をまぶす。

 この際、ヒレに化粧塩をまぶしておくと焼いた後の姿が美しくなる。


 あとは、焼く。

 軽く焼き目がついたら裏返して、さらに焼く。

 出来上がりである。


 八百屋の麦畑さん提供のかぼすを添えると、見た目も華やかになる。


「やっぱり、旬のものはこういうシンプルな食べ方が美味しいぜぃ! ご飯を食べたいけど、あんまりガッツリ行きたくないってお客さんには、この塩焼きとおにぎりの組み合わせをオススメしたらいいと思うし! ……うん、ごちそうさまでしたっ!!」


 提供したものをことごとく完食してもらえる。

 それは料理人冥利に尽きると言うもの。

 相手が茉那香ならば、もはや言葉はいらない。


 本懐を遂げたタヌキは満足そうであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る