第19話 化け狸と従者のぶらり村歩き

 1週間はあっという間に過ぎ去り、本日は土曜日。


 宙吉と玉五郎、共に取り立てて予定もない。

 天気が良いので布団を干して部屋に掃除機をかけたら、昼を待たずしてやる事がなくなった。


 男が2人して真昼間から狭い部屋の中でする事など、何もない。

 仮にあったとしてもそんな気色の悪いものの需要は、三珠高校の文芸部くらいにしか喜ばれないだろう。


 そこで、宙吉は村の探索に打って出ることにした。

 探索という名の散歩と言っても差し障り無いが、探索の方が言葉の響きが格好いいので彼は頑なに探索と呼ぶことにする。


 思えば、宙吉が詳しいのは狸の里に住んでいた頃に散々遊び倒した街の方だけであり、現在の拠点である三珠村の立地については、勿論多少の知識は付けたものの充分であるとは言い難い。

 それに休日に買い出しをしておけば、学校のある平日の夕食の準備はかなり楽になるだろうとも思われた。


 いい事づくめではないか。


 玉五郎に出掛ける旨を伝えると、彼も付いて行くと言う。

 宙吉にも断る理由もないし、買い出しをするには荷物持ちが必要である。

 2人は簡単に身支度を整えてアパートを出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 まずは何処に向かおうかと2人は考える。


 学校と少ない商店が連なる辺りは既にある程度知っているので、荷物を抱える買い出しを最後にすると、必然的にそれらと逆の方向へ歩くのがベターであろう。


 そんな事を考えながら歩き始めると、しばらくして玉五郎が言った。


「三珠の社に行ってみませぬか」

「ふむ。それもいいかもしれないな。僕など、もう5年は行っていない。それに今までは全て里から獣道を通って行くルートしか知らなかったから、村からのルートを歩けば何か新鮮な発見があるかもしれない」


「意見具申をお許し頂き、誉の極み」

「まったく、お前はいちいち仰々しいなぁ」


 三珠の社とは村のはずれにある小さな神社にある社で、大じじ様曰く「三珠の地のエネルギーが溜まりやすい場所であり、我々化け物はその力に感謝するため、社を造ったのじゃ」とのことである。


 ぶっちゃけてしまえば、何やら恭しく頭を下げることを強制される古い建物だ。

 確か村では三珠神社と呼ばれていて、年に数回祭りも催されていると聞いたような、聞かなかったような。


 今度、美鈴にでも尋ねてみようかと宙吉は思った。


 三珠神社は村の中にあるとは言えほとんど山に近く、近づくに連れて元々少なかった人の住んでいる気配が薄れていく。

 外灯も疎らで、夏の夜にでもこの辺を散策すればさぞかし背中が冷えるだろう。


 しかし、人の気配が希薄になっているにも関わらず、村に数台しかない貴重な自動販売機を道すがら見つけてしまうので世の中とは不思議なものである。

 祭りの際には賑わうだろうが、逆に考えると何か催事でもなければ利用者は近所の人に限られるだろう。


 そう言えば、宙吉が小梅と一緒に飲み物を買ったのもこの自動販売機だった。


 なんにせよ、こんな所まで飲み物の補充に来る業者の人はさぞかし労力を使うであろうと思いを馳せる。

 こんなタヌキでもささやかな力になれればと、ジュースを購入することにした。


「自分はコーラに致します!」

「お前、最初はあんなに抵抗していたのに、えらく炭酸飲料がお気に入りになったんだなぁ。……僕は、ミルクティーにでもするか」


「いやはや、人の飲み物だと侮っておりました。このように素晴らしい飲み物を内緒で嗜んでおられたとは、宙吉様もお人が悪い」


「別に隠してはなかったよな。いつだったか、里の僕の家を訪ねてきた時にコーラを勧めたら、そのように墨汁を薄めたような奇っ怪な飲み物、自分には飲めませぬ……!! とか何とか言って拒否していたじゃないか」


 宙吉の言葉を聞いて、「むむむ」と唸る玉五郎の頭上に少しずつ感嘆符が見えてきた。

 完全に姿を現した別名ビックリマークは、ピカンと光った。

 どうやら、思い出したらしい。


「ま、まあ、昔のことですゆえ。自分も、あの頃は頭が固かったようですな」

「待て待て、アレって確か、半年前の事だったろう? 結構最近の思い出なのだが」

「…………。ああっ、ご覧下さい! このような所に、林檎が並べてありますぞ」


 こやつ、話を逸らしおった。


 玉五郎に言われて、宙吉も林檎が見える位置に移動すると、「一つ百円。ご所望の方はこちらの箱へ」と書かれた立札と、微かに良い香りを漂わせる林檎が無造作に積んであった。


「美味そうだな。頂くとするか。ちょうど小銭がまだ……うむ、あったぞ」


 百円玉を2枚、箱に投入する。

 そして真っ赤に実っている物を2つ選び、そのうち1つを玉五郎に投げて渡す。


「これは! 美味ですなぁー。なんだか、里での食生活を思い出しますぞ」

「玉五郎は野菜とか果物はそのまま食べる派だったものな。僕は、林檎でジャム作ったり、暇に任せてアップルパイ焼いたりしていた。それにしても、確かにこの味は素晴らしい」


 きっと生産者の愛情がこもっているのだろう。

 これは良い穴場スポットを見つけた。

 美味い林檎が食べたくなった時は、ここに来れば安価で手に入る。


 彼らはその後、林檎をシャリシャリと齧りながら三珠神社へ向かい、人の姿では初めての参拝を行った。

 林檎は芯までしっかりと美味しく頂くのがタヌキの流儀。

 生ごみが出ず、とっても環境にやさしいのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 鳥居をくぐると髪を茶色に染めてガムをクチャクチャやっている巫女さんが若干気になったものの、神社全体はよく手入れがされていた。

 宮司の方が毎日しっかりと管理してくれているのだろう。

 頭の下がる思いである。


 賽銭箱に奮発して百円玉を投げ込み2人はとりあえず拝み奉ったのだが、よく考えるとこの社が元で崇められているのは我々、タヌキとネコとキツネではないかと思い至る。

 そう考えると一気にご利益への期待値が低下したが、まあ、こういうものは雰囲気が大事だからと自分を納得させ、彼は目的の一日も早い達成を願った。


「茉那香と良い感じになりたい。茉那香と良い感じになりたい、茉那香と良い感じになりたいです。茉那香、茉那香、茉那香、茉那香、茉那香……!!!」


「宙吉様、ご無礼を承知で申し上げますが、若干キモうございまする。めんへら、なるものの気配を感じましたぞ」

「本当に無礼な事を言うなよ。僕は何をするにも全力がモットーなのだ。と言うか、お前、どんどん人間社会に溶け込んでいくな。順応力高いなぁ」


 そうしてもう一度神社を回ろうと言う話になったところで、後ろから声がした。


「おにーさーん! ほわっ! こんなところで出会うとか、超意外だねー!!」


 彼女は吉岡小梅であった。

 三珠分校に通う、中学生。


 何故か巫女装束を着ていた。


「小梅じゃないか! こんにちは。うん? その恰好は……。もしかして、ここの娘さんなのか?」

「おにーさん、相変わらず頭いいねー! そーなの! ウチは巫女さん! ドヤぁっ!!」


 休日は家で過ごすのも良いが、近くを散策するのも悪くない。

 新しい発見と言うものは、意外とすぐ近くに転がっているものである。

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