第12話 化け狸、女子中学生に気に入られる

 吉岡よしおか小梅こうめは三珠分校に通う中学三年生。

 つまり、宙吉とは面識がないはずだった。


 だが、彼女は何故だか宙吉の事をよく知っている。

 それは何故なのか。

 タヌキは論理的に考えた。


 もしかすると、田舎の噂の足は速いと言うヤツではないのか。


 我ながら、実に素晴らしい着眼点だと思う宙吉。

 そうとも、例えば小梅には三珠高校に通う家族がいて、その者から転入生の話を聞いたのかもしれない。


 三珠村は相当な田舎であるからして、よそ者がやって来ればその日の夕食の話題にあがる事も決して不自然ではない。

 むしろ、そうならない理由が知りたい。


「小梅のお兄さんかお姉さんが三珠高校に通っているのかな?」

「すごーい! よく分かったねー! おにーさん、頭いいー!!」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 宙吉は真実を掴み取った。

 なんだ、なんだ、分かってしまえば実に単純なトリックだった。


「そうか。それで、その人に僕の事を聞いたのかな?」

「ううん? 違うよー。って言うか、おにーさん勘違いしてない? ウチ、ひとりっこだよー!!」


「えっ? あの、さっきお兄さんかお姉さんが高校に通ってるって」

「うんー! 茉那香ねえも、美鈴ねえも、奈絵ねえも! みーんな三珠高校に通ってるよー!!」


 人間同士のコミュニケーション、その難しさを知る化け狸。

 小梅は嘘を1つだって言っていない。

 それなのに、情報に齟齬が発生していた。


「つまり、僕の事はその3人から聞いたのかな?」

「うん! そーなの! 美鈴姉はねー、おにーさんの事を褒めてたし! 奈絵姉もねー、おにーさんの話してた! あとはねー、茉那香姉はねー!!」

「うむ。茉那香は?」



「あー!! 見てー! おにーさん、おにーさん!! トンボ飛んでるー!!」

「茉那香は僕の事をなんて!?」



 女子中学生の習性について里で学んでこなかった事を宙吉はことさら悔いたが、小梅が女子中学生のスタンダードではないと誰か彼に教えてあげて欲しい。

 このままでは、宙吉の頭の中に間違った人間の情報がインプットされてしまう。


「おにーさん! のど渇かない?」

「分かった。僕が御馳走しよう。そこの自動販売機で何でも好きなものを買うといい」


「やふーっ! おにーさん、やっぱり噂通りやさしー!! じゃあね、6個同時に押すね! どれが出てくるかなぁー! てりゃあっ! ……うー」

「コーヒーが出て来たね。ブラックコーヒーが」


「……ウチ、コーヒーはまだちょっと早いかなって!」

「分かった。分かったよ。僕がそれを貰うから。次はちゃんと、欲しいものを買うんだよ?」


「やっふっふー!! おにーさん、超やさしー!! ではでは、次は同時押しも4つにするね!! それぇー!! ……ううー」



「小梅? どうして選択肢の中へ頑なにブラックコーヒーを入れるのかな?」

「だってだってー! 刺激のない人生なんてつまんないじゃんかー!!」



 結局、小梅が得た刺激は、宙吉の2本目の飲み物として彼が貰い受けた。

 宙吉だって学習するタヌキ。

 3度目は自分で小銭を投入して、「ファンタだったらオレンジとグレープ、どっちが好きかな?」と小梅に聞いた。


 彼女は元気よく「どっちも好きー!!」と答えたので、宙吉が小梅を真似てボタンを2つ同時に押した。

 出てきたのはファンタオレンジ。


「今度からは、こうやって刺激を楽しむといい。損はしないし、ドキドキもできる」

「おにーさん、天才! すごーい! 高校生って超頭いいー!!」


 気付けば、ベンチに座り2人並んでブレイクタイム。

 約束の時間まではまだ余裕があるものの、「この子、脅迫とは絶対に関係ないな」と、宙吉の中では結論付けられようとしていた。


 その結果をこの場で開示するのは無粋であるが、一言だけ付け加えるとすればこうなる。


 だいたい合ってる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ううーっ! 運動した後の炭酸はシュワシュワして景気がいいねー!!」

「うん。よく分からないが、小梅が満足しているならそれで良かった」


 彼女はご機嫌であり、その後もとりとめのない話を流れるように繰り出して来た。

 だが、お気付きだろうか。


 小梅は最初からご機嫌であり、テンションも絶好調だったことを。


 世の中には恒温動物と変温動物がおり、前者は常に一定の体温を保っており、後者は気温により体温が変化する。

 恒テンション女子中学生と言う分類が、もしかすると人間にはあるのかもしれない。

 流れていく雲を眺めて、そんな事を宙吉は考えていた。


 ちなみに、最近の研究で恒温動物と変温動物の2種類に生物を完全に区分するのはナンセンスであると言う事が分かってきたらしく、この括りはいずれなくなるかもしれない事を付言しておく。


「おにーさん! そろそろウチ、帰るね!」

「あ、そうなのか? ワクワク広場へ行くのでは?」


「ううーっ! だって、だってー! おにーさんがファンタなんか飲ませるからだよー!!」

「えっ!? ファンタに何か不具合があったのか!?」


 いくら田舎の自動販売機だからって、賞味期限切れの飲み物を放置したりはしないだろう。

 だが、小梅に何かしらの問題が起きたのならば、責任を取らねばならない。

 宙吉は、そういう風に思考回路が出来ている。


「なにか僕に出来る事はないだろうか? なんでも言ってくれ! 小梅の体に異変が起きたとすれば、それは僕の責任でもある!!」


「ううううーっ! おにーさんのバカぁ!!」

「ぐぉっ! なんだろう、年下の女子にバカと言われると、こう、心に去来する切ない感情が……」



「トイレに行きたくなったのー!! おにーさん、そーゆうとこは直さないとモテないよ! じゃあ、ウチの家、こっちだからー!!」



 そう言って、小梅は駆けだした。

 宙吉は「ああ、それはデリカシーが足りなかったなぁ」と反省する。


 少し走ったところで、小梅は振り返って両手を振る。


「おにーさん! また一緒に朝のトレーニングしよーね!! ウチ、毎朝このくらいの時間にはいるからー!! 約束ー!! 嘘ついたら、タヌキ鍋ー!!」


 化け狸をピンポイントで撃ち抜く罰則付きの約束をしてしまった宙吉。

 この場合、別に了承した訳ではないのだから断れば良いのに、彼にはその選択肢がない。


 田沼宙吉は、割と良いタヌキなのだ。


「ああ! 分かった! いずれ付き合おう!!」

「やっふー! じゃーねー!! バイバーイ!!」


 こうして、台風のような女子中学生は去って行った。

 雲間からはまたしても少しばかりの薄日が射しこむ。


 台風一過のおかげで宙吉の足取りも少し軽くなり、ワクワク広場へと彼は急いだ。

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