タヌキは化けるが嘘はつかない ~幼い頃に命を救ってくれたあの子と幸せになりたい。あ、ちなみに彼女はギャルになっていて、僕はしがない化け狸です~

五木友人

第1章

第1話 化け狸、人間に恋をする

 西日本のとある県。


 市街地を外れ、山道をしばらく行くと小さな村がある。

 名を三珠みたま村と言い、昭和の中頃には林業で栄え、ピーク時の人口は5万人を超えていたそうだが、人々が遮二無二木々を伐採し続けた結果残された資源は僅かとなり、充分な稼ぎを得ることができなくなった村人は少しずつではあるが確実に減っていった。


 今では1万を少し割り込む程の人口になったものの、小中高の学校を始めとする最低限のインフラ整備はされており便利ではないが取り立てて不便な訳でもない。


 これはバスと電車を乗り継げば1時間程で街に出られることが大きな要因と考えられる。

 利便性を求め古きを捨て新しきに身を委ねがちな現代人が散見される昨今、稀有なことに村へ愛着を持つ者も多く、街で仕事をしながら生活拠点は三珠村でと言う子育て世代が多いことを鑑みるに、人は減りこそすれこの地の未来はまだまだ捨てたものではないと思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは三珠高校。

 村唯一の高校であり、物語の舞台となる場所である。


「おはおはー! おー! 奈絵なえ、前髪切ったん? ちょー似合ってんじゃん! 山下くん、メガネ変えた? せんせー、おはー! 今日も眉毛太くてウケるー!!」


 この快活な少女は秋野あきの茉那香まなか

 三珠村で生まれ、三珠村で育っている、生粋の三珠っ子。


 だが、年頃の女の子らしく、流行には敏感。いわゆるギャルである。

 特にオシャレについては妥協なしが彼女のモットーであり、今日も校則をギリギリすり抜ける絶妙なハンドリングで、彼女のチャームポイントである金髪に染めたサイドテールが元気に揺れている。


「茉那香ちゃん、おはよー。あのね、今日街に行かない? 実は、欲しい本があるんだぁ」

「おっけ! 奈絵は方向音痴だかんねー! あたしがいないと村に帰ってこれなくなるしー! しゃーないから付き合ったげるかぁー!!」


「うっ。か、帰っては来られるよぉ! た、多分……」

「ごめんごめんー! ちょいからかっただけだし! 奈絵とお出掛けすんの楽しいし、あたしはガチ暇だし? 断る理由はないっしょー!!」


 茉那香は誰が相手でも分け隔てなく接する事のできる娘であり、それは実に得難き才能なのだが、本人に自覚はまったくない。

 また、困っている者を見つけると、それが人だろうが動物だろうが、必ず手を差し伸べる。


 幼少期の頃、祖母に習った「幸せになるための約束」らしく、彼女は掛け算の九九を学ぶ前に、大切な事を学習していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さて、三珠村の話に戻ろう。


 『三珠』の名の由来は古く、平安時代まで遡る。

 今よりおおよそ千年前、この地には霊的な力が集まっており、その吹き溜まりにあった三つの石が、えも言われぬ力を宿した。


 それによって三種の生きものが影響を受ける。

 端的に言えば、生きものの枠を超えた化け物が人の住まうより遥か昔、誕生したことになる。

 時代によってそれらの呼称は様変わりしたが、今ではこう呼ばれている。


 化け狐、化け猫、化け狸。


 彼らは力の石を『勾玉まがたま』と名付け、それぞれの種族が一つずつ巣に持ち帰り大切に保管し、石の恩恵を受けて来た。

 それを言ったのは、狐だったか猫だったか、はたまた狸だったからはもう定かではないが、とにかくその中の誰かが言ったそうだ。「三つの勾玉が輝くこの山を、三珠と呼ぼうではないか」と。


 これが人に伝わり、現在に至る。


 ではなにゆえ獣の、化物の付けた名が人の耳に入ったのか。

 三種の元獣たちの冠に『化け』と付いている以上、これはもう何かに化けなければ詐欺である。


 だから当然のようにそれらは化けた。人間に。


 この世は何かと人間に都合の良い作りになっているのは諸君もご存知のとおりであり、その恩恵を受けるべく化物たちはこぞって人の形を模し、人語を喋り、人と関わった。人間が三珠の地に住むようになった明治頃からはそれがさらに顕著になる。


 化物たちも一度知ってしまった人間が生み出したる文明は手放し難く、当時の人々が山を切り開き入植するのを嬉々として手伝ったそうだ。

 まったく、化物としての誇りはどこで失ったのか。甚だ嘆かわしい。

 などと、年寄りは口々に言う。

 どうやらこの頃の人との交流で自然と三珠の名は伝来したらしい。


 そのような事情から、三珠村では化け猫、化け狐、化け狸が人間社会に溶け込んで暮らしている。


 大部分は山の奥にある化け物の隠れ里に住んでいるが、中には村で普通に人の姿をして生活している者もおり、化け物たちも「人に迷惑をかけない」と協定を結び、今日も人の生活にコミットしている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは狸の隠れ里。


「宙吉様! 宙吉様、おられますかー!?」


 宙吉とは、何を隠そう物語の中心を担う若者の名前である。

 『ちゅうきち』とは読まない。それではまるでネズミのゆるキャラか、もしくは大吉にも大凶にもならない半端者ではないか。


 こう書いて『そらよし』と読む。

 今は亡き、彼の父と母が付けてくれた尊い名前である。


「僕ならここだよ」


 大きな松の陰に隠れて、姿が見えなかったのだろうと彼は察した。

 宙吉そらよしは元気良く手を振って、呼びかけに答える。


「おおっ、こちらにおられましたか。まったく探しましたぞ、宙吉様。今日は大じじ様から決裁が下る日と知っておいででしょうに」

「そう怒るなよ、玉五郎たまごろう。ほら、見てくれ。こんなにまつぼっくりが落ちていた。これで、たくさんやじろべえが作れるぞ。里の子が喜ぶなぁ」


 玉五郎と呼ばれたのは、宙吉の従者を務める同い年の若者。

 彼らは乳兄弟。


 従者と言うからには、宙吉は偉いのか。

 偉いのかと問われれば、隠す事もないので言ってしまおう。


 偉いのである。


 狸の里の次期首長として、宙吉は育てられてきた。

 だが、そんな事は彼にとってどうでも良かった。


「玉五郎。僕の恋愛計画がいよいよ始まるのだけど、聞いてくれるか?」

「はあ。もう聞き飽きましたぞ。よもや、人の子に恋をなされるとは」


「狸が人に恋をして何が悪い! 前時代的な事を言うなよ、玉五郎! 僕は秋野茉那香さんに恋をしている! そして、里から出たら、想いを告げるつもりだ!!」


 宙吉の情熱に飽きれた様子の玉五郎は、本題に話の舵を切った。


「その里から出るための決裁がなされたので、こうして自分がお迎えに上がったのです。さあさあ、やしろに参られませ! 大じじ様がお待ちですぞ!!」

「やっと人里に下りられるのか。長かったなぁ。そして、僕の恋が始まる!」


 こうして幕の上がる、化け狸の物語。

 その道は険しいが、宙吉には覚悟があった。


 さあ、待ちわびた恋の時間がやって来た。

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